40.隣国アクセーンが示す精一杯の誠意

 ベントソン公爵家は、隣国アクセーン王国の前王妹殿下が降嫁されました。それ以前から王弟殿下の臣籍降下があったりしたようで、家柄自慢の激しい方だったと記憶しています。見た目はそれなり。お色は金髪碧眼なのですが、お顔立ちが地味でした。


 お兄様にそのお話をしたところ、我が家に比べたらほとんどの貴族の顔は地味だと。確かにお母様は華やかですし、お父様も渋くてカッコいいですね。お兄様に至っては、我が国の王太子殿下より素敵でした。公爵家嫡男という肩書、そこに付随する権力と財力、広大な領地。王子妃になるより自由が利くと思われたようで、婚約は引く手数多あまたでした。


「そうだな、ヴィーの隣に並んで遜色ない顔立ちは珍しい」


 アレクシス様は卑屈になるでもなく同意します。私にしたらあなた様のお顔の方が、ベントソン公爵次男より好ましいですわ。精悍で細面、加えてお顔の傷が勇ましいではありませんか。口に出すと嫌味になると注意されていますので、控えめに褒めました。


「でも私は、いざというとき助けてくださったアレクシス様の方が好きですわ」


「そうか」


 穏やかな声で頷き、アレクシス様は手を伸ばしました。当然のように距離を詰めて頭を差し出します。ぽんと髪の上に下りた手が、優しく撫でて離れました。お兄様が呆然としておりますわね。


「お兄様。お話が途中です」


「あ、ああ……そうだったね」


 アクセーン王国からの求婚は、王太子殿下、ベントソン公爵家の次男、もうひとつの公爵家の嫡男、侯爵家が全部で四人ほど。指を折って数える私が「七人でした?」と確認を取ります。お兄様は苦笑いしながら「合ってる」と肯定してくれました。


 周辺の他国から海の向こうの帝国まで含めると、五十人を越える求婚者がおりましたの。こう口にすると自慢しているように聞こえるでしょうが、私の心は十二歳の頃よりアレクシス様一筋。愛している方が存在する以上、他の殿方の求婚は煩わしいと感じます。


 薄情なようですが、これが本音でした。特に公爵家や王族は引き下がることを知らず、押しの一手で私の大切な時間を削るのです。印象が悪くなるだけでした。


「国王陛下が外交ルートで正式に抗議なさった結果だ。本日、決定の通知があった。ベントソン公爵家は降格とし、今後は伯爵家となる。すでに前王妹殿下が亡くなられていることも考慮し、夫の公爵は爵位を長男に譲って隠居だ。長男はお前の求婚騒動に加わっていなかったので、それ以上のお咎めはなし」


 当事者以外から話し始めたのは、おそらく次男であった犯人の罰が重いからでしょう。お兄様はいつも同じ順番で話をなさるので、頷きながら先を促しました。


「当事者の公爵家次男ブロルは、三日後の処刑が決まった」


「処刑」


「処刑、ですの? 今回は首を落とすのですか、それとも毒杯でしょうか」


 思わずといった雰囲気で繰り返したアレクシス様の表情が曇りますが、私は当然だと思いました。だって、もしアレクシス様が間に合わなければ? 私は他国へ連れ去られ、夫以外と同衾した罪に問われるのですよ。そのような不名誉はご免ですし、何より心が死んでしまいますわ。


 殺人未遂と置き換えることも出来る事件なのです。勝手な思い込みと権力の乱用で他国に侵入し、か弱い女性を拉致しようとしました。その罪は命で贖って当然ですわ。体面を保てる毒杯でしたら、追加で抗議しないといけませんわね。


「今回は事件がお前絡みだ。アクセーン王国の王太子殿下が酷くお怒りで、断首に決まった」

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