12 結

「円城寺さんの助けが必要です」

 数日後、わたしが円城寺刑事に連絡を入れる。

「逆探知しても無駄です。これは録音テープです。既に、わたしは移動しています」

「嘘かもしれない」

「要件を言います」

「……」

「ある人物について調べて欲しいのです。その人物の名は……」

 わたしがある男の名前を円城寺刑事に告げる。

「この人が殺人犯かもしれません」

「根拠は……」

「根拠はありません。強いて言えば、わたしの記憶が根拠です。けれども、それが当てになるとも思えません」

「……」

「いくつかの場所が見えました」

「……」

「それを探ると、その男に行き着きました」

「……」

「それでは、わたしとの接触場所を教えます」

「おい、ちょっと待ってくれ……」

 円城寺刑事の制止を無視し、わたしが一方的に自分と彼との接触場所を告げる。

「結果が出ても出なくても、その場所に来てください」

「おい、本当にちょっと待て……」

「では、お願いします」

 録音テープで公衆電話から曙署の第二強行犯捜査課にかけたのは事実だから電話は時間まで切れないだろう。だから逆探知可能かもしれない。わたしは車で移動中だ。バッグの中には薬がある。おそらく、わたしは真相に辿りたのだ。

 円城寺刑事と再会するまで、龍氏から授かったアパートで、わたしは必要なことをするだろう。が、その前に……。

「龍さん、お願いがあるのですが……」

 わたしが龍氏に連絡を入れる。アパートに龍氏への連絡先を書いたメモがあったのだ。メモには、必要時以外にはかけるな、と注意書きが添えられる。が、今がその必要時なのだ。

「どうした、沙理さん」

 スマートフォンのスピーカーの怪訝そうに龍氏がわたしに問いかける。

「あるものを調達して欲しいのです」

「オイラでなければ調達できないものなのか」

「一般市民では無理です」

「わかった。いったい何なんだ」

 龍氏が促すので、わたしが物品の名称を告げる。

「そんなものが必要なのか」

「はい、お願いします」

「わかった。今日中に配下の者に届けさせよう」

「ありがとうございます」

 さて、あとは日を待つのみだ。


*   *   *


「名城沙理、何処にいる」

 円城寺刑事が現場に到着したようだ。

「調べはつきましたか」

 まるで本物の声のように聞こえるトランシーバーから、わたしが応える。

「キミのいう人物は存在しない」

「どうして、そんなことがわかります」

「調べたからだよ」

「そうですか」

「キミが告げた同じ名前の人物は存在したが、キミが望む殺人犯ではなかった」

「どうして、そんなことがわかります」

「答えは同じだ。調べたからだよ」

「そうですか」

「早く姿を見せるんだ。オレが行った独自の調査ではキミに危険が迫っている」

「それは真犯人ですか」

「そうだ。しかし警察署内にいれば安全だ」

「わかりました」

 円城寺刑事にわたしがそう答える声が聞こえ、彼の居場所からほど近いドアがそっと開く。ついで人影が覗く。その影に向かい、円城寺刑事が発砲する。だから囮とはまるで違う位置に控えたわたしが、円城寺刑事のピストルを弾き飛ばす。例の病院にあったハサミを投げて……。ついで容赦なく円城寺刑事の左肩を打ち抜く。龍氏に都合してもらった違法なピストルで……。

「記憶と言うのは、思い出すのではなく作り直しているらしいですね。頭の中に引き出しやファイルがあるのではなく、記憶は一々作り直される、といいます。もしそうであれば、脳のその機能を阻害すれば記憶を消すことも可能です。実際、高血圧な心臓疾患の患者に処方される薬、プロプラノロールには記憶を遮断する作用があります。その主な使用目的はPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療ですが、もちろん他の用途にも使えます。例えば、わたしの記憶喪失発作にもです」

「何の話だ」

「わたしは薬に慣れたんですよ。前よりも短い時間で記憶が戻りました」

「いったい何の話をしている」

「恋人に夢の悩みを打ち明けられ、さぞや、あなたは吃驚したことでしょう。だって自分の犯した犯罪そっくりだったのですから……」

「キミが事件を調べようとしなければ、こんなことにはならなかったんだ」

「わたしに真相を知られそうになったあなたは、わたしを事件の犯人に作り変えようと画策した。ですが、もう終わりです。あなたの犯行を予想し、わたしは自分を救う二つの脱出計画を仕掛けました。それを見抜けなかった時点で、あなたの負けは決まっていたのです」

 そう告げ、わたしが拳銃で円城寺刑事の右肩を撃つ。何故ならば、彼が隠し持ったナイフで自殺を図ったからだ。

「あなたを死なせはしません。生きて、苦しみなさい」

 わたしの言葉に継いでパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。その音を聞きながら、わたしは嘗て自分が愛した男、今でも愛しているかもしれない男の小さな顔をじっと見つめ、やがて一滴(しずく)の涙を流す。(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る