第125話 ゴール!

  白砂の上に立つ小さなフラッグに手が伸びている。

 俺はそれを注視しながら更に素早く手を伸ばした。寸前で相手の勢いがなくなるのが見える。

 早くジャンプし過ぎたんだ。真っ直ぐ飛び込めは早いとは聞いている。でも、自分の間合いで飛ばないと失速してしまうんだね。

 今は俺の方が勢いがある。多分、数ミリ先で俺の手がフラッグに触ったんじゃないかな。

 でも掴もうとしたところで彼奴がほんの僅か遅れて、俺の下に入り込んできた。掬い上げられるようにして、俺は彼奴の上を転がってしまう。振り回された手足が砂を掬い、跳ね上げてあたり一面白砂が吹き荒れる。

 指先の感覚じゃ、砂のジャリっとしたものを握っている感じがする。転がって半回転して膝立ちのようにして止まった。全身砂まみれになってしまった。

 そして、握っていた手を見てみる。フラッグは、持っていなかった。真っ白い砂が一握り、手のひらに載っていた。


「ごめん、美鳥」


 俺は肩を落として、フラッグをとった彼奴を見た。未だに砂の上に横たわっている。二人で縺れたからかお互い砂まみれになっている、

 そのうちに奴はモゾモゾと動き出して起き上がった。しきりに水着のパンツを気にしている。砂でも入ったかな。

 確かにヘッドスライディングの選択は正しい。手を伸ばして飛び込むからかっこいいんだ。意気込みも感じられる。

 でも、手から飛び込むから突き指し易いとか、怪我し易いんだね。飛ぶタイミングまちがえると失速する。派手な割にはメリットが少ないんだ。バトミントンの夏合宿なんかでよくやらされていたから慣れたものだったんだけどな。


「おめでとう。さすがです」


 彼奴にエールを送りつつ、握手をしようと手を差し伸べた。


 あれ? 


 彼奴は両手で体についた砂を払ったり、パンツのウエストゴムの辺りを気にしている。砂が入り込んだかな。

 頭から飛び込むと砂が入り易いんだね。インナーパンツ履いてるから、どうって言うことはないのだけれど、むず痒いかな。

 そうそう、両手が空いているってことはフラッグを持ってないのか?


「一孝さん」


 美鳥が近くまで、きてくれたのだろう。コースの横から声をかけてくれた。フラッグを取れなくて申し訳なかったけど応援には応えないとね。膝立ちから立ち上がった。


 「一孝さん!」


 切迫した声が聞こえた。美鳥を見ると俺の方を指さしている。それも足元を指している。


「?」


 訳はわからんけど指さされた足元を見た。


あった。


 フラッグが半分砂に埋もれていたけどありました。俺が膝で乗っていたんだ。

 奴も気がついて、こちらに近づいてきた。俺は急ぎ蹲み込んでフラッグを拾い上げて、そのまま頭上へと掲げた。


「ゴール」

ピィー


 ホィッスルのなる音とアナウンスの声が重なる。スタッフが駆け寄ってくる。彼奴は膝から崩れ落ち膝立ちになって呆然としていた。

「…華に泣かれるなぁ」

小さい呟きが聞こえた。奴の顔がから血の気が引いている。ガタイと風貌のわりには愛方の尻に惹かれているようだね。

 すると、司会で場を盛り上げていたスタッフも近づいてきて、


「おめでとうございます。宜しかったら住所とお名前教えてください」


 MCやっている時と違う丁寧な言葉で聞いてきた。


でも、


「市内から遊びに来ました。名前は勘弁で」


 と断りを入れておく。彼は残念そうな顔をしていたけど、

俺の手をもち頭上にあげて、


シャウトした。


「ウィナァ! シャイ・ガイ」


 そして、


「市内からやってきた、恥ずかしがり屋のボーイだぁ!


 視界に見える左右のギャラリーに俺ごと体を捻って、お披露目してくれた。


「地獄の獄卒者が血で血を洗う屠殺レースを制した者、姫に命を賭して宝物を献上する騎士に栄光と称賛の拍手! 拍手を捧げよ。是非ともお願いします」


 今日一番の口上をあげた。次に未だひざまづいている彼奴を手で示して、


「惜しくも惜敗なれど疾風怒濤の走りと勇猛優雅の飛翔を見せてくれた彼奴はスタッフ満場一致、文句なしのスペシャルなリワードだあ。カップルチケットをギフトさせていただきます。おめでとう。ギャラリーの皆さんも拍手!」


 場を盛り上げていった。

ひざまづいて肩を落として彼奴も、


「なんとか面目がたったか」


 ぼそっと呟いていた。



「一孝さぁん」


 応援していてくれた美鳥も駆け寄ってきてくれた。


 あれ? ブレて二人に見える?

ん?


 美鳥の満面の笑顔と、うしろにお連れさん二人のの笑顔を引き連れてきてくれた。そして俺の胸に飛び込んでいたんだ。そして俺を仰ぎ見てきて、


「やったね掲げた一孝さぁん。頑張ったね。かっこよかったよ」


 そして唇を緩ませてから、とびっきりで暴力的な笑顔を全力でぶつけてきてくれた。


「大好きよ!」






















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