第3話 異世界からやって来た天才科学者
俺が送られた領地は辺境も辺境の狭い土地だ。大きな町は無く、あるのは小さな村がひとつとあとは山と川と平地しかない。
「俺はここで腐っていくのか」
村の近くにある領主の屋敷で、俺はイスに座って呆然と夜空を眺める。
もうここへ来て5年か。
王になれなくなった俺にはもうなにも無い。
ここで終わりだ。俺の人生はここで終わり、あとは年月と共に老いゆき、そして果てていくのみだろう。
「く……っ」
左手で仮面の両目を押さえて俺は涙を流す。
悔しい。王となるはずだった俺の人生がこんなところで終わってしまうなんて。
誰もいない真っ暗な部屋でひとり泣く自分をみっともなく思う。
しかし今の哀れな自分を客観的に見ると、どうしても涙が出てきて止まらなかった。
「……悲しいのか?」
「えっ?」
誰の声だ?
この屋敷には誰もいない。俺のみのはずだ。
左手を両目から離して前を向く。
「お前は……?」
いつからそこにいたのか?
俺の前に短い黒髪の小さな女の子が立っていた。
年齢は10歳にも満たないくらいか。黒いドレスの上に全身を纏う白衣を纏った女の子だ。
美しい。単純にそう思った。
この子は村の子供だろうか?
この辺の人里は近くの村しかないのでそれしか考えられないが、しかし変わった服装をしている。村の子供みたいに汚れてないのも不思議に思った。
「勝手に入っちゃダメだぞ」
俺は当然の注意をするが、言われた女の子は表情をまったく変えない。
「お前の名前はハバンか?」
「そうだけど……」
「ハバン・ニー・ローマンド。年齢は25歳。身長200体重93。マルサル王国第1王子」
「よ、よく知ってるな。でも身長200体重93って……」
「ふむ。メートル法はわからんか。まあこういう異世界ならばしかたないかの」
「?」
異世界? なにを言ってるんだこの子は?
「愚かな王と義母によって右腕と共に王家の紋章を奪われ、辺境で腐り朽ちて人生を終焉する悲しき王子ハバン・ニー・ローマンド。お前の不幸な人生を修正してやるのじゃ」
「しゅ、修正? 俺の人生を?」
「そうじゃ。ツクナはそのためにここへ来た」
「うん……」
しかし綺麗な顔をした子だ。見惚れてしまうほどに。
どこの子かは知らないが、暇だしちょっと付き合ってやるか。
と、俺はツクナへ微笑む。
「ツクナってお前の名前か?」
「うむ。名はツクナ。歳は8歳じゃ。身長は123で体重とスリーサイズは秘密じゃぞ」
「そうか。スリーサイズってなんだ?」
「胸の大きさと腰回りの太さと尻の大きさじゃ。それは教えられんぞ」
「あ、そう」
と、ツクナの小さな身体を見つめる。
「……なにを見ておる。このスケベが」
「えっ? あ、いや、そういうつもりじゃ……。そ、それよりもお前はどうやって俺の不幸な人生を修正してくれるんだ? この無くなった右腕でも元に戻してくれるか?」
肘から先の無い右腕を掲げて見せる。
「そうじゃな。しかしただ戻すだけではつまらん。使える右腕を付けてやろう」
「使える右腕?」
「明日を楽しみにしておれ」
と、ツクナはそう言い残して部屋を出て行く。
「なんだったんだ? あの美しい女の子は?」
飽きて帰ったのだろうか?
しかし村の子供にしてはやはり綺麗過ぎる格好をしていたし、妙に大人っぽいしゃべり方をする子供だった。
「もしかして屋敷の幽霊かなにかだったのか……?」
とにかく不思議な子供であった。
「……寝るか」
心の痛みが幻覚でも見せたのかもしれない。
イスからベッドへ移った俺は、横になるとすぐに眠りへ入った。
……
……窓から入る日の光を顔に浴びて、俺は目を覚ます。
「朝か」
また憂鬱な1日が始まった。
「うん?」
なにか違和感を感じる。
右肘の先に感覚があるような、そんな気がした。
「これは……まさか」
右腕を持ち上げて目の前へ持ってくる。と、
「な、に……?」
なんだこれは?
