第28話

 偶然にも、他の家族とは一日遅れて父の実家に帰省する小野と、諒馬が乗る特急電車は同じで、僕と光輝は一緒にその電車を見送ってから、そのまま反対側のホームから発車する普通電車の到着を待つことになった。

「やっぱり、月曜は仕事、っていうのは嘘だったんだね」

「やっぱり、って何だよ」

「ばあちゃんから話を聞いて、すぐにぴんと来たんだよ。あぁ、月曜は松尾さんと会うんだな、って。でも、まさか、旅行で来てるとは思わなかった」

「そこは、予想外だったか」

 僕は小さく笑いを漏らし、足元に視線を落とした。

「まぁ、僕たちも嘘ついたんだけどね」

「えっ、どんな嘘?」

「昨日、友達何人かで集まって勉強するからって、小野の家に泊まったんだけど……」

「へぇ……、合宿で勉強したのか」

「実は、僕しか行ってない」

「えっ?」

「最初から、僕と小野だけだったんだ」

 僕が頭の中を整理している、ほんのわずかな間に、光輝はにやにや笑いを浮かべた。

「それって、小野君の家で、二人っきりで、一晩過ごした、ってこと?」

「そういうこと、です」

 にやにやし過ぎてみっともないと思ったのか、光輝は顔を伏せた。

「へぇ……、小野君と。はぁ……」

「何なの、そのリアクション」

「いや、だってなぁ、そんな、だって……、そうなるだろ」

 光輝の横顔に目をやった僕は、鼻の下と顎にぽつぽつと生えている髭に気付いた。

「えっ?」

 光輝が見つめ返してきた。

「髭伸びてる」

「あぁ、最近、目立つようになってきたんだよねぇ……」

 光輝は口を少し尖らせながら、顎を人差し指で撫でた。その仕種に、僕は何となく、男を意識してしまった。

「そんな、じろじろ見ないでよ」

「今の仕種を見て、不覚にも、甥っ子に男を意識しちゃったよ」

 かえってその方が照れ隠しになると考えた僕は、あえて本当のことを口にした。

「もう、何言ってんの」

 照れ臭そうに笑いながら、光輝は肩を軽くぶつけてきた。

「でも……、貴兄ちゃんに見つかってよかったよ」

「えっ、よかったの?」

「何か、ちょっとだけ、後ろめたい気持ちがあったから」

「嘘ついたことに?」

「そう」

「でも、誰かを傷付けたり、誰かに迷惑をかけたりしたわけじゃないんだし……、言い方は変かもしれないけど、二人にとっては、必要な嘘だったんだよ」

「必要な嘘ねぇ……。それって、必要悪みたいなもの?」

「あぁ、そうだな。それに、もし、嘘をつかないで、付き合ってる小野君の家に行って、二人っきりで一晩過ごします、って本当のことを言ったら、それこそ、ちょっとした騒動になるだろ」

「間違いなく、なると思う」

「やむをえず必要だった嘘なんだから、後ろめたい気持ちになる必要はないと思うよ」

「そう……だよね」

「あぁ、でも、ちょっとは、後ろめたい気持ちになった方がいいのかもな」

「えっ、どっちなの?」

「そうなるのが、光輝のいいところだと思うからさぁ……、ちょっとは、なった方がいいんだよ」

 僕が諭すように言うと、光輝は納得するように小さく何度か頷いた。

「そういうわけで、松尾君と旅行するためについた嘘も、必要な嘘だった、ということになる」

「まぁ、そうなるんだよね」

「見事に正当化されたな」

「正当化って……」

 僕につられて頬を緩めていた光輝が、ふと何か思い出したような表情を浮かべた。

「どうしたの?」

「あぁ、いや……」

「何でもない、って言っても、それは嘘だろうな」

「じゃあ……、話します」

 言いにくい内容なのか、光輝は話を始める前にしばらく間をおいた。

「長内さんのことなんだけど……」

「えっ、長内さん?」

 僕は話を急かさないよう、正面にある大学案内の看板を見つめていたのだけど、思いもよらない名前を聞いて、つい光輝の方を向いてしまった。

「副院長と……、不倫してるかもしれない」

 僕は耳を疑った。しかし、光輝がどこか申し訳なさそうな顔をしていたので、聞き間違いではないと思わざるをえなかった。

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