おにショタ

少年は迷宮都市を物珍しそうに見る。看板や出店、人を見て興奮気味だ。実際にこういった場所に来たことがなかったということだろう。だが、記憶が曖昧なようなのでこの考察も意味がないかもしれない。

「どうしますこの子?」レオンが尋ねる。

「ともかくこの子の家族を探さないとね。」私は久しぶりの帰郷を喜ぶ間もなく無理難題を突きつけられた。

「まあ、唯一の手掛かりの魔王を探すしかねえな。そのまま倒そうぜ。」竜太郎はドヤ顔で言う。


「さて、君ここに来たことは?」私は少年に尋ねる。

「いいえ。思い出せません。」少年は悲しそうに言う。

「そういえば、君名前は?」マグネスが尋ねる。

「わかりません。」少年は答える。

「名前がないと呼びにくいわね。」私は考える。

「そうですね。この子の名前考えましょうか。」レオンも考える。

だが、名前と言ってもそうすぐに出てくるものではない。


「ベル…とかどうだ?」竜太郎が提案する。

「いいじゃん。可愛らしい。」私は感心する。

「なんか素直に肯定されると違和感があるわ。」竜太郎は苦笑いする。

「なんでベルなんです?」レオンが尋ねる。

「秘密だ。」竜太郎はそっぽを向く。

「え〜。」レオンは不服そうだ。 


「まあいいや。今日から君の名前はベルね。」私はベルの前にしゃがみ込む。

「ベル…ベル…ありがとう!」少年は自分の新しい名前を反芻すると笑顔で礼を言った。

ベルが礼を言ってすぐ彼のお腹が大きな音を立てる。ベルはお腹を抑え困ったように俯く。

「お腹が減ってるのね。私もよ。何か食べましょ。」私はベルを撫でた。

ベルは嬉しそうに頷いた。


「おねショタだ。」竜太郎は小声で呟いた。


「迷宮都市の物価も落ち着いたみたいね。」私は食べ物を注文しながら呟く。

「逃げてる間にな。」竜太郎が後ろから煽る。

「ぶっか…?ぶっかってなに?」ベルが不思議そうに尋ねる。

「モノの値段のことだよ。」竜太郎が教える。

「これがぶっか?」ベルは店の値札を指差す。

「そう。正解だ、ベルは賢いな。」竜太郎は誇らしげなベルの頬をつつく。

「魔王の孫だから!」ベルは勝ち誇ったように言う。

「お、そうか。」竜太郎は少し歯切れが悪くなる。


「へい、お待ち!」店主が料理を持ってくる。

薄焼きパンに肉や野菜を挟んだ料理だ。片手間に食べられるので人気の料理だ。

「ふるさとの味ね。」食べ始めた私が言うとレオンも頷く。

「どうだ?うまいか?」竜太郎が小さな口でちょびちょび料理を頬張るベルに尋ねる。

ベルは口の周りを汚しながら満面の笑みで頷いた。


「あの二人馴染んでるな。」マグネスが面白そうに笑う。

「精神年齢が幼い者同士通じ合うんでしょうね。」私が冗談を言うとレオンが吹き出した。

「まあ、でもお父さんみたいでいいじゃないですか。」レオンが言う。

「つまりリュウは魔王の息子だったと?」ソフィーは冗談を言う。

「そうかもね〜。」私も乗る。

「まあ、竜太郎初めて会った時から魔王魔王言ってましたからね。」ソフィーが懐かしそうに言う。

「ソフィーさんと竜太郎さんが初めて会った時のこと知りたいです。」レオンがソフィーに尋ねる。

「まあ、それはまた別の機会に。許可なしに喋るとリュウ怒るんで…」ソフィーがいたずらっぽく笑う。


・・・・・・・・


俺は元いた世界からこの異世界に来たことに微塵も後悔はない。確かにインターネットを使えないのは不便だし、ネッ友と話したくなることはある。だが、そんなことどうでも良いくらいにはこの世界は俺にとって楽しいものだった。

俺には友達なんていなかったし、親もクソ野郎だった。だから未練などない。

だが、一つ心残りがあるとするならば…

俺には歳の離れた弟が一人いた。俺の家は家庭環境が複雑で、弟と血は繋がっていなかった。それでも俺はその弟が可愛くてしかたなかった。まだ小さかった弟にとって血のつながりなんてものは些細な。いや、それ以下の問題だった。

弟はおそらく今これより少し上くらいの歳のはずだ。俺はただ一つ、あの家に弟を一人置いてきてしまったことを悔やんでいる。

俺がそばにいて守ってやりたかった。弟はあのクソ親の元で元気にしているだろうか。それだけが気がかりだ。

だが、今の俺は弟を守ることができない。だから、せめてベルを大切にすることがせめてもの罪滅ぼしなのだ。

ベルは弟のようで本当に可愛らしい。

最初、俺は血の繋がっていない弟との生活が不安だった。だが、俺が初めて弟と相対した時それは杞憂だったと気づいた。大切な人に血のつながりなんて関係ない。俺はそんな当たり前のことを弟から教わったのだ。

俺は汚れたベルの口元をハンカチで綺麗にする。

このハンカチはイリーナのだが気づいてないのでよし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る