第89話 朝日が満ちるシングルルームで

 瞼を開いたんだけど殆ど光のないところで、アラームが鳴っている。自分の記憶にはない音だったな。


「あっそうか。ホテルだっけ」


 昨日は、美鳥たちの手伝いで、色々とあったんだ。ここは美鳥の姉の美華さんが一計を案じて、二人で泊まることになったホテルになる。

 まあ、美鳥の体調がすこぶる悪くなったというか、間が悪かったというか、何もなかった、何もできなかったという結末に落ち着いた。

 

 静かにベッドから降りて、窓際まで行ってカーテンを少しだけ開けて外を見てみた。外の天気は快晴。昨日から晴れが続いている。時計はあっていたんだ。カーテンの遮光性に感心してしまう。

 真っ暗なところからいきなり明るい外を見てしまい、急激に瞳孔が縮んだせいか、微かに痛みを感じる。

 暫くして落ち着いてから、遮光カーテンを開ける。途端にに部屋が明るくなる。部屋が明るくなってまわりの環境が変わったのを感じたのか、ベッドの上の美鳥が身じろぎをし出した。

 俺としては、こんなモノローグを考えていたのは訳がある。男の朝の生理を治めるためなんだ。美鳥に驚かれても困るしね。

 ベッド上では、ブランケットの膨らみが立ち上がっていく。それが、はだけていくと白いナイトキャップを被った美鳥が現れた。起きたんだ。目を擦りながら、ゆっくりと周りを見ている。


「!」


 そしてキョロキョロと周りを見出して俺を見つめた。俺がいることに気づいたんだね。


「おっ、お兄ぃ! なっなんでえいっ、いるの」


 起き掛けの美鳥を見たのは、お互い小学生だった頃、でも懐かしい感じがする。変わらないんだよね。


「うん、おはよう」


 はだけたブランケットを口元まで持ち上げて、赤くなった頬を隠していたりする。その内に、色々と思い出したのか、 


「おはよう、一孝さん」


 と言って、すぐにブランケットで顔を隠してしまう。


「よく、眠れた? 昨日あれだけ頑張ったんだ、疲れは残っていない?」


 と言いつつ、窓から離れてベットに近づく。


「だめ、こっちにはお願い、来ないでぇ」


 ガバって頭を起こして、言ってくる。顔を真っ赤にして俺を睨んでくる。

 仕方なく美鳥の足元、ベッドの縁に腰掛ける。昨日の混乱が続いているのかな。

 さっきまで一緒のブランケットの中にいたんだ。気になることなんてないのだけれどね。でも、美華姉にはデリカシーって言われているので黙っている。

 そうだ、美華姉といえば、


「そうだ、美鳥。美華姉から、メール来てないか? 俺の方には来てたんだよな」

「えっ、そうなんですか?」


 と言ってブランケットから出てベッドから降りようとするんだ。

 だけど寝ている間にロープがはだけていたのだろう、緩んだところからブラのカップの柔らかそうな生地が見えてしまっている。


「美鳥!」

「!」 


 強めに名前を呼んだからか美鳥は体を萎縮させて俺を見る。

 俺は自分のロープの胸元を絞めるような動きをしたんだ。すぐに察したんだろう、パッと翻ってブランケットに潜り込んだ。


「ごめんなさい。一孝さん。ライティングテーブルの上に私のスマホがあるんです。取ってもらえますか」

 

 ブランケットに包まったまま、頼んできた。

 スマホはすぐ見つかったから、美鳥にかかるブランケットの上に置いてあげる。

 すると、手だけをブランケットの上に出してポフポフと叩きながら探ってスマホを見つけると、手を引っ込めてしまった。


「あれ、あれれ、画面真っ暗。変なマークが出てる」


 美鳥がスマホを片手に持って起き上がる。


「どれどれ、見せて」


 俺はスマホを受け取って、画面をタップしたり、サイドボタンを押してみた。反応は画面のマークのみ。 


「充電切れだね。ビデオとか撮影してたからかなあ」

「えー、いつからだろう。私、気づかなかったよ」

「じゃあ、代わりに俺のスマホに届いたのでも見るか?」

「そうする」

「ヘッドボードの辺りにあるのわかるか?」


 美鳥は体を左右に捻ってヘッドボードの辺りを探る。さらには腰を捻って四つん這いにまで。そのために、美鳥のだろう甘い香りが広がっていった。


「あったよ。はいっ」


 俺は、スマホを受け取り画面をタップしてメーラーを起動、スクロールをして美鳥に手渡した。そしてベッドに座る美鳥のすぐ近くに腰掛けたんだ。


「一孝さん、近い、近い」

「いーの、いーの、俺もメールの中身見てない、一緒に見よ」


 美鳥の肩に自分の肩をくっつけて、彼女が持つスマホを覗き込んだ。

美華姉からのメッセージを見た。



……………………<携帯>



行ってくる。二人とも仲良くな。



 短くても想いの詰まったものに感じてしまった。

 やっぱりお姉ちゃんだ。


「美華姉からのメール。美鳥が返事を返しておいてくれないか。操作わかるかな」

「うん、大丈夫」

「二人並べて名前を入れよう」

「うん」


 美鳥はボチボチと画面をタッチしてメールを作って美華姉へ送付する。


   ピロリン


「はい」

「ありがと」


 俺は彼女からスマホを受け取り、ベッドから立ち上がる。


「俺、先に着替えてロビーで待ってるよ」

「一緒には行ってくれないの?」


 ちょっと不満が出た顔になっている。


「ここで待っていても良いけど、着替えとか時間かかると美鳥の後にトイレってこともありうるぞ」


 ボッと彼女の顔が赤くなる。


「それもいやあ、30分は入っちゃダメえ」

「だろ。そんなことしてたら、ビッフェの受付時間すぎて朝食食べられなくなるよ」

「それもいやあ」

「だろ。男なんて服なんか、すぐ着られるから、先に行ってるよ」

「ゔぅー、わかった」


 昨日は、ワタワタしてて着替えなんて取りに帰る時間がなかったから、ハーバープレイスのイベントTシャツを現地で買った。包装を破いて着る。下はそのまま。汗臭くなきゃいいのだけれど。クローゼットにあったんでスプレー式の消臭剤をかけておいた。


