第34話 週の始まり around noon

__________風見side__________



俺は高梨から頼み事をされてしまった。中身はわからない。魂と引き換えというわけではないと思う。

高梨が真剣な顔をして訊ねてきた。


「イッコウ。バトミントンはどうするの?続ける?」

「続けるよ」

「そう」


高梨の表情が少し綻んだ。安堵したと言った方が良いかな。


「じゃあ」


高梨の期待が込められるのを感じるけど、


「でも、大会に出るとかじゃないよ。おいおいわかると思うけど高梨たちの後を追うわけじゃないよ」


「どういう意味かな? 怪我のせい?」


がっかりさせてるのもわかるけど


「そうだね。怪我のことは訳あって詳しくは話せないけど、俺は選手にはなれない。大会になんて出られないよ」

 

自分の体のことは近しい人たちに話したのは、初めてになる。一緒にやってきたパートナーだからこそ話をしている。


「俺はバトミントン馬鹿だから、これしかないし、関わりを切りたくはないんだよ」


リハビリをしていく中で判明したこと。致命的であったから泣いた。悩んださ。でもリハビリスタッフを見ていて、まだバトミントンに関わりができると気づいたんだよ。


「そっかぁ。私らと縁が切れる訳じゃないなら良いか。これからよろしくね。風見くん」


高梨が根掘り葉掘り聞いてくるかと身構えたけど、そんなんじゃなかった。

ほっとして安堵した顔が見られたよ。


「いい女になりましたね。佐渡先輩が羨ましいし惜しかったよ、高梨先輩」


「ヴァカ」


高梨に思いっきり小突かれた。



辛い話をしてと気持ちを切り替えたかったのか高梨は手を上にあげてグゥーと背を伸ばした。


「そういえば美鳥ちゃんを見たよ。綺麗になってたね。もう'コトリ'じゃあないね」

「俺も驚いてる。どこに出しても恥ずかしくないよ」


高梨の笑顔に変な色が混じった。


「どっかに出すつもりなの?」

「いい男捕まえてくれればなぁが半分、どこにもやるもんかが半分……あっ」

「なんか父親みたいだねー。欲しければ俺を倒してからにしろ、とか?」


 にしゃっと笑うんだ。でも、すぐに表情が厳しくなった。


「そう考えていたんだね」

「さっき呟いたのは本当に考えてました。怪我のせいで夢が叶わない俺よりか、しっかりした他の男のほうがあいつのためになると。でも昨日、あいつとあいつの家族と関わって考えが揺らいでしまった」

「どう?」

「俺がいなくなったあと、俺の残した言葉を俺のために実践してきたことを知ったら、あいつがいじらしくて可愛くなってね。付き合いたい。一緒になりたい。美鳥と添い遂げたいってね」


高梨がじっと俺の顔を見てくる。


「そこまで考えていたんだね。あやふやなら怒るとこだったよ」

「えぇー」


意外な反応で、俺は返事に困った。


「あの子の気持ちを考えたことあるのかぁー ってね。まあ杞憂だったね、早くものにしてきな」


俺を後押しするつもりなのか、肩を軽く叩かれた。


でもなあ、


「まあ、それは、もうちょっと先かなあ」

「なんで、そこでダウンするの?」


 情けないこと言うなと高梨が怒り出す。


「俺って意気地なしなんですね」

「ヴァカ」 


 高梨の怒りのデコピンをもらってしまった。


 水を刺すように予鈴がなる。昼休みも終わりなんだ。


「じゃあ、教室戻ります」


 俺は立ち上がり階段を降りて行った。降りていくだけなのに肩が重い。なんでだじゃない。


「高梨先輩。俺に寄っ掛からないでほしいのですが?」


 ふざけて肩にのかかってきたんだ。


「いいじゃないの、減るもんじゃないし」


 俺を揶揄ってきているのは、分かるけど。


「周りに見られたら、変に勘繰られます。それこそ佐渡さんに殺される。美鳥にもなんで言って良いかわからなくなりますよ」


 怖くて、どこか隠れたい気分になる。


「まっ、そっかぁ」


 彼女は納得してくれたと思った。でも、高梨は下に着くまで、俺に寄っ掛かかってきたよ。



__________美鳥side__________



 私は、階段を勢いよく降りて行った。途中、踵が引っかかったり、段を飛ばしたり、膝から崩れたりした。手すりにしがみついてーなんとか転げ落ちることはなかった。怪我しなかったのは幸運以外何にでもない。

 教室に辿り着いてドアを開ける。気にしてはなかったけど、こんなドアってに重かったっけ。

 昼休みも残り少ない時間になったからか、みんな帰ってきている。

 でも、お兄ぃは未だ帰っていない。


 だけど、此奴はいる。


「なぁに湿気ったぁ面してるんだい、勇んで行ってその体たらく。なぁにやってんだ、このすっとこどっこい」


 お兄ぃの机の上のやつが言っている。

 あんな可愛い名前なんか言ってやるか、


  べら棒目。


「お兄ぃには、私はいい女になってるって言われた。でもあの女には、いい女になったと言ってる。この差は何?」

「お前がガキくさいだけじゃねえのか、お世辞だよ、お世辞」


「くっ、このおぉ」


 私は、悔しくて此奴の頭を鷲掴み、思いっきり握ってやる。そして捻る。


「イター、イタタタタタッ グアぁ。あっ頭の皮が捲れちゃう。やめれー」


 私だって痛いんだ。こいつの痛みが何故か伝わってくるんだ。


 そうこうしているのと、


「ねえ、美鳥。風見さん見つかった?」


 お兄ぃの隣に座っている美月さんから声がかかった。怪訝な顔をしている。


「いなかったの。すれ違いかなぁって帰ってきなのになぁ」


 手を後ろに隠して、照れ笑いで誤魔化した。

美月が、呆れ顔で、


「まっ、しょうがないね。妹分も大変だねぇ」

「えっ? なんのこと」

「さっき、聞いてみたの。美鳥とどう? って。そしたら美鳥は妹分だって言ってたの」


 嫌なことを聞いてしまった。私は胸元を手で押さえた。自分の中から暗いものが出てくる気がしたの。なかなか止まってくれない。


    バァン


 机を平手で叩いた。そうしないと自分が爆ぜそうで。 


「ヒェッごめんなさい〜怒っちゃったぁ」


 美月は、驚いて手を合わせて、謝ってきた。


「ごめんね。美月を怒った訳じゃないの。先生に託け頼まれたのに、ここにいない風見さんに怒って机にあたっちゃった」

 

 まだ2人で屋上の入り口で話をしているのだろうかと頭に浮かべて、キッと天井を睨んだ。 



 すると、


「なんでついてくるのですか? 高梨…」


 お兄の声がドア越しに聞こえてきた。ドアが開き、お兄ぃが廊下側に顔を向けながら教室に入ってきた。

 それを見て、私は小走りで机に逃げた。


「…先輩の教室は上でしょう」


「見送りだよ。お見送り」


 高梨先輩が顔だけ教室ドアから出して話している。


「またねぇ」


 ドアの中ほどで手がひらひらしているのが見えた。それもドアの外へと消えていく。

 

 入れ違いに次の授業の先生が入ってきた。慌てて号令をかける、


「起立」


 みんなが立ち上がる。午後の授業が始まった。





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