第123話 スタート



 ◇    ◇   ◇    ◇    ◇

   ◇.   ◇    ◇   ◇


 美鳥に頭を抱えられて耳元に囁かれた。


「一孝さん。かっこよかったよ。キュンときちゃた。大好きよ」

甘い、物凄く甘い声が鼓膜を震わせる。その震えが頭の中に染み込んでいく。奥深く染み入って、奥の奥をを蕩けさせてくれた。

頭の奥が震え出す、心も魂まで震えてきた。我慢という鍵も枷も連環も外れ、ちぎれ飛んでいく。俺はスックと起き上がり、

 

「たまらん。美鳥ー帰ろう」


美鳥の腕を鷲掴みにしてしまう。


「ん」

この持ち方じゃダメだね。すぐにを組み替えて、手を繋いで、会場の外へ行こうとした。


「一孝さん、一孝さぁん」


もっと頭をよわせてくれる声が聞こえる。


「一孝さん、どうしたの。まだ次がありますよ」


そう、これから先は俺と美鳥だけの世界。


「もう、正気に戻ってよ」


聞いてるのは、確かに日本語だけど魂に届く頃には、好き、に変わってくるんだ。

でも、


「お兄ぃ」


俺にとっては、唯一の言葉が頭に入ってくる。


「あれ、俺どうした」

「どうしたですか? 震え出したと思ったら、いきなり手を握ってきて、会場の外へ行こうとするのですよ」


美鳥がなんか、怖いものでも見てるような表情で俺を覗き見てきた。


「…」

「ほんとに、どうかしたかと思ったじゃないですかぁ」


心配してくれてる表情に変わってくれた。

俺の意識も戻ってくる。美鳥にこんな表情させちゃいけない。


「ごめん、ごめんな。美鳥の囁きで、俺、溶けたみたいだ」


美鳥の頬が赤くなっていく。


「もう、そんな恥ずかしいこと言ってましたあ」

「おう、魂を鷲掴みするような言葉だったよ。意識が吹き飛んだよ」


美鳥は赤くなった頬を手で覆い隠して、クネクネ。


「はぅ、そんなでしたぁ」


そこへ美鳥のお連れさんたちが近づいてきた。


「風見さん、どうしちゃったの? 大丈夫」


ミッチさんが心配してくれてる。


「美鳥、風見さんに何かしたかしら、変なことしてない」


もう一人の友人のカンナさんは、よく見えていたようで、核心をついている。


「エールを送っただけだよぅ。何にもしてないぃ」

「美鳥のは、強烈なんだよ。用法容量は取扱注意なんだからぁね」

「いったい、なんの話かなあ?」

「この無自覚が」


3人がワイワイやっていると、


「第4組がスタートします。コースの外への移動お願いします」


とスタッフが案内を始めている。


「じゃあ、美鳥行ってくる」

「はい、いってらっしゃい。頑張ってくださいね」


美鳥は脇を占めて拳をぎゅっとして言ってくる。応援してくれるんだ。かっ、可愛いじゃないか。クラッときた。頬が熱くなっていく。


「一孝さんの格好いいところ見せてください。ねっ!」

「おうっ」


美鳥の笑顔が俺の頬に右ストレートを決めた。俺は蹈鞴を踏んで膝を崩してしまう。


「ダメでしょ。美鳥。風見さん魅了しちゃあ」


カンナさんが近づいて手を差し伸べてくれて、なんとか倒れずに済んだ。


「一孝さん。大丈夫ですか? カンナ! 私。一孝さんになんかしたの」


美鳥も慌てて聞いてくる。


「無自覚のコークスクリューマグナムね。大丈夫ですか?一孝さん」

「ありがとう。カンナさん、言い得て妙だよ」


なんとか、起き上がり、スタート地点に向かう。

心配そうな顔、呆れて物言えなさそうな顔。羨ましそうな顔。三者三様な顔に送られていく。でも、不思議と胸にやる気が満ちている。美鳥だけじゃない。3人に後押しされたんだ。頑張らないとね。


「第5組がスタートします。コースの外への移動お願いします」


のアナウンスがある。




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