第12話(4)勇者の演技VS魔王の芝居

「ここが魔王の居城だっぺ!」


「物々しい雰囲気だな……」


 俺は馬車から降り、御者から本来の姿に戻る。


「来たか……」


「むっ!」


 俺たちの前に桜が現れる。


「ここにたどり着いたのは、貴様と妖精のみか……転移者どもは最低限の仕事はこなしてくれたようだな……そこまで期待はしていなかったのだが」


「いきなりのお出迎えとは……!」


「配下どもをやっても、どうせ返り討ちに遭うだろうからな。戦力の無駄な損耗は避けたい。我が直接手を下した方が、手っ取り早くもある……」


「そうか……御桃田を……桜を返してもらう!」


「威勢が良いが、果たして出来るかな? ……ふん!」


 桜が大きな毛むくじゃらの大男になる。スキル【芝居】によるものだ。


「『七色の悪夢』が一角、『茶色の魔人』だっぺ!」


「ふん!」


「うおっ⁉」


 魔人が殴りかかってくるが、俺はなんとかそれを飛んでかわす。魔人の拳が当たった地面は激しくえぐり取られている。あんなものをまともに喰らったらひとたまりもない。


「むう……」


「ティッペ!」


「おうだっぺ!」


 ティッペが絵を出現させる。俺はそれを掴んで叫ぶ。


「絵を見て……念じる!」


「むう?」


 俺は紫色の長髪をなびかせた中性的な人物に変化した。ティッペが声を上げる。


「『虹の英雄たち』の一人、『紫髪の超能力者』だっぺ!」


「むん!」


「やれやれスマートじゃないね……」


 俺は長髪をかき上げながら、もう片方の手をかざし、魔人の動きを止める。


「むう⁉」


「どれだけ力があろうと、動かさなければ無意味だよ……それっ!」


「どはっ!」


 俺が手を振ると、魔人がその巨体をひっくり返らせて、頭から地面に落ちる。


「や、やったっぺ!」


「まさか、この程度で済むとは思えないけどね……」


 俺は再び髪をかき上げる。


「……ぐう……!」


 魔人がゆっくりと立ち上がり、桜の姿に戻る。


「もう終わりかい?」


「相性が悪いようだ、これでいく!」


「むっ……」


 桜が灰色の鎧を身に纏った騎士となる。


「『七色の悪夢』が一角、『灰色の魔騎士』だっぺ!」


「同じことだと思うがね……」


「はっ!」


「斬りかかってくるだけか! なんとかの一つ覚えだ!」


 俺は騎士に向かって、手をかざす。


「そらっ!」


「うおっ⁉」


 騎士が地面を勢いよく蹴り飛ばす。砂や小石が俺の顔に向かって飛んできた為、俺は思わず目をつむってしまう。


「はあっ!」


「ぐあっ⁉」


 騎士が振るった剣から炎が巻き上がり、俺はそれを喰らうが、なんとかその場に踏みとどまる。それを見て騎士が舌打ちする。


「ちっ、踏み込みが浅かったか……」


「くっ……今の振る舞い……騎士道に違うんじゃないのかい……?」


「戦いに正々堂々などない……使えるものはなんでも使うまでだ」


「そ、そうきたか……」


「貴様は自身の超能力とやらを過信しがちだな……どんな優れた能力でも使えなければ無意味だぞ?」


「ふっ……」


 俺は思わず笑ってしまう。知らず知らずの内に能力に頼りすぎていたのか。


「次で終わらせる……!」


 騎士が剣を振りかざす。


「おっと!」


「む!」


 俺が手をかざし、騎士の動きを止める。俺は馬車に向かって走る


「くっ……!」


「能力が不十分だな! これくらいならば動ける!」


 騎士がすぐに動き出す。俺は馬に跨る。


「はっ!」


「馬に乗って逃げるつもりか⁉」


「君とは相性が悪いようだね、これでいこうか……!」


 俺は青いポニーテールのペガサスに跨った女性に姿を変える。騎士が驚く。


「な、なにっ⁉」


「『虹の英雄たち』の一人、『青髪のお天馬姫』だっぺ!」


「間隔を置かずに変化出来るだと⁉」


