未来に羽ばたけ、鳥人間コンテスト!
山下若菜
思い想いの、鳥人間コンテスト。
「鳥人間コンテスト出場の皆様は、受付テントへお越しくださぁい」
聞こえてくる拡声器越しの声に、
「うぅう…どうしてこんなことに…」
仮設トイレの便座に蹲り、頭を抱えて震え続ける。
「どうして…」
抱えた頭には目と嘴をつけた白い帽子が乗っかっており、丸めた背中には細いアルミ棒を骨組みに白布を貼り合わせて作った羽をつけている。
「もぅ田舎に帰りてぇだよぉ…」
そう呟いたのは、菜々華ではなかった。
隣の個室から聞こえてきた声に、菜々華はそっと顔を上げた。
「…あなたも、帰りたいんですか」
普段人に話しかけるのは苦手な菜々華だったが、隣の個室に同じ気持ちを共有できる仲間がいるかと思うと、声をかけずにはいられなかった。
「ええ…」
搾り出したような小さな声が、隣の個室から届く。
「自分ば変えようと思って来たのに、情けねぇもんですだ」
「わ、私もですっ」
どこか地方訛りのある声に、菜々華は何度も頷いた。
「わ、私も自分を変えたくて…」
「あ、あなたさんもですか?」
「はい。私人と話すのが苦手で、目もろくに合わせられないから友達どころか知り合いさえ出来なくて。も、もうすぐ社会人になるっていうのに…」
「気持ち、わかるだぁ…」
「だ、だから私、このままじゃダメだって思って、自分を変えたくて、鳥人間コンテストに出場しようと思ったんです」
「わかるだぁ、わかるだよぉ!」
隣からの声は大きくなる。
「今の自分じゃダメだってぇ、度胸つけてぇ、自信つけてぇって、そう思って来たはずなのに…」
尻すぼみになっていく隣からの声に、菜々華はぎゅうっと胸を掴まれた。
「あなたも鳥人間コンテストに並々ならぬ思いがあったんですね」
「んだ、僕はもう社会に出て七年にはなるだ。だども個性はねぇし、やれることもほとんどねぇ。ただその場の雰囲気を壊さねぇように、空気読んで笑ってみたり、ポーズつけてみたりしてるだけで…実際空気みてぇなもんだ」
「わかりますっ。話しかけられても面白いこと言えないから、いつもなるべく気配を消してて、でもつまらなそうにしてると逆に目立つから、とりあえず雰囲気に合わせてニコニコして」
「わかるだぁ!わかるだぁよぉ!」
「そしたら講義の代弁は頼まれるし、バイトのシフトは無理矢理変えられちゃうし、レポートの作成だって押し付けられて…でも嫌って言えなくて」
「言えないよなぁ、言えたら苦労してないでなぁ」
「そうなんです。でも一番嫌なのは、周りの顔色ばっかり窺って、自分の意見を言えない自分で…だからそんな自分を変えたくてここに来たのに」
「わかるだぁ…どうしてこんなことになっただかなぁ」
「ええ、まさか…この鳥人間コンテストが…」
菜々華は深く息を吐いた。
「鳥の、鳥による、鳥のためのコンテストだったなんて…」
吐き出した息が、冷たい空気に染み入るように消えた。
「…え?」
隣の個室からの疑問符に、菜々華も首を傾げる。
「え?あなたも「鳥のためのコンテスト」だなんて、知らなかったんじゃないんですか?」
「いやあんのぉ、どういうことでさぁ…?」
「あ、ですから…「人間が鳥のように飛ぶコンテスト」だと思って来たら、「鳥がどれだけ人間に愛されてるかコンテスト」だったなんて」
「え?」
「え?」
個室に冷たい空気が流れたとき、扉がどんどんと叩かれた。
「あのー、トイレまだですかぁ」
「あぁ、すみません」
「あぁ、すまんでさぁ」
二つの個室扉は同時に開く。
「え?」
「え?」
菜々華の隣の個室から出て来たのは、身の丈1メートル程度の鳥だった。
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