21.英雄殿、申し訳ない――兄
ものすごく不安だ。邸宅の居間を行ったり来たりしながら、僕は眉を寄せた。
「本当に、レードルンド辺境伯はヴィーを娶ると約束してくださったのですか? 大丈夫でしょうね」
「たぶん」
曖昧に頷くのは、筆頭公爵家の当主夫妻こと両親だ。
念押ししてしまうのは、あの子のお転婆ぶりを知っているから。ペトロネラのミドルネームを受け継ぐ妹は、外見だけなら「妖精姫」そのものだった。美しく儚い印象を与えるプラチナブロンド、健康的な肌に埋め込まれた妖精の虹の瞳。
各国の王国貴族は挙って、妹の伴侶に名乗りをあげた。まったく見向きもされなかったが……それもそのはず。外見通りの儚い妖精姫などいない。
幼い頃から際立って愛らしかったヴィーは、よく誘拐未遂事件を起こした。そのため療養の名目で、領地へ隠す。そこで大人しく過ごしてもらい、年頃になったら呼び戻すつもりだった。ところが領地の護衛騎士の目を盗み、二ヶ月近く行方不明になる。
他国に拐われたのではないか。もしかしたら事故に遭ったのでは? 様々な憶測と心配が元で、母上は倒れてしまわれた。父上も仕事が手につかず、休暇を取って領地へ向かう。当然、学院を休んだ僕も同行した。
手がかりを探して必死に領地を走り回る日々は、とても辛かった。こんなことなら、僕も学院への入学を遅らせて、妹と領地で過ごすべきだったと後悔する。そんな日々は、突然終わった。何の前触れもなく、庭先にヴィーが帰ってきたのだ。
血の付いた粗末な服装を見た時は、ぞっとした。愛らしい妹に傷がないか、侍女達に風呂で確認させる。幸いにして擦り傷程度だった。本人を問いただせば、最初は口を濁した。誤魔化そうとする妹を宥めすかし、叱らないと確約して聞き出したのは……。
まさかのドラゴン退治参加。妖精王の力を借りて抜け出し、辺境まで飛んだらしい。道理で目撃情報がないわけだ。黒髪の少年姿で、妖精王の力を魔法に偽装した。最前線に立った話では、心底肝が冷えた。
結局のところ、活躍どころか足手纏いになったようだ。いくら強大な力を借りて使用出来るとしても、実戦経験がないのだ。当然だろう。怯えて竦んだ妹を助けたのが、竜殺しの英雄だと聞き……どうお礼をしたものか迷う。まさか少年が公爵令嬢と話すわけにもいかない。
「私、彼の方のお嫁さんになります」
なりたい、ではなく
助けてもらった際に英雄は傷を負ったらしい。そのまま戦い、勝利したが酷いケガをした。その看病で帰れなかったと説明されれば、僕に言えるのは一言だけ。
「見捨てずに帰ったのは偉い。だが、家族に連絡を入れろ」
叱らないと約束した手前、苦言を呈するのが精一杯だった。
「次から気をつけるわ」
「次がないようにしてくれ。そうしないと、嫁に出さないぞ」
本気で脅しを入れる。ロヴィーサは頭の回転は早い。父上に似て、人の心の機微に敏感だった。王族を手玉に取る要領の良さもある。だからこそ、騒動を起こさないよう釘を刺した。
「分かったわ。今回助けていただいたお礼に、アレクシス様の陞爵をお手伝いしたいの」
「それは父上と僕でやるから、何もするな。いいか?
「ええ、よろしくね。お兄様」
笑顔であっさり承諾する姿に安心したのも束の間、執事に指摘されて気付いた。体良く利用されたのだ。私の代わりによろしくね、そんな意味だったのだと。正直、僕より公爵家の跡取りに向いている。
そんな妹が、王族を巻き込んで強引に動いた。英雄殿、申し訳ない。後でいくらでも支援するから、妹の手綱を握って制御してくれ。辺境がある東側へ向かい、両手を合わせて祈った。
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