第2話(4)鉄より硬い拳の描写
「橙々木さん! 危ないから下がって!」
「そういうわけには参りません!」
「し、しかし!」
「それがしでもお役に立てるはずです!」
「!」
橙々木さんが紙に素早く絵を描き、それを掲げる。
「あ、現れろー!」
橙々木さんの掲げた紙が光ったかと思うと、重い手甲が俺の両手に装着される。
「こ、これは……⁉」
「鉄よりも硬い、ミスリルで出来た手甲です! それならばあのバリア的なものもきっとぶち破れるはず!」
「なっ……」
「テンのスキルが分かったっぺ!」
「えっ⁉」
ティッペの言葉に俺は振り返る。
「スキル【描写】! 描いたものを実際に写し出すことが出来るっぺ!」
「そ、そんなことが……」
「くっ……」
「向こうが回復しそうだっぺ!」
「おっと! そうはさせないわ!」
俺はローラたちに殴りかかる。
「なっ⁉」
先程は簡単に弾かれた拳が障壁にめり込む感覚を得る。
「おらっおらっ!」
「‼」
俺は両の拳で連撃を繰り出す。障壁にどんどんひびが入っていく。
「おらっ!」
「⁉」
俺の拳がついに障壁をぶち破る。俺は間髪入れず、右拳を振るう。
「おらあっ!」
「ぐはっ⁉」
俺の右拳がローラのみぞおちに入る。デボラが悲鳴に似た声を上げる。
「お姉様⁉」
「ご心配なく! 姉妹仲良く懲らしめてあげるわ!」
「はっ⁉」
「うらあっ!」
「ごはっ⁉」
俺の左拳がデボラのみぞおちに入る。
「ぐふっ……」
「ごふっ……」
ローラとデボラが力なく崩れ落ちる。
「はあ、はあ……ざっとこんなもんよ……」
俺も膝をついてうつ伏せに倒れる。
「スグル!」
「栄光さん!」
ティッペと橙々木さんが俺に近寄ってくる。その直後、俺は意識を失う。
「……うん?」
「……財産没収なんて生ぬるい!」
「むち打ちにすべきだ!」
姿が元に戻り、意識を取り戻した俺の目に飛び込んできたのは、ボロボロに傷ついたローラとデボラを取り囲む群衆の姿であった。
「みんな、落ち着け……」
中年男性が群衆を見回して静かに呟く。
「しかし、町長! 我々がどれだけ苦しい生活を強いられたか!」
「……気持ちは分かるが、暴力はいけない……」
中年男性が首を左右に振る。
「ですが!」
「凶暴な野良モンスターからこの町を何度も救ってくれたのは事実だ……」
「そ、それは……」
中年男性がローラたちに語りかける。
「……お二方、この町から速やかに退去して頂きたい」
「な、なにを……!」
「これが我々としての最大限の譲歩ということをご理解下さい」
「ちょ、調子に乗るのもいい加減に!」
「やめろ、デボラ……」
「お、お姉様……」
「行くぞ……」
ローラは立ち上がると、町の外に向かって歩き出す。
「く、屈辱ですわ、お姉様……」
デボラが唇を噛みながら、ローラの後に続く。俺がティッペに尋ねる。
「とどめを刺しておかなくていいのか?」
「……そんな力が残っているっぺか?」
「……残念ながら、今は無いな」
「それならば今はこの町から追い出しただけでも良しとするっぺ」
「そうだな……」
俺はゆっくりと半身を起こす。
「え、栄光さん、大丈夫ですか?」
橙々木さんが心配そうに声をかけてくる。
「いや、大丈夫です……」
俺は橙々木さんを見つめる。
「な、なんですか?」
「お陰で助かりました。ありがとうございます」
「い、いえ、恩返しですから気にしないで下さい」
「恩返し?」
俺は首を傾げる。橙々木さんは少し躊躇してから口を開く。
「それがしは……栄光さんたちと同じ専門学校のアニメーター科に通っておりました……」
「え……」
だから俺と桜が同期だってことを知っていたのか。
「大きな夢を抱いて上京したのは良いのですが、周りのあまりのレベルの高さに、それがしはすっかり自信を失いかけておりました。そんな時……それがしの手がけた短編アニメを唯一褒めて下さったのです、栄光さんが!」
「! ああ……」
そういえばそんなこともあったかもしれない。たまたま感想を聞かれたので、自分の感じたことを素直に述べただけなのだが。
「それがとっても嬉しかったのです! それがしにとって大きな自信を与えてくれました。お陰で夢を諦めずに済んで、プロのアニメーターになれました!」
「そ、そうだったのですか……」
「ですから、いつか恩返しがしたいと思っていたのです」
「はあ……」
「栄光さん、あなたは英雄になるというようなことをおっしゃっていましたが……それがしにも手伝わせて下さい!」
「えっ⁉」
「この世界、行く当てもないんです! どうぞ連れて行って下さい!」
橙々木さんが頭を下げてくる。
「……同じ世界の方が一緒なのは心強い、こちらこそお願いします、橙々木さん」
「天で構いません」
「え? よ、よろしく、天……」
俺は戸惑いながら天にお礼を返すのだった。
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