「貴方の専売特許ではありませんことよ!」


「み、三日間でスキルをそこまで磨いたか!」


「そういうことですわ! はっ!」


 俺はペガサスを空中に羽ばたかせる。


「むむっ⁉」


「その重い鎧ではついてこられないでしょう!」


 俺は騎士の死角に回る。


「しまっ……」


「お覚悟!」


「うぐっ⁉」


 俺の放った矢が騎士に刺さる。騎士は膝をつく。俺は渋い表情になる。


「鎧の隙間を狙ったのですが、急所をわずかに外しましたか……今度こそ!」


 俺は再び弓を構える。


「小賢しい!」


「なにを⁉」


 騎士が銀髪のツインテールで片目に眼帯をして、黒いドレスを着た女性に変わる。


「……鬱陶しい」


「きゃっ⁉」


 俺は肩を何かに撃ち抜かれ、ペガサスから落ちる。なんとか受け身を取ったが、それでも痛みは走る。ティッペが声を上げる。


「『七色の悪夢』が一角、『銀色の射手』だっぺ!」


「射手……肩を撃ち抜いたこれは?」


「銃という武器だっぺ!」


「そ、そういうのはもっと早く、言ってくれませんこと⁉」


 俺は半身を起こして、ティッペに抗議する。


「ちゃ、ちゃんと、『七色の悪夢』については教えたっぺ!」


「ええ、昨晩ね! 一夜漬けって! 覚えられるものも覚えられませんわ!」


「いや、色々と忙しそうだったっぺから!」


「そこは折を見て、上手いこと伝えて下さらない⁉」


「き、聞いてこない方もおかしいっぺ! うおっ⁉」


「きゃあ⁉」


 俺とティッペの間の地面が弾ける。


「五月蠅い……」


 射手が威嚇目的で銃を撃った様だ。


「ど、どうするっぺ!」


「騒がないで下さる⁉ 考えがまとまりませんわ!」


「騒がしい連中……これで終わり……!」


「こ、これですわ!」


「……⁉」


 射手が驚く。俺が藍色のショートボブの女性に変化し、錬成した小さな金属で銃弾を受け止めてみせたからだ。


「『虹の英雄たち』の一人、『藍色髪の錬金術師』だっぺ!」


「あの一瞬で金属を錬成するとは……」


「まあ、アタイにかかれば、これくらい造作もねえって!」


 俺は鼻の頭をこする。


「なんか……」


「ん?」


「存在が癪に障る……」


「はあん⁉」


「弾を何度も受け止め切れるはずがない……」


 射手が銃口をこちらに向けてくる。俺が笑う。


「へへっ、そんなのはやってみなくちゃ分からねえよ?」


「もういい、消えて……!」


「ははっ! おらあっ!」


 俺は金の棒を錬成し、飛んでくる銃弾を打ち返した。弾が射手の膝を貫く。


「ぐはっ⁉」


 射手がたまらず膝をつく。


「咄嗟のわりには上手くいったもんだぜ、この金の棒で叩きのめす!」


「……調子に乗るな!」


 射手が紺色の整った髪をして、修道士のような服をきちんと着た眼鏡の男に変化した。


「な、なんだ⁉」


「悪い子にはきちんとお仕置きをしなくてはね……」


「ぐ、ぐはっ⁉」


 男が本を取り出して、手をかざす。俺は金の棒を取り落とす。呼吸が苦しくなったためだ。俺は胸を抑えてうずくまる。男が笑みを浮かべる。


「悪い子ほど、より効果があるのだよ……」


「なっ……なんだ、これは?」


 俺はティッペに問う。


「『七色の悪夢』が一角、『紺色の悪魔使い』だっぺ!」


「あ、悪魔使い……?」


「そう、様々な悪魔を使役することが出来る。今使役しているのは、『ウイルス』だよ」


「ウ、ウイルス?」


「そう、人体を徐々に蝕んでいくんだ。君の場合は呼吸器系に効果が出たようだね……」


「く、くそっ!」


 俺は体をかきむしる。男は眼鏡の蔓を触りながら笑う。


「無駄だよ、よほどのことがなければ、憑りついた悪魔を振り払うことなど出来ない……」


「うおおおっ⁉」


「……なに?」


