第107話 コトリは…
今度は美鳥が私を見てきた。胸元で手をぎゅっと握り真剣な目をして、
「この子のことだけど」
「うん」
「この子は私なの」
「うん」
「この子は、私が一孝さんに会いたいなっていう気持ちなの。それが形になったの」
「そっ、そうなの」
「この子は、だからかな、私が小さい頃にそっくりで」
「本当ね」
「この子はチョコが大好きなの
「うんうん」
「この子がチョコ食べすぎて」
「美鳥もそうだったね」
美鳥の頬が不満げに膨らむ。
「頬がニキビでいっぱいになったの。覚えてる?」
「あ〜、あの時ね。慌てたもんね」
「この子が大元」
「コラって、コトリ」
「えへへ」
「でもね。私が寂しい時、お兄ぃに知らせてくれたんだよ」
「そうなの、コトリ」
「うん」
「えらい、えらい」
「へへ」
「で、昨日なんだけど」
「どうかしたの?」
美鳥が両手の指を頭に乗せる。
「この子と頭をゴッツンコして」
「大丈夫?痛くなかったかしら」
「入れ替わっちゃった」
「えっ、じゃあ」
「うん、そう」
「あの時、抱きついて甘えたのは」
「はいはーい、コトリでしたぁ」
それで、さっき抱きしめた時に、思い出したのね
てっ、私は瞬きした時に、コトリの姿が変わった。
白地に赤の金魚が染め抜かれた浴衣に、
「コトリ、浴衣」
「うん、大好きな浴衣なの」
私の目から再び涙が流れた。
美鳥が、この浴衣を気に入って、夏の間、縁日に及ばず外出したりする時以外にもウチの中でも着ていたっけ。
でも、この浴衣を着ているコトリは、
浴衣の袖から出ている細い腕は、透けて見えた。手の形はわかるのだけれど、腕の下にある浴衣と染め抜かれた赤い金魚か。わかるの。
この子は、人ではない。
じゃあ、なんなの?
そんなこと関係ない。
この子はコトリ、そして……、私の娘。
「ああっ、私もヘンテコな世界の住人になったのね」
「それっで美華お姉ちゃんも言ってたよ」
えっ
「美華もコトリを知ってるの?」
「シェインズの撮影の時に美華お姉ちゃんに会わせたの」
「そんな前に」
「うん、ごめんなさい。もっと早くママにも合わせればよかったね」
「美華も驚いていなかった?」
「全然、あっさりとわかってくれたよ」
「あの娘らしいわ」
「で、昨日はコトリが花火の音で気を失いまして」
「大丈夫たったの?」
「心配で様子を見るのに一孝さんのマンションに泊まったってわけ」
「やっと納得できたわ。確かに事情を知らない私たちには説明できないね」
不意に目の前で、透き通っている手のひらがフリフリと振られた。
コトリが手を振って、美鳥との会話を折ってしまった。
「二人だけで、お話しないでよぉ。美鳥もママとお話したいよ」
「あらあら、ごめんなさい」
機嫌を悪くして膨らましたコトリの頬を、ツンツンと指先で押す。頬の感触はあるのよね。
すると、スカートのポケットにスマホが振動した。パパだわ。いい加減、美鳥を連れて帰らないといけない。
「美鳥、そろそろ着替えないと」
「はい」
「一孝くん」
私たちの会話を呆然と見聞きしていた彼をも呼ぶ。
「ごめんねえ、美鳥が着替えるから」
「はっ」
「しばらく、外で待機してもらってもいかな。それとも美鳥の生着替えを見学する?」
「ママ!」
「美桜さん」
二人とも頬を染めてアタフタしている。初々しいわぁ。本当に昨夜は何もなかったのね。
一孝くんが自分の部屋を退去して、美鳥は朝のスキンケアを初めて、着替えを初めていった。私は、この子と今までことをこの子の口から聞かせてもらった。
美鳥の着替えも終わり、一孝くんを呼び戻す。
「じゃあ、帰ろうか。パパが首を長くして美鳥が帰ってくるの待ってる。一孝くんも一緒に行こう。朝ごはんは琴守家で食べましょう」
「それなんですか、今朝の朝食キャンセルしていなくて、一食抜くと色々とうるさいんです。ですから俺は、ここで食べてからそちらに行きます」
まあ、決まりだもんね。仕方ない。
「代わりにコトリが、うちにくるかな」
あれ、コトリの顔が渋った。下を向いてしまう。
「あのね、ママ。コトリはこの部屋から出られないの」
代わりに、美鳥が説明してくれた。
「なんでかわからないけど、玄関のドアから外に出られないの』
「えっそうなの。コトリ」
コトリは頭を落としたまま、うなづいて返事をした。でも、すぐに顔を上げて、
「でもね、美鳥お姉ちゃんが感じたことはコトリもわかるの。だから今までもママのことは感じてたから寂しくなかったよ」
そうなんだ。じゃあ、
「これからは、私がここへきてあげる。毎日は無理でも、絶対くるからね」
「ありがとう、ママ」
「では、美鳥、帰ろう」
「わかってよママ」
一言二言、一孝くんと話をして美鳥が最初に玄関を出た。続いて私も出る。
コトリが私について出ようとしたんだけど、玄関のラインでゴッツンコしたみたいに進まなくなった。やはり、出られないのですね。しゃがみ込んだコトリの前に私もしゃがみ込む。そして、小さな声で話をする。
コトリは、ハッと頭を起こして私の顔をみた。
「………はじゃないの」
「コトリはコトリよ」
「うん」
美鳥は、怪訝そうにしている。
「なに話したの?」
「コトリはコトリでいいんだよって教えてあげたの」
「それっで私もお話ししたよ」
「そうなんだ」
美鳥の顔が笑顔に変わる。
「じゃあ、一孝さん、コトリ。行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
コトリは私たちを笑顔で送ってくれた。そして玄関は閉まる。
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