第8話 4月の7「光と影」

「こっちに持って来い秋沢!!」

「はいっ!」

「手が空いたらこっち手伝ってくれ!」

「はいっ!!」

 俺は背中に『staff』とプリントされた黄緑のTシャツを着て、写真スタジオで走り回っていた。なぜこうなったかというと……





 先日、インフラ部(略)の入部試験で玉砕した倉田は、『リテイクポリシー』というやつ--ようは再試験が数日後できるらしく--それに備えている。5月の連休が明けたら、部活の申し込みを出すことになるが、一緒にあれこれ作戦を練ってもらうことができなくなったので、とりあえずもう1つくらい体験入部でもするかと思っていたとき。


「秋沢君」


 スッと、はっきりした、爽やかな声がした。タブレットから顔を上げると、そこにいたのは雑誌の表紙だった。いや、雑誌の表紙によく載っているイケメンモデル、八重葉やえばヒカリだった。180はこえていると思う長身に、顔が小さい。びっくりしていると、八重歯を輝かせて笑う。

「挨拶が遅れたね。権原ごんはら次郎じろうです。八重葉 ヒカリって名前で芸能活動してます」

 握手をしながら、これが本名なのか、と二度びっくりした。

「仕事が詰まっててさ、今日、初登校だったんだ。クラスのこと、グループSNSで教えてもらって……秋沢君は、人気ナンバーワンってきいたから、話ししたかったんだよね。山崎先生が、わからないことがあったら秋沢君にって言ってくれて」

「ああ、よろしく。先生も期待しすぎやなあ」

 一部誤情報がある気がするが……俺もあらためて挨拶した。


「早速なんだけど秋沢君、今度の土曜日って、空いてる?」

「……?」


 権原(本名)によると、撮影の仕事のスタッフが足りず、取り急ぎ土曜日の人手が欲しかったそうだ。学園の同クラなので、周りにも説明しやすい、とのこと。



 ……というわけで、機材運びの手伝いやらをしている。




 昼休憩の時、もらった弁当を食っていると権原も隣にきた。こういう人たちって何食ってるんだろ、とたまに思うけど、変わらないんだな。

「秋沢君疲れてない? こき使われてない?」

「ありがとう、こういうの嫌いじゃないし、撮影の裏舞台みたいなんも見られておもしろいわ」

「それならよかった」

 権原はご飯の真ん中に乗っている小さな梅干しを取ってよけていた。スーパーモデルも好き嫌いあるんだな。


「えーっ、マジですか!?」

 スタッフの女の人が、スマホに向かって嘆いている。どうしたんですか? と権原がきくと、なんでもこの後に彼と並んで撮影するモデルが急に来られなくなったという。

 長身の『八重葉ヒカリ』にあわせて、170センチ台の女性モデルとのツーショットだったそうだが……スタッフさんの目が俺にロックオンされている気が……する。

「臨時バイトの秋沢君だっけ、身体からだ貸して?」

「……はいぃ?!」

 身体を貸して、だと?! なんだこのありがちな展開は!?



 ……暑い。この服が窮屈で暑い。背丈はクリアしていたものの、モデルの女性向けの服はぱっつぱつだ。黒髪ロングストレートのウイッグも重い。

 ただ、助かったのは、もともと女性モデルは後ろ向きで撮影することになっていて、俺はTシャツの上に、胸の部分がまあまあ開いた服を着られた。そして、パンツスーツだったからこれも助かった(ウエストは息を止めてなんとかした)。パンプス(靴)は、スタッフの人が予備を用意してくれた。

 今回は足元まで詳細に写らないし、なにより俺は八重葉ヒカリの魅力を引き立てるための『影』として、突っ立っていればよかった。



「はい、お疲れさまでしたー」

 やっと緊張が解けて、やったな、と、営業スマイルの権原とグータッチした。




「今日は助かったよ! ありがとう秋沢君!」

 スタッフのボスから、封筒を受け取ったが、日当で聞いていたよりお札が多く入っている。だという。午後はスタッフの仕事をほとんどしていなかったので、もらっていいのか迷ったけど、権原は「いきなりとはいえ、仕事をしたんだし、気にしなくていいよ」とこれは素の笑顔で言ってくれた。八重歯がまぶしかった。




 夜、家のリビングでごろごろしながら、俺はスマホでヨドヤバシカメラのサイトを見ていた。でスイッチライトを買うかXboxを買うか?

 いやでも、クラブに入らなくても、権原の手伝いみたいな目立たないバイトをしていれば、それこそ影になって、クラスや学園の女子からやがて『あいつ誰だっけ』になるんじゃないか?

「おお、それだ! そういう作戦もありだ!」


「なんの作戦?」

 タイミング悪く、姉貴が奥のキッチンの冷蔵庫をあさりに来た。

「ひみつ」

「昔はなんでも教えてくれてたのになぁ……ところでさ、八重葉ヒカリが、銀河学園に入学したってヤホーニュースに出てたで? あんた、どっかですれ違ったらツーショットとってきてや、自慢するし」

「えー、そうなんー。しらんかったわー」

 ニヤニヤしながら、俺は棒読みで返しておいた。


 ……スマホが震えだした。あ、マナーモードのままやったか、と俺は通知欄を見るが……あの『グループSNS』から30、31、32……と通知件数が見る間に増えていく……?


 あわててアプリを開くと。



 新規参加した権原(八重葉ヒカリの顔アイコン)が。

【@ 秋沢君、 ありがとう!! 仕事手伝ってくれて!】

 とか投稿してやがる……っ! 俺のスタッフTシャツ姿(後ろ)の写真つきで!


 そこにクラスメイトたちが『いいね』やコメントをつけるから、@のついた俺に通知がバンバン飛んでくるのだ。

『八重葉ヒカリ、同クラだったのまじやばい』

『ヒカリ様にリスペクトされる秋沢君まじカッコいい』

『第2回クラス人気投票も秋沢君しか勝たん』

 通知数50……55……いやクラスの人数そんなにいなかったよね?! ひとりで何回もアクションしないで下さい!



『俺が女性モデルの代わりをしたこと』はきっちり秘密にはしてくれているし、権原の手伝いをしたことは間違ってないんだけど! なんか違う!


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