第49話 モーニング アタック2


◇ ◇ ◇ 美鳥side ◇ ◇ ◇


「コトリ、いるんだろう。美鳥きたよ」


 一孝さんに呼ばれた。でも今は私は、彼の前にはいないんだ。


「ハイハーイ、コトリちゃんでーす。お姉ちゃんきたの?」


 一孝さんの個室から玄関まで歩いていく。今、見ていること、聞いていること、話していることは一孝さんの前にいるコトリが体験していること。それを私も感じているんだよ。


「あっ、いらっしゃーい。コトリでーす」


 玄関に上下をサーモンピンクに揃えた女の人がいる。


「コトリ、美鳥だよ」


 違う、私じゃない。私は自分の家にいるんだ。 

 リビングでママと一緒に今日の準備をしているんだ。コトリもその女性が私じゃないことを気づいて、でも私と同じ顔なのに驚いて聞こうと思って彼の顔を見ている。

 そしてコトリは思い出したんだ。その自分と同じ顔をした人を10年以上見ていたことに。

 彼女が怪訝な声をあげる。


「一孝さん、誰かいるんですか? 私がいるのに変ですよ」

「違うよ、お姉ちゃんのお姉ちゃんだよ。お姉ちゃんじゃない」


 コトリは彼の顔を見上げながら話している。

 やっぱり美華姉だ。


「美華姉、美鳥の真似はやめましょう」


 彼は美華姉に話しかけている。

 この人は私の姉。3つ上での自宅を出て大学に1人で通っている。

 さきに一孝さんのマンションに行ってたんだ。なんで? ママが待ってるんだけど。



「なんでバレたの?、もともとそっくりだし、仕草も真似たはず」


 さすが一孝さん、どんなにでも私だとわかってれる。


「見えてない」


 そうなんだ。コトリは美華姉には見えないんだね。


「それに、抱きつかれた時の柔らかいもののボリュームが違ってたりします」


 抱きついた? なんですと!ちょっと美華姉、後で詳しく聞くからね。

でも美華姉よりムフフとは誇らしいよ。

 それに一孝さんのはずかしがる顔も可愛いい。いいもの見れました。


 そのうちコトリも焦れたのか、


「ねえ、お兄ぃ。美華姉にぎゅっとして良い?」


 一孝さんに聞いている。彼はコトリの髪の毛をくしゃっとしてくれた。して良いよコトリ。


 そこで私は一孝さんの携帯に連絡を入れる。私のコールの着メロはこれなんだ。私もお気にの曲でした。数コールで応答してくれた。


「美鳥です。美華姉、そっちにいませんか? コトリ経由で気配きましたから。」

「美鳥か、お察しの通りきてるよ。おまえのふりしてた」

「そのことについては後ほどゆっくりと聞かせていただきます。美華姉に代わってもらえますか?」


「美華姉さん、美鳥です。ママが来なさいって」



⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ 謎姉side ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎




 自分より、声が低く感じる。冷たく聞こえるのも当たり前か。家に帰らずに自分の彼氏にちょっかい出されてたんだからね。その割には、冷静だったなあ。

一孝から受け取ったスマホを耳につけて、


「お久しぶりね。美鳥。あなたも色々と聞きたいことがあるのではなくて?」

「『お久しぶり』じゃないよー。こっちの準備、ママ1人でやってて泣き入ってる。そっちにタクシーで向かってるからね。じゃあ、一孝さんにに代わってください」


 渡されていたスマホを彼に返す。彼は美鳥と言葉をいくつか交わすと通話をやめた。


「美華姉、美鳥から伝言」

「何かしら?」

「『後でゆっくりと、じっくりと、ねっとりと聞くからね。ママと』だそうで」

 

