第32話 週の始まり in the morning
__________風見side__________
「なあ、これから絞首台にでも行くような顔つきなんだが」
コットンが神妙な顔つきの俺の顔を覗き込んできた。
「確かに、そうかもな」
俺は高梨のことは考えていなかったわけではない。でも教室で呼ばれるまで意識の外だった。
中学からバトミントンを初めて、いつのまにか隣にいたパートナー、いやライバルかな。
才能も俺より上、フィジカルも華奢に見えてしっかりしている。努力も怠っていない。スーパーウーマンだね。練習でいつも弄られていたよ。
そして全国大会まで行けて準優勝までしたのも高梨がいてこそじゃないかな。事故の後、意識が戻ってからニュースで知ったインターハイ優勝。
嬉しかったけど、俺じゃない誰かとのコンビという嫉妬、もう手の届かないところに行ってしまった焦りだってあったんだ。違う世界でのことと割り切って進んでいくしかないと考えていたりした。
復学したけどあいつは先輩で全日本の強化選手、関わりは少ないかなと高を括っていた矢先に、こちらに来たんだよな。
コットンを前にして呟いてしまう。
「何、言われるんだろう」
「お前が悲壮な顔をするなんて、よっぽどなんだな」
こいつに同情されてるのか、
「よっぽど何? まあ、よく弄られていたけどな」
腕を組んでドヤ顔をするコットンだった。
「とって食われる訳ではないかだろうから、行って来な」
「お前に励まされるとは、落ち込んで良いか。とほほ」
そういえば思い出すと朝の一言から号令以外に美鳥の声を俺は聞いていない。
見ようとしても、今も人だかりの向こう。話をしようにも近づくことも難しそうだ。
訳を話しておいたほうが良さそうなのになあ。号令だけでも聞いておくか?
「起立、礼、着席」
4限目も終わり昼休みに入る。教室の前を見ると美鳥を中心に人が集まっている。
すると、
「ねえねえ風見さん、美鳥とはどうなの?」
隣に座る佐々木さんが話しかけてきた。
「どうってクラスメートだよ」
「またまたあ! ハグはするわ、お姫様抱っこはするわ。それ以上でしょ」
「あ、あれはそう。人助けだよ」
「ふーん、私は美鳥から話を聞いたとしたら?」
探ってくることがありありとわかる表情をしてる佐々木さん。なら、
「琴守さん、迷惑がってませんでした? あんなことしちゃってビンタの一発ぐらいもらうかと」
「本気でそう思ってるの? あの幸せオーラ感じない?」
「休日にいいことあったんでしょ、羨ましいな」
佐々木さんは、ジトっと視線へと変わる、
「あんたねぇ……」
しかし佐々木さんは言葉を止めた。俺が内緒とばかりに指で口を塞ぐポーズをしたから。
「騒ぎはあまり大きくしたくないんだよ」
ウインクしてみた。目を驚きに大きく開き、固まる佐々木さん。
「言ってたでしょ、妹分だって。あれは、ほんと」
「美鳥もたいへんだぁ」
俺は呆れた顔をした佐々木さんを尻目に教室を出て行った。
__________美鳥side__________
「ねえ歩美、落ち込んでいる男の子を励ますのってどうすれば良いと思う?」
今は体育の授業中。跳び箱の待機中。私は歩美と並んで座ってます。
「また、どういう風向きなの… 、落ち込んでる男の子ねえ」
「web小説で読んだの。続きがどうなるか、頭に引っかかって」
「恋愛ものかい」
「ラブコメだったよ」
歩美は顎に指をつけて思案してくれた。
「私なら」
歩美は手を振り上げて、
パァーン
背中に痛みが走る。叩かれたよう。
「ばーんと背中を叩いて、『元気だしな』のショック療法かなぁ」
「いたぁーい。ほんとに叩かなくても。でも歩美らしいね」
「しまった、乙女チックな私はこんなことしないはず」
「えー、歩美らしいよ。励ましたことあるの?」
「夢の中なら」
「夢?」
「彼氏募集中の私に羞恥プレーさせる気か。美鳥はどうするの? ふん」
鼻息荒く、聞かれてしまった。
「私ならねぇ……」
「次、川合。その後、琴守」
先生からの呼び出しがあって跳び箱を跳ぶ番がきてしまったようだ。お尻のほこりを叩きながら立ち上がる。並んで助走を始めるラインまで歩いていく。
「じゃあ、お先に」
歩美が助走を始める。手を大きく振り、ストライドを大きく取っていく。そして少し小刻みにして踏み板を踏み込む。
綺麗だった。後ろからしか見ていないのに、手の動き、シューズの白いソール。ひと結びにした髪が腕に合わせて左右に揺れる姿、後ろ姿。空を飛んだかと思うと、直ぐに飛び箱の向こうへ隠れてしまう。
次は私。助走を始めるのだがドタドタとしか進まない。踏み板を踏んでも跳ねない。跳び箱の半分ぐらいに手をついた。体が前に進まず腰がクッション部分に落ちてしまった。もそもぞと腿を動かして跳び箱を降りる。
先生から叱責が届いた。
「琴守、もう一度だ。次!」
えーっ、もう一回。ガックリ。
「美鳥。どんまい」
歩美はガックリと項垂れる私の肩をぱんぱんと軽く叩いて慰めてくれた。
「ありがとう歩美。これは優しい励まし方だね」
「そぉう」
ニッコリと笑って助走のために離れていく私を送り出してくれた。
(歩美、私は、その男の子を抱いて包んであげたよ。一緒に寄り添ってあげたよ。もし跳び箱を越せたら教えてあげる。効果は実証済み)
頬が熱くなってきた。思い出してしまった。胸の奥から暖かいものが、幸せが溢れ出してくる。
助走を始める。そして踏み板を踏み込む。
ダァン
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