89.やつれたアレクシス様と艶々の私

 エレン率いる侍女達が掃除に入り、窓を開け放ちました。追い出された私とアレクシス様は、食堂へ移動です。寝具の入れ替えがどうとか。執事のアントンも大忙しでした。


 アレクシス様に甘えて抱っこで移動の私ですが、実は足で立てなくて。恥ずかしいですわ。あと人に言えない場所が痛いのです。これはお母様に相談しましょう。


「ヴィー、ご両親がお見えになるぞ」


「お父様とお母様が?」


 まぁ、ちょうどよかった。お母様に良いお薬がないか尋ねるチャンスです。食事をしていると、専属侍女のエレンが報告に来ました。


「奥様、ベッドは交換になります。それとシーツも大量に買い替えが必要ですので、許可をお願いします」


「何故ですの?」


 首を傾げた私に代わり、アレクシス様が許可を出されました。何やら心当たりがあるようです。寝室に篭っていた間、お風呂に入って戻るとシーツが新品になっていたのです。あれはまだ洗ったら使えると思うのですが。


 苦笑いするアレクシス様は、やややつれたご様子。頬がけておられます。心配になって頬を撫でる私は、逆に肌艶が良くなったようですわ。日に当たらず閉じこもっていたので、白くなったかも知れません。


「エールヴァール公爵ご夫妻がお見えです」


「通してくれ」


 執事アントンの案内で、食堂へ来てもらいました。立てないので、私は長椅子に座ったままです。お父様は眉間に皺を寄せました。やはり無理にでも立ってお迎えすべきだったかしら。辺境伯家の女主人だもの。家族相手でも無礼よね。


 長椅子の肘掛けに置いた手に力を込めて、ぐっと身を起こしたところで、アレクシス様に押さえ込まれました。


「ヴィー、今日は大人しくしていろ」


「はい」


 夫の言葉は最優先ですわ。それが愛しいアレクシス様なら尚更です。頷いた私に、心配そうなお父様が声をかけてきました。


「五日間も篭っていたそうだが、大丈夫か?」


「はい。立てないのと、恥ずかしい場所……うぐっ」


 痛い場所を訴えようとしたら、アレクシス様に口を塞がれました。キスではなく手のひらです。ああ、両親が部屋にいるからですね。閨事は家族であろうと見せないと聞きましたから。


「ごほんっ、聞かなかったことにしよう」


「ありがとうございます」


 お父様とアレクシス様の間で、奇妙な会話がありました。これはよく外交などで失言をした場合に使うやり取りですね。お父様ったら、失言なさったのかしら。


「体調は私が聞きますから、あとでね。ヴィー」


 お母様に釘を刺されました。ここでは話すな、と。そういう意味ですわね。頷いて、運ばれたお茶を一口。


「今日はヴィーの顔を見たかったのと、結婚式での無礼者を処した報告だ」


 お父様は静かに切り出しました。出されたお茶をしっかり味わうお母様が「美味しいわね」と頬を緩めます。お気に召す処罰を下せたようで、私も安心しましたわ。だって、エールヴァール公爵家は厳しいことで有名ですもの。きっと国王陛下も震え上がるような、厳しい罰を与えたに決まっています。


 期待の眼差しを向ける私に、お父様は笑顔で大きく頷きました。

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