 俺は橙色のショートボブの髪型の女に変化した。


「『虹の英雄たち』の一人、『橙髪の武道家』だっぺ!」


「武道家風情がこの状況で何を出来るというのか!」


「そらっ!」


「はっ⁉」


 俺が立ち上がり、男に向かってゆっくりと歩き出す。


「ええっと……」


「あ、悪魔はどうしたのだい⁉」


「あ~ぶっ飛ばした」


「なっ⁉ そ、そんなことが⁉」


「出来たんだから仕方がない……でしょ!」


 俺の放った拳を食らい男性の体がくの字に曲がる。ティッペが笑う。


「さすがスキル【打撃無双】! ちょっとやそっとの悪魔なんてへっちゃらだっぺ!」


「ふふん♪」


 俺は腰に両手を当て、男を見下ろす。男は苦しそうに呟く。


「なるほど、よほどのことでしたか……それならば!」


「なに⁉」


 男が上下ともに真白な服に包んだ白髪で長身の男性に変わる。


「はあ、女相手か、気が進まねえな……」


「ちょっと、女相手だからって舐めないでくれる⁉ こちとら【打撃無双】のスキル持ちなんだから……ごはっ⁉」


 俺の鳩尾に男の蹴りが入る。男は短い白髪をオールバックにセットしてから呟く。


「……そういうスキル持ちで粋がっているやつは片っ端から潰してきた……」


「むぐっ……」


 俺はなんとか立ち上がって、ティッペに目をやる。


「『七色の悪夢』が一角、『白色の狂犬』だっぺ!」


「お前も確か武道家だっけ? ちょうどいい、遊んでやるよ」


「な、舐めないで! はああっ!」


「おっと」


 俺は狂犬のカウンターを喰らう。


「ぎはっ⁉ お、おのれっ!」


「よっと」


 俺はまたもカウンターを喰らう。


「げはっ⁉ ど、どうして……?」


「いや、手足の長さ、リーチが違うのはパッと見ただけでもわかるだろう?」


「だ、だからといって!」


「あらよっと」


「ずはっ! そ、そうか……」


「三度カウンターを喰らってようやく理解したか?」


「……貴方の戦い方は全くの独学!」


「そっ、だから道場とかで学んでいるお行儀良い子は俺様にとっては格好の獲物だ」


「む、むう……」


「そろそろ終わらせようか……」


「ならば!」


「ううん⁉」


 狂犬は戸惑う。俺が黄色の髪をした青年の姿になったからだ。


「僕の出番まで回ってくるとはね……」


「力を貸して欲しいっぺ!」


「……分かったよ。さっさと終わらせようか」


 俺はティッペの言葉に頷き、背中の大剣を抜く。


「デカい剣だな……って、今更そんなんでビビるかよ!」


「速い⁉」


 狂犬があっという間に俺の懐に入る。


「もらった!」


「ほっ……」


「べはっ⁉」


 俺が右手をかざした瞬間、狂犬が爆発し、後方に吹っ飛ぶ。俺は笑う。


「思ったよりも爆発したね……」


「な、なんだ、魔法か⁉」


「そうだっぺ! 『虹の英雄たち』の一人、『黄色髪の魔法剣士』だっぺ!」


「そういうやつがいるなら先に言えよ!」


「も、申し訳ないっぺ!」


 狂犬に吠えられ、ティッペは思わず謝罪する。俺は呆れる。


「おいおい、敵に謝る必要がどこにあるというんだい?」


「はっ! そ、そういえば……!」


「君も自分のリサーチ不足を棚に上げないでもらえないかな?」


「くっ、なんでてめえに説教されなきゃならないんだよ!」


「それもそうだね……」


「くそっ……」


「ここで終わらせようか」


「まだだよ!」


「おおっ⁉」


 俺は大いに驚く。狂犬が黄緑色の可愛らしい服に身を包んだセミロングの女の子に変わったからである。ティッペが告げる。


「『七色の悪夢』が一角、『黄緑色の術師』だっぺ!」


「へえ、随分とかわいらしいお嬢さんだね。どんな術を見せてくれるのかな?」


「……ふん!」


 術師がろうそくと縄と木の棒を用意したので、俺は戸惑う。