 最後の一言で背中に冷や汗が流れる。


 で彼から、


「喉乾きませんか?、美鳥が来る間にお茶でもどうですか?」


 奥に通されて、テーブルのところへ座った。

 途中に簡易キッチンと廊下を挟んでトイレとバスルームがありベッドもあるワンルームレイアウト。生活を始めて1ヶ月という割には散らかっていない。

 小さい頃から見ているけど、意外に几帳面でまめであるね。

 美鳥のことは任せて良いな。キョロキョロと部屋を見渡していると、


「あんまり見ないでください。アラがわかっちゃいますから」

「ふふっ、大丈夫。美鳥より主婦向きかもね」


 キッチンスペースへ会話を飛ばして上げる。


「えっ、そうなんですか? でもあいつ、頑張る方だから覚えりゃ、しっかりやれますよ」

「なんだぁ、ちゃんと見てくれてるのね。あの子を頼むわ。違う、ごめん昔から頼みっぱなしだよね」


 そう、性格もあったけど学校に入る前から美鳥は彼にべったりだったんだ。わかってくれてるから、安心もできる。


「はい」


 そんな会話をしていると彼は、トレイに載せて紅茶を持ってきてくれた。


「良い香り」

「ありがとうございます。いちごとブルーベリーのジャムがありますんで、それをスプーンでちびちびしながら紅茶で流し込んでください、濃い目に入れてあります」

「ロシアンティーね。意外に凝る方なのね。私なんか直接カップに入れちゃうよ」

「東欧では、そんなふうに飲むそうですよ」

「へぇー」


 そんな会話をしているんだけど、おかしく感じることもある。

 なんか私の周りを虫でも飛んでいるのか、ワサワサする。

 膝とか肩とかもサワサワする時もあるし、煩わしい。


「ねぇ、一孝くん、この部屋、なんか虫いない? 音しないんだけど、煩わしいっちゃ煩わしいのよね」


 一瞬、彼の顔が歪んだ。


「蝿とかいないと思いますけど、今度バルサンでも炊いてみます。すいません」

「別にいいのだけれど、ごめなさいね』


    カシャン 


  とドアのロックが外れる音がする。

 あの子、もう合鍵とパスワードもらってるんだ。

 そこまで進んでるんだね。おめでとう美鳥。

 

 あのこが駆け込んできた。


「一孝さん、ごめんね。迷惑かけて」


 まずは、私に挨拶じゃないの。


「美華姉さん、手を貸して」

「いきなり、何?」


 美鳥は慌てて私の手をとってくる。


「本当は、ゆっくり話すつもりだったけど、落ち着いてみててね」


 美鳥と一孝くんは揃って首肯する。そうして私の手を持ったまま2人は私の前に並ぶ。ただその間は、丁度1人分空いてる、まるで誰かがいるかのように。


 そうしていると2人の間にスゥーと何かが現れてきた。背中に電気が走る。


「ちょっとなにぃ?」


 人が現れた。それも子供。亜麻色のおかっぱ頭の女の子。既視感ありありなんだけど。

 そのうちにその子が涙を流しているのがわかる。


「あのね、」


 美鳥が声を出す。それに重なるように、


「ミカネェーチャン」


 本当に懐かしい声と鳴き声の混じった呼ばれ方。


「美鳥!」


 私は小さい美鳥と髪の伸びて大きくなった美鳥を交互に見る。


「ミカネェーチャン、きこえる?」


 小さい美鳥が私に聞いてきた。もちろんと首肯する。


「やっとお話できるよぉ〜」


 抱きついてきた。一瞬だけど見えた手先とか膝下が透けてた。

それをみて気絶しなかった私を褒めて、和也、ママ。


「美鳥、この子も美鳥だよね」

「うん」


 一孝くんの方も見るけど合槌をうってる。


「コトリねぇ、お姉さんとお話ししたかったけど、さっきまで出来なかったのね」


 抱きついたまま、話をしてくる。


「もうお話しできるね」

「コトリは美鳥なんだよね」


 この子の後ろで2人が話をしている。


「コットンの言う通りなんだね。 これでパスが通ったんだ」

「さっきまで鳴き声がワンワン聞こえて大変だったよ」


 コットン、パス、なんのこと?


「美華お姉さん、現実だけ受け入れて、話せるし触れるの、私なの、後は察して。私たちもよくわかんないの」

「支離滅裂なのはわかってる?」

「うんわかってる」


 私もヘンテコな世界の住人になったのかしら。でも状況は受け入れよう。


 抱きついている美鳥を抱きつき返し、耳元で囁いてあげる。


「コトリ、ひさしぶりかな。これからはお話しできるね」


 コトリの抱きしめている力が強くなった。これが返事だね。


「で、悪いんだけど、早く家に帰ろう。ママが待ってる」 


 美鳥が急かしてくる。


「だね、ママに頼まれたことあるしね」


 私はすぐに立ち上がる。よかった、腰は抜けてない。


「コトリ、今度ゆっくり話しよう。お姉ちゃんやることあるんだ」

「うん、わかってる。今度ね」


 おもわずこの子の頭を撫ででしまった。


 その後は、美鳥と急いでタクシーで自宅へ。

 もちろんママからのお小言あり。


 さあ、ゴールデンウィークの始まりだ。

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