81.娘の暴走は一種の才能だわ――公爵夫人
エールヴァール公爵家の当主として申し分ない交渉能力を誇る夫は、娘婿に酷な条件を突きつけた。断るか反故にすればいいものを、婿のアレクシス殿は馬鹿正直に守っている。
「お母様、どうしたらいいのかしら。私の魅力が足りないみたいなの。こんな感じのナイトドレスで迫ったのですけれど」
開け放った窓から入る風が、ひらひらと下着を揺らす。いえ、下着ではなかったわね。一応ナイトドレス、こんな際どいデザインをどこで買ったのかしら。
「これ、どこで買ったの?」
「王妃殿下のお勧めです。専門の業者から購入しました」
王妃様ったら、こんな……派手な。後で業者を紹介していただきましょう。きっとあの人も喜ぶわ。
「これは初夜までお預けにしなさい」
そうしないと、アレクシス殿が暴発するわ。襲い掛かられ、ビリビリに破かれる未来しか想像できない。それはそれで、この子は喜びそうだけれど……。おかしいわね、私達夫婦の間にこれほど特殊な子が生まれるなんて。
妖精姫の特徴かしら。都合の悪いことはすべて妖精姫の所為にすれば、心穏やかに過ごせるわ。深呼吸して、夫を疑う心を鎮めた。
「初夜までお預けなのですか?」
「一般的にはそうよ。初夜のシーツは保管されて、純潔の証とするんだもの」
貴族同士の婚姻、特に王族はその傾向が強い。ほとんどの国が採用しているほどよ。その理由は、純潔の令嬢が産んだ子なら夫の子に違いない、という幻想だった。というのも、一時期浮気して身籠った令嬢や夫人が、その事実を黙って托卵する騒動があったの。
王族にまで波及したことで、淑女はかくあるべし、と定められてしまった。純潔ではない令嬢が、結婚後に実家へ戻される事例まであるんだもの。まあ、ヴィーは間違いなく純潔だから問題ないけれど。
私達に隠れて誰かと関係を持つ子ではないし、そもそも経験済みならあんな勘違いはしないわ。口で指を咥えて種を貰えば、赤子が宿る……ほぼお伽話じゃないの。神様の鳥が運んでくるのと大差なかったわ。
事前に王妃様と修正したから、今は理解しているはず。なのに、どうしてこんなに急ぐのかしら。
「なぜすぐに既成事実を作りたいの?」
「だって、アククシス様が誰かに取られたら困るんですもの。あんなに素敵な方、他にいないわ。捨てられたらどうしましょう」
いやんと両手を頬に当てて体を左右に揺らす娘を見ながら、私は大きく息を吐いた。そんなにモテる殿方なら、とっくに妻帯者です。この子の思い込みと暴走は、一種の才能だわ。
「書類上とはいえ、もう妻なのですよ。辺境伯夫人として、ヴィーも落ち着くべきだわ」
「やだっ、お母様ったら!」
さらに左右に大きく揺れるヴィーは、外見だけなら恥じらう愛らしい乙女だった。この子にあの薄着で迫られて、よく耐えているわね。その忍耐力は国宝級よ。後で褒めておきましょう。
それより帰ったら夫を説得しなくては! 暴発したら、より危険なのだと夫に理解させる必要があるわ。じゃないと、初夜に娘が壊されてしまう……。ぶるりと身を震わせ、私は娘を案じながら帰宅した。
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