「ああ、いやいや、お嬢さんには、そういうのはまだ早いんじゃないかな?」


「なに言ってんのアンタ?」


「いや、一般論をね……むっ⁉」


 俺は頭を抑えてうずくまる。周囲を見回すと、ろうそくに火が灯り、まわりに木の棒を立て、縄を通してあった。術師はそれを手際よくこなしたのだ。


「ふう……」


「こ、これは結界?」


「あら、意外と察しが良いのね? そうよ、貴方の周囲に結界を張ったわ。この結界内では、貴方はアタシの術に囚われるのよ?」


「術だって? そんな……ぐああっ⁉」


 俺は頭を抑えて叫ぶ。


「どうやら貴方には幻術がもっとも効果的みたいね。綺麗な顔して、色々見たくないものを今まで見てきたんでしょうね。可哀そうに……」


「げ、幻術を止めろ……」


「それは出来ない相談よ」


「結界を壊せ……」


「それも出来ない相談だし、術中にハマった貴方には無理よ」


「な、ならば……!」


「はっ⁉」


 俺は緑色の髪をした少年の姿になる。ティッペが大きく頷く。


「『七色の英雄』が一人、『緑髪の幻獣使い』!」


「幻獣使い⁉」


「来い! 黄色いドラゴン!」


 俺が叫ぶと、黄色いドラゴンが現れる。術師が戸惑う。


「な、なにを……?」


「この結界を壊せ!」


「シャアアア!」


「そ、そんな⁉」


 ドラゴンが雷を落とし、結界を破壊する。


「結界を張る前に、君を大人しくさせてしまえば、術は使えない……違うかい?」


「く、くそっ……」


「女の子がそんな汚い言葉を使うもんじゃないよ」


「う、うるさい、アンタの方が年下でしょ! 生意気言わないで! これなら!」


「うおっ⁉」


 桃色の髪をした中性的な人物が現れる。


「こうして動くのは久々だね……ボクの相手は……なんだガキんちょか」


「ガキんちょとは舐められたもんだぜ!」


「ま、待つっぺ!」


「待たない! 秒で終わらせてやる!」


 俺はティッペの言葉を無視し、氷の属性を持ったフェンリル、風の属性を持ったユニコーン、炎の属性を持ったフェニックスを一気に出現させる。


「へ~ペットのしつけが行き届いているんだね~」


 中性的な人物が呑気に拍手をする。俺は幻獣たちに指示を出す。


「潰せ!」


「氷のフェンリルには、『炎の槍』!」


「……!」


「風のユニコーンには、『岩の斧』!」


「……‼」


「炎のフェニックスには『水の弓』だ!」


「……⁉」


 中性的な人物の反撃で幻獣たちはあっという間に無力化した。


「ざっと、こんなもんかね?」


「な、なんだアイツは……?」


「『七色の悪夢』が一角、『桃色の武人』だっぺ!」


「ええっ⁉」


「百色とも言い換えられるっぺ、あらゆる武器をつかいこなせる者だっぺ!」


「そういうことは早く……」


「言おうとしたっぺ!」


「うぐっ……」


「はいはい、ケンカは止めようね~ボクが仲良く始末してあげるから……」


「くっ⁉」


「サヨナラ~♪ ……⁉」


 武人は驚く。俺が赤髪の男になっていたからである。俺は剣を取って、武人の振るった剣を防いでみせた。ティッペが泣き叫ぶ。


「『七色の英雄』が一人、『赤髪の勇者』!」


「ほう、ここで勇者さまのご登場かい」


「ああ……」


「魔王には悪いけど、ボクが倒しちゃおうかな~♪」


「……お前には無理だ」


「言ってくれるじゃん……はあっ! なにっ⁉」


 武人が下段に向かって斬りつけてきた、俺はカエル飛びのように飛んでかわしてみせる。ティッペが叫ぶ。


「これが赤髪の勇者の代名詞、『半身動かし』だっぺ!」


「そ、それは知っている! 驚いたけど! でも、飛んでいる間が無力だ!」


 武人がすぐさま返す刀で上を狙ってくる。


「くっ、『分身』!」


 俺は空中で身体を分身させる。武人の剣が止まる。


