第10話 家族と会えない?
「どちらも後ろ盾が強力ですから。藩貴妃の御父君は右丞相、胡貴妃の御父君は皇統の遠戚。どちらかが皇后に冊封されるものと思っておりましたが、陛下はおふたりとも同じ貴妃として娶られたのです。均衡を計られたのでしょう」
「といっても形ばかりです」韓桜が口を挟む。
「え?」
「これ、余計なことを」黄太監がたしなめる。「つまりですな、貴妃に冊封されてはおりますが陛下と寝所を共にしてはおられない、ということです。陛下は多忙を理由にされておりましたが、男女の営みにまだご興味が持てないのかとも思っておりました。同じ年頃の男子は禁軍くらいしか側におりません。下卑た話もできません。ですが本日、ようやく真相がわかり、恐懼して震えが止まりません」
黄太監は言葉通りぶるぶると身体を震わせた。
禁軍といえば、張包しか知らない小月である。彼は秀英より一回りくらい歳上に見えた。
「私をここまで連れてきたのは禁軍の張包さんだったわ」
「張包副統領は左丞相のご子息なんですよ」と黄太監はなぜか自慢げに語った。
皇帝及び後宮警護を担当する禁軍は名家の子息か皇統に連なる家系の者しかなれない。のみならず、後宮においては下働きの女官でさえ身元のしっかりした者しかなれないのだそうだ。不祥事があれば身元保証人ともども厳罰、下手をすれば三族皆殺しになるのだとか。黄太監はさも当然のこととして語る。
ちなみに安梅は官吏の娘、韓桜は商家の娘だそうだ。
となると、今のところ後宮の中でもっとも身元が不確かな女は小月なのかもしれない。
間もなくして、「陛下のご聖恩でございます」という先触れのあと、宦官と女官がぞろぞろと料理を運んできた。卓が皿で埋め尽くされる。鶏肉、豚肉、魚、海老、茸、野菜、ざっと見ても百種類以上の食材が使われている。小月が見たこともない料理も多い。圧倒されていると、念のためにと言って安梅が全ての皿から少しづつ毒見をした。
「毒見は必要なの?」
「万が一に備えて。陛下も同じものを召し上がっていらっしゃるので問題はないと思いますが」
「後宮って変なところなのね」思わず溜息が出る。
安梅が真顔で「問題ありません」と断言した。
だが小月の口から出た言葉は、
「どれが一番美味しかった?」
安梅は一瞬目を瞠ったあと、
「海老です。次に豚肉の煮込み、茸の蒸し物、蟹の揚げ物……。わかります、小月様。たくさんありすぎて、どれを食べたらいいかわからないんですよね」
「全部美味しそうなのに、お腹はひとつしかないんだもの。これ、食べ残したらどうなるの?」
「私達がいただきます」安梅の言葉に、韓桜が頷く。
「よかった、無駄になるわけじゃないのね。ではさっそく海老から──」
頬張ってしっかりと咀嚼して喉を鳴らして豪快に飲み込んだ。視界の端に入り込んだ黄太監の目が厳しい。だが些細なことに構っていられない。小月の目から涙がこぼれた。
「なんて美味しいの……! 感動的美味。父さんや母さん、鈴鈴にも食べさせてあげたい。あ、鈴鈴ってのは妹なの」
ふいに家族の顔が脳裏に浮かぶ。故郷を離れて半月経つ。地理的な距離以上に家族が遠くなった気がして、少し寂しく感じた。
「わかります、その気持ち」安梅がしみじみと言う。「私が女官になったとき弟は8歳でした。次に会うときは顔の見分けがつくか不安です」
「え、どういうこと?」
「女官の年季明けは25なんです。そのころ弟は18になりますので顔も変わってしまうかと」
「それまで家に帰ることはないの?」
「ありません。両親が他界したときだけ戻って喪に服すことになってますけど、一度入ると年季明けまで出られないのが後宮なんです」
「後宮に入ると家族と会えなくなるの……?」
「いえ、妃嬪は別です。藩右丞相などは五日と空けずに藩貴妃様をお訪ねになられています。胡貴妃様の母親もよくお見かけしますわ。妃嬪は後宮を出られませんが家族が訪ねることは許されているんです」
望楼での出来事がよみがえった。秀英は藩貴妃を伴って藩右丞相に会いにいった。妃嬪の特権なのだろうか。
それにしても軽はずみなことを口にしてしまった。安梅も韓桜も年季明けまで家族に会えない。会いたいと願ったこともあったことだろう。知らなかったこととはいえ、私のせいで滅入らせてしまったかもしれない。
大満足の食事の後は侍女が用意してくれた風呂に入った。
「安梅、さっきはごめんなさい」
「何のことですか?」安梅は小首を傾げている。
落ち込んでいないのなら、よかった。これ以上、家族の話題は口にしないように気をつけよう。小月は肝に銘じた。
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