失った右肘の先が元通りになっている。
「いや……」
形は手だが、色はまるで鉄のように鈍い。
しかし重くはなく、目を瞑れば以前の腕と同じ感覚だ。触れれば鉄のように硬いのに、そこに感覚があるのは不思議だった。
握れば拳になり、開けば手の平になる。
色と硬さは違うが、これが手であることには違いない。
しかし一体どうしてこんなことに……。
「腕の具合はどうじゃ?」
「えっ?」
声をかけられ振り向くと、昨夜と同じ場所に女の子が立っていた。
「問題なく動かせるじゃろ?」
「あ、ああ。もしかしてこれはお前が?」
「そうじゃ。迷惑だったかの?」
「いや、迷惑だなんてそんなことはない。むしろ嬉しいけど」
奪われて失ったものが戻った。元通りではないようだが、こうして以前のように動かせる腕が手に入ったのだ。嬉しいに決まっている。
「ついて来い。使い方を教えてやるのじゃ」
「使い方? あ、おい」
まだ聞きたいことはあるのだが。
名前はツクナだったか。
彼女は昨夜と同じように踵を返して部屋を出て行ってしまう。
「幽霊でも幻覚でもなかったのか」
ベッドから出た俺はツクナのあとをついて行った。
……
出て来たのは玄関前の庭だ。ツクナはその中心に立っていた。
「使い方って、どういう意味だ?」
ツクナはなにも答えず、庭の端に立っている木を指差す。
「あの木を右手で指差すのじゃ」
「こうか?」
言われた通り、木に向かって右手の人差し指を差す。
「あの木を弾丸で撃ち抜くイメージを頭に思い浮かべるのじゃ」
「ダンガン? なんだそれ?」
「うん? うん……じゃあ矢でよい。弓矢であの木を撃つイメージを頭に思い浮かべるのじゃ」
「?」
よくわからないが、言われた通り弓矢で木を撃つイメージを頭に思い浮かべる。と、
ドンっ!
「おおうっ!?」
激しい音と共になにかが指先から発射されて木を撃った。
「な、なんだ? なんだこれ?」
「それが弾丸じゃ。人に向かって急所を撃てば一発で殺すことができる」
「お、おう」
確かにそれくらいの威力はありそうだ。
「小さな弾丸じゃが、装甲車を貫くほどの威力はある」
「ソウコウシャ?」
「今度はあの岩を右腕で殴ってみよ」
「岩を?」
今度は庭の隅にある大きな岩を指差す。
「こんなでかい岩を……」
自分の背丈よりでかい。殴ったら自分の手が砕けそうだ。
「半分くらいの力でよいぞ」
「あ、ああ。よしじゃ……」
拳を固め、
「えいっ!」
半分ほどの力で岩を叩く。と
「うおおっ!?」
粉々に砕けた。もちろん岩のほうが。
「な、なんだ? どうなってるんだこの腕は?」
普通じゃない。いや、見た目からして異様ではあるのだが。
「この腕は鉄の塊か? でも軽い……」
「鉄ではない。鉄よりもずっと丈夫で軽いもので作った機械の腕じゃ」
「キ、キカイ?」
「さて、もうひとつ強力な武器を試しておくかの」
ツクナはそう言いながら、今度は遠くの山を指差す。
「次はあの山へ向かって手を広げるのじゃ。そしててっぺんを吹き飛ばすイメージをしてみよ。安心せい。人はおらんから」」
「えっ? あ、ああ」
山のてっぺんを吹き飛ばせるとでも言うのか?
さすがにそんなことできるわけ……。
そう思うも、とりあえずは言われた通り手の平を山のてっぺんへ向けて吹き飛ばすイメージを頭に思い浮かべてみる。と、
ドォン!!
「おおおうっ!?」
ダンガンとやらよりも大きな音を立てて、なにかが手の平から発射される。そして……。
ズドォォォン!!!
衝撃音と共に山のてっぺんが黒い煙に包まれる。
そしてその煙が薄くなると、てっぺんの消失した山が目に見えた。
「お、おお……俺がやったのか?」
「そうじゃ。それはミサイルと言っての。威力はあの通りじゃが、1回の補充で3発しか撃てんから慎重に使うのじゃぞ」
「あ、ああ」
気の抜けた返事をしながら俺は腕を掲げて見つめる。
これはすごいぞ。こんなものがあればひとりで国をひとつ滅ぼすことだってきる。
「ツクナ。お前は……何者なんだ?」
こんなものを作れるなんて普通ではない。
「もしかして神様とか?」
「そんなわけないじゃろう」
「じゃあ……」
「ツクナは科学者じゃ。天才科学者」
「天才……カガクシャ? なんだそれは?」
「神ではないが、神と同等の力を持つ存在かの。まあそんなすごい科学者はツクナくらいじゃが」
「そ、そんなすごい存在がなんで俺なんかのところに……?」
「昨夜も言ったじゃろ。お前の不幸な人生を修正してやるために来たのじゃ」
「来たって、どこから……」
と、俺はなんとなく空を指差す。
「違う」
ツクナはどこからか黒く平べったい物体を取り出す。
「ちょっとうしろへ下がるのじゃ」
「えっ? ああ」
うしろへ下がると、ツクナは平べったい物体を2つに開いて中身を押した。
「うん? うおおっ!?」
右側のなにも無い場所から巨大な黒い鉄の塊が現れ出て来たことに驚いた俺は、その場に尻をつく。
「な、ななな……なんだこれは?」
「デュロリアンという自動車じゃ。まあ普通の自動車ではないがの」
「ジ、ジドウシャ?」
「ツクナはこれに乗って来た。異世界からの」
「異世界……」
それがどこなのかはわからない。しかしきっと俺の知らないものがたくさんあるところなのだろう。俺にとって、ツクナはわからないことだらけの子供だから。
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