「な、なんだって⁉」


「おらあっ!」


「ぐ、ぐはっ……!」


 俺の攻撃を受け、武人は倒れ込む。俺は肩で息をする。


「はあ、はあ……ん⁉」


 武人が起き上がったかと思うと、桜の姿に戻る。


「むぐう……」


「桜! いや、魔王か!」


「ああ……」


「お前の頼みの『七色の悪夢』は倒したぞ! 多分……」


「ふん、まだ我がいる!」


「なっ……⁉」


 魔王が群青色の髪をして、マントをなびかせた若い男の姿で現れる。


「ふっ、ようやくこの姿で戦えるほどに魔力が戻った……」


「な、なんという圧力だっぺ……」


「怯むな!」


「ス、スグル⁉」


「ここでお前を打ち倒す!」


「やれるものならやってみろ!」


「うおおっ!」


「いつぞやの戦いを思い出すな、また突進か!」


 魔王が剣を取り出し、振り下ろす。


「は……」


「『半身ずらし』はもう分かっておるわ!」


「『分身』!」


「むうっ⁉」


「これは俺がこの三日間で編み出した技だ! 防げまい!」


「さきほど見たわ、愚か者!」


「ぐはあっ⁉」


「ス、スグルー!」


 俺は魔王の剣に斬られて倒れ込む。


「ふん、あっけない……」


「スグル、スグル!」


 ティッペの声が俺の耳にかすかに聞こえる。


「さっきからやかましい妖精じゃ……ここで片づける……」


「ヒイッ⁉」


「に、逃げろ、ティッペ……」


「い、いいや、逃げないっぺ!」


「え?」


「ここで逃げたら、魔王の支配する世に逆戻りだっぺ! そんなのごめんだっぺ!」


「……我に勝てるとでも?」


「唾を吐いてやるっぺ! ぺッぺッペッ!」


「……八つ裂きにしてやろう」


「ヒ、ヒエ~⁉」


「死ね……ぐうっ⁉」


 魔王が頭を抑えてうずくまった。


「な、なんだっぺ?」


「うおおああっ⁉」


「ええっ⁉」


 魔王の体内から金髪の女神が抜け出してくる。魔王は頭を抑えながら尋ねる。


「ど、どういうことだ?」


「……恐らくサクラの魔力を使い過ぎて、貴方の器が耐え切れなくなったのでしょう」


「ふん、まあいい、この体さえ取り戻せば、後は貴様にも、女にも用はない……『七色の悪夢』は別の手段で復活の方法を探る……」


「まるで時間がたっぷりあるかのような言い方ですね」


「当然だ、目下の用事はここで貴様らを始末するだけだからな……」


「そうはさせません!」


「はっ、女神よ、今の貴様で我に敵うとでも?」


「まだこの勇者殿がいます!」


 女神が半身をわずかに起こしていた俺を指し示す。魔王が笑う。


「ふっ、勇者気取り……いや、勇者もどきに頼るとは……そいつはもはや満足に動けん」


「まだです!」


「! ま、まさか!」


「わたくしの力で回復させます! はああっ!」


「そ、そんなことが……むっ⁉」


 俺の傷は癒えたが、俺は赤髪から元の姿に戻ってしまう。


「う、嘘だろう⁉ ここで元の姿に⁉ 念じる! ……ゆ、勇者になれない?」


「はっはっは! 魔力とともに命運が尽きたか!」


「く、くそ……」


「まだよ!」


「なにっ⁉」


 女神から元の姿に戻った桜が俺に駆け寄り、俺の両手を取る。


「優くん、諦めては駄目よ!」


「だけど、スキルが使えないのでは……」


「私だけの『英雄』になって!」


「!」


「何をごちゃごちゃと言っている! ぐはあっ⁉ な、なに……」


 俺は魔王の心臓を槍で貫いた。念の為持ち歩いていた槍が初めて役に立った。


「へっ……」


「え、英雄気取りめ……」


「違うな……」


「なに……?」


「俺はただの『黒髪のモブ』だ。忘れてもらって一向に構わないぜ?」


 魔王が崩れ落ちる。戦いは終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る