第27話 緊張の訪問 

 ボタンを押すのに勇気がいるとは思わなかった。これからの人生で、後何回、体験するのかな。現在、俺は琴守宅の玄関にいる。

 赤紙の召集令状、いえポップな招待状を貰い、訪問した次第。

 2年近くご無沙汰しているとはいえ、以前はピンポンを押さずにドアを開けて入っていたのに、今は緊張して押せない。

 数刻の逡巡の上でインターフォンのボタンを押す。


「いらっしゃい。中へどうぞ」


 耳に心地よい聞き慣れた声が返ってくる。美鳥だ。

 そして中に入る前に自己チェックする。

 髪とかした、髭も剃った。身だしなみオフブラックのテーラードジャケットに同色のスキニーパンツ、オフホワイトのコットンシャツで乱れ無し OKだ。

 玄関を開けて中に入る。久しぶりの光景が目の前にある。

 玄関に続く廊下の奥から美鳥がミトンをした手で陶器の両手鍋を持って現れた。


「いらっしゃい。早かったですね。用意ができるのに、もう少し掛かりそうなんでリビングで待ってもらえますか」

「…」  

「お兄ぃ?」

「…はっ。呼んでもらってありがとうな。手伝うことあるか?」

「お兄ぃはゲストさんなんだから、待っててくれれば良いよ」

「そっそうか」


 少しの間が空いたのは美鳥を見たせい。

 ワインレッドのサスペンダードレスにアイボリーのピューリタンカラーブラウス。亜麻色の髪を三角巾でまとめ、PIYO柄いっぱいの黄色いワークエプロンを着ていた。

 将来、家庭を持ったらこんなふうに迎えてもらえるのかなと夢をみた気になります。

 美鳥がキッチンに戻ろうと身を返すと三角巾にまとめられた亜麻色の髪が靡き、背中をまた覆うのを見たらクラっときました。良いもの見させていただきました。


 2年ぶりとはいえ、勝手知ったる琴守邸、俺は玄関でスリッパに履き替えリビングへ行った。

 大スクリーンの液晶テレビの前でノート型パソコンを操作している男性が1人。美鳥のパパにして美桜さんのダーリン、琴守奏也さん。3児のパパさんです。

 この人も老けない。言うには若い時から老け顔なんで年取って年齢が顔に追い付いたとの事。今も黒い髪を後ろに流してヘイゼルカラーの明るい瞳でパソコンの画面を見ています。

 美鳥の瞳はこの人の遺伝だね。


「奏也さん、ご無沙汰してました」


 挨拶をすると、彼はパソコンの操作をやめてこちらを向いてくれた。


「一孝くんか久しぶりだね。えーと2年ぶりだあ、元気だったかい? それにしても背が伸びたね、僕よりも背が高そうだ。まあ、今日はゲストさんだから寛いでいてくれ」


 と言ってパソコン操作を再開した。職業はファンドマネージャー。情報と分析と運用が専門家なんだね。


「あなたぁ、一孝くんの前でも仕事しなくても良いでしょう」


 キッチンから美桜さんの声が飛んできた。


「ごめんね。気になる話が海外支店から届いてね。もうすぐ終わるから」


 なかなか忙しい人です。でも休日の夜は早い時から家にいるって、マイホームパパなんだと、以前聞いた。


 先ほどからキッチンより香辛料の香りが漂ってきている。圧力鍋の調圧弁か鳴る音も聞こえて来た。なら、今日の夕飯は、


「カレーフォンデュの用意できたよー。ダイニングに来てぇ」


 美鳥が俺たちを呼ぶ声がした。


 俺たちは、ダイニングへ行く。

 丁度、三角巾を美鳥が外しているところで、亜麻色の髪がふわっと広がり天井のシーリングライトからの光を受けて反射してキラキラ、サラサラと綺麗だった。

 テーブルを見ると美桜さん、美鳥がエプロンを外して待っている。ふたりとも同じサスペンダードレスだ。美鳥はワインレッド、美桜さんはオリーブグリーン。どう見ても双子でペアルックです。


「美桜さん、美鳥、お二人ともドレスが似合ってます。妖精かと勘違いしたよ」


 二人とも頬に手を当てて恥じらっている。


「一孝くん、口説かないでくれるかなぁ。僕の妻と娘なんだけど」

 

 奏也さんが笑いながら、抗議をしてきた。


「すいません。綺麗なんで、ついっ」


 3人とも褒められているのはわかっているので対応はまちまち。

 女性陣は耳まで朱に染めていた。


「さあ、お兄ぃ、座って座ってね。始めましょう」

「あなたは赤ワインね。一孝くんと美鳥はラッシーで」


 ラッシーはヨーグルトに水を足して泡立てたもの、塩やペッパーを入れて味を整えます。


「ママは?」

「ハイボール」


 宴が始まる。





________________美鳥の気持ち___________________


 お兄ぃがくる。

 お出迎えには何を着よう。

 ロングスカート、パンツスタイル、ブラウスかプルオーバーかコットン、ニット、デニム? ドレッサーからバッサ、バッサとだしていく。ベッドから、机からローテーブルにひろげていくのだけれど考えがまとまらない。


ドアが鳴った。


「美鳥、お願いがあるのだけれど」


 ママが私の部屋に入ってくる。両手に畳んだ服を持って。


「一孝くんを、お迎えするのに、これを着てもらえないかな」


 と手に持っていた服を広げる。


「ママとお揃い? 色違いの」

「そう、お願いできる?」

「なんでって聞いて良い?」


 ママは、拳を握り


「私の夢なのよ。私と奏也さんと美鳥と美鳥の旦那様とペアルックでダブルデートするの」

「なんかドラマになりそう」


 ママはニッコリと


「実現は意外と早いかもね」


 実を言うと私もそれを実現したい。考えただけで頬が熱くなってきた。ちょとだけ背伸びするような服だけど気に入りました。早く着ようね、ママ。

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