「じゃあ、いってる」

「行ってらっしゃい。私も急いで行くね」


 モーニングビュッフェは、食材は無農薬、有機肥料使用とかフェアトレードとか、色々と考えたもので作られていたけど、いろんな種類のものが選んで食べられてよかった。

 美味しかった。美鳥は、作りたてのオムレツが気に入ったようだ。

 帰りに荷物を持ってレセプションに二人でキーを返しに行った時は、昨夜のことを勘繰られるかとフロント係に目が合わせられなかった。

 そんなこんなで美鳥を琴守邸までお送りして俺の慌ただしくも甘酸っぱい1泊2日が終わった。


 俺、みなさん、お疲れ様でしたぁ。




●   ●   ●   ●   ●  美鳥

  ◇   ◇   ◇   ◇



 玄関を開ける。家を出てから一日も経っていないのに、ずっと外に出ていたような感じがする。


「ただいま」

「美鳥ちゃん、おかえりなさい。ゆっくりのお帰りだったけどモーニングビュッフェは楽しめたかな? 美味しかった?」


 ママがキッチンから玄関まで出てきてくれて迎えてくれた。

 バックは廊下において、駆け寄ってママに抱きつく。


「あらあら、美鳥は甘えん坊さんね」


 やっぱり、ママも長い間、会ってなかった感じがする。それだけいろんなことがあり過ぎたんだね。

 思わず抱きついてしまいました。


「うん、良かったよ。お姉ちゃんに聞いた通りだった。オムレツが焼きたてフワフワで美味しいの」

「良かったわね」


 なんか、頭を撫でられてしまう。


「モーニングだけでも食べられるみたいだから、今度一緒に行こうよ」

「そうね。一孝くんも呼んでみんなで行きましょ」

「はーい」


  あれっママの雰囲気が変わった。


「美鳥ちゃん、あなた、ウォッシュルームにポーチ忘れたでしょ。 気づいたかしら、電話しても出ないし、SNSも未読、慌てて美華に連絡したんだけど、お話できた?」

「ごめんなさい。携帯の電気が切れてて、分からなかったの」


 なーんだ、お姉ちゃん、ママから聞いていだんだね。だから、自分の予備をホテルに置いていてくれたんだ。でもね、ありがとう。おかげで無事だよ。


「やっぱり忘れていたんだぁ、ホテルに着いてバックを開けて、入ってないから」

「もう、この子ったら。で、どう?」


 ママが臭いを嗅ぐみたいに鼻をひきつかせる。嘘をついてもしょうがない。


「ホテルに着いたら始まっちゃって、凄く重くって痛かったの」

「そう、お腹はあっためたかな?」


 ママが腕を組んで、手をあごに当ててる。なんか考えてる。まさかね。


「ホッカイロをお腹に当てたよ。お姉ちゃんが用意してあったの」

「でっ、腰は一孝くんがカイロをあてていたのでしょ」

「うん、手伝ってくれた。………あっ、ばれちゃった」


 今のを聞いてママがにっこり笑う。


「多分、そうじゃないかと思っていたわよ。どうせ美華の入れ知恵なんかじゃないかと」

「お見それしました。お見事です。その通り」

「別に一孝くんと、そうなったって良いのよ」

「えっ、良いの?」

「もちろんよ。あの人は、まだ早いって言うに決まってるけど、美鳥も、お年頃なんだから、ね。でも、ちゃんと避妊は、しっかりしてね。まだ責任取るなんてできない年齢なんだから」

「ママ」


 実は、私にはリアルお兄ちゃんがいる。結婚して、この前、子供も産まれた。可愛い男の子なんだよ。ママはおばあちゃんなんだよね。絶対呼ぶなとも言われた。それがあのシアンをやるんだよ。


びっくりです。

「でも一孝君には、残念だったかしら、我慢させたかな」

「うっ」


 私は自分の頬を叩いた一孝さんを思い出す。


「でも、凄く優しくしてくれたんだよ。背中とか脚とかのツボを押してくれて、ポカポカと気持ちよかったよ」


 ママは自分の手を顔に当てる。


「あちゃー、美鳥との事、昔からお願いしていたけど、とうとう、そこまで任せっきりになったのね」


 徐にスマホを取り出して、ママは誰かに電話をした。すぐ繋がって、


「一孝くん、今どこ? 近くにいるのでしょう。昼ご飯は、ウチで食べましょう。みんなで食べよう。せめて、それぐらいさせて」

「ママ!」

「一孝くん、美鳥のことありがとう。電話で、なんだけど美鳥をお願いします」


 ママは見えないのに一孝さんにお辞儀をしている。


その後は、みんなで一孝さんを囲んでお昼ご飯食べたよ。


そうして私の慌ただしくも楽しくて、大変な一拍二日が過ぎました。


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