Sense

ヘム

第1話 Sense

 BF Technologyビーエフ テクノロジー社によって始まったサービス『Senseセンス』。

 このサービスは五感で感じたことすべてをデータとして記録するもので、一度データとして記録したものはいつでも呼び出すことが可能。

 呼び出したデータはその者の五感のうえに再現され、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚で確認できる。


 仕組みは後頭部から首、そして腰にかけてシート型のマイクロチップを体に埋め込み、脳とつなぐことで五感から得たデータを記録。

 マイクロチップへ記録できるデータはおよそ百年分とされ、データごとに外部メモリへ保存することも可能となっている。


 そのあまりにも画期的なサービスは短期間のうちに世界中へ普及することとなり、現在アメリカ国内では全国民の六割以上がすでに利用していた。



 ――――


「今日はこれで終わりだな・・・」


 レオは客の車を乗せたトラックで信号を待っていた。タバコを持つ手はリズムよくハンドルを叩き、小声で歌を口ずさんでいる。彼の耳には以前記録された音声データが流れていた。


(ストップ)

 そう頭の中で唱えると音声データは終了。外の喧騒が耳に届く。信号が青に変わり、運転していたトラックをすぐ目と鼻の先にある自動車修理工場へ乗り入れた。


「終了!」


 彼はエンジンを切ると、タバコをくわえたまま降り、工場の方へ。工場の中はすでにスタッフが帰ったあとのようで、社長がひとり作業をしていた。


「おーい!レオ!」

「お疲れーっす」


 レオは呼んでいる社長を尻目にそのまま事務所へ向かう。吸っていたタバコを灰皿に押し付けると、ロッカーを開けて帰り支度を始めた。


「おーい!レオ、呼んでるだろ!」

「なんだよ、まさか残業やらせようってんじゃねぇだろうな?」

「頼むよ!お前しかいないんだ」

「頼むって・・・、もうこれで四日連続だぜ?」

「どうしても今日中に終わらせなきゃいけないんだ」

「はぁ・・・、わかったよ」


 社長の言葉に諦めたのかレオはふてぶてしい態度で工場の方へと戻る。それを見た社長もため息をつきながらあとを付いていった。


「二人でやれば早いから」

「へいへい」


 レオは悪態をつきながらも社長と作業を進める。


「~♪」


 小声で歌いながら作業するレオを横目に社長もそれに合わせてリズムに乗る。


「それ便利だな?」

「センスのこと?社長も早く手術受けたら?」

「そうなんだけどな、ちょっと怖くて・・・」

「でも、一度経験したものは五感ですぐに味わえるようになるぜ」


 そう言うと、楽しそうな表情で作業を中断し、突然踊りはじめるレオ。社長も以前からセンスの手術を受けようと思ってはいるものの、なかなかふんぎりがつかなかった。


「もうわかったから、あと少し頑張ってくれ」

「了解」


 そこから一時間半ほど残業したところで作業は終了。レオは帰り支度を済ませると、自転車に乗って工場をあとにする。


「今日もよく働いたな」


 彼の住むアパートは工場のすぐ近く。自転車でほんの数分のところだ。家に帰った彼はピザを食べながら部屋でくつろいでいた。


「本日もセンスのバグにより、一名が救急搬送されました」

「なお、命に別状はなく―――」


 テレビではセンスのバグを知らせるニュースが。


(またか、今月で何回目だ?)


 そう思った彼の頭の中では過去に起きたバグのニュースも同時に再生されている。


(今月はまだ二回目、先月は五回もあったのか)


 バグのニュースに少し不安を感じるレオだったが、自身の身近な者の中に、バグの症状が出た者はまだいない。


「ゴンゴンゴン」


 ニュースを見ていたところ、玄関からノックの音が聞こえる。レオが出ようと玄関へ向かうと、友人のクリスが嬉しそうに入ってきた。


「俺もやったぞ」

「センスか?」

「あぁ、今日退院したばかりだ」

「で、どんな感じだ?」

「最高だよコレ!まだあんまりデータは溜まってないけど、もう気に入ったぜ」


 センスは手術を受けて体内にマイクロチップを埋め込み、そこから一週間、様子を見て大丈夫そうであれば退院できる。データ自体は術後から蓄積されていき、入院中であっても、データを呼び出すことは可能だ。


「こんなことだったらもっと早く手術すればよかった」

「俺はリリース直後から利用してるけどな」

「お前、外部メモリにもデータ溜めてるのか?」

「あぁ、普段から使わないようなデータは外部メモリに入れてる」


 センスの利用者は外部メモリを活用することで、いつでもデータを外部メモリへ移行することができる。当然、外部メモリからマイクロチップの方へデータを戻すことも可能で、日常的に必要ないデータは、外部メモリへ保存している者が多い。


ちなみにセンス利用者は後頭部にUSBの差込口があり、外部メモリとつなぐことでデータの移行が可能になる。


「とりあえず今は色んなデータを溜めていかなきゃな」

「データが増えたらもっと面白くなるぞ」

「でも、バグが少し怖いよな」

「あぁ、さっきニュースでもやってたよ」


 センスはまれにバグのようものがあり、バグがあった場合、すみやかにBF Technologyビーエフ テクノロジー社の病院で検査を受ける必要がある。どれだけテクノロジーが進歩しても完璧ではないのだ。


「万が一バグがあったら『911』へ通報でいいんだよな?」

「あぁ、そのために俺たちは手首にバンドを巻いてるんだからな」


 センスの手術を受けたものは手首に専用のバンドを巻く必要がある。これは一目でセンス利用者を判別できるもので、バンドを巻いている者が911へ連絡した場合、BF Technology社の病院へ搬送してもらえるのだ。


「バグがあったらどうなるんだ?」

「大体は検査後、容態に合った処置をして様子見をするらしい」

「でも、噂では『別人』のようになっちゃうって聞いたぞ?」

「そうみたいだな、中には廃人みたいになっちまうヤツもいるらしい」


 世間ではセンス利用者のバグが噂になっているが、BF Technology社は「大丈夫」とだけ説明していて、検査後は症状に合った処置を施すことでこれに対応している。二人は身近にバグを経験した者がいないため、その真偽はハッキリしておらず、ニュースの報道で知るのみだった。


 さらにバグが発生する確率はかなり稀なもので、それは利用者全体の一%にも満たない。そのため、バグへ対する不安はあるものの、利用者は増え続ける一方で、レオやクリスも同様にそこまで心配はしていなかった。

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