第2話(1)芸の安売り

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「ふう……姿が戻った」


「なかなか似合っていたっぺよ」


 俺の左肩をすっかり定位置としたティッペが笑う。俺はムッとする。


「褒め言葉になっていないぞ……」


「それは失礼……」


 俺たちはある町にたどり着く。


「町か、それなりの規模のようだが、なんというか……」


「なんというか?」


「みすぼらしいな、全体の雰囲気も、人々の恰好も」


 俺は小声で呟く。


「なんてこと言うんだっぺ」


「思ったことを正直に言ったまでだ」


「これには理由があるんだっぺ……」


「理由? む……」


 俺の腹がグウっと鳴る。ティッペがまた笑う。


「くくっ、これはまた見事な腹の虫……」


「うるさい」


「英雄の道は遠そうだっぺね……」


「こればかりは仕方がないだろう……おい」


 俺はティッペに手を差し出す。ティッペが首を傾げる。


「なんだっぺ?」


「いや、分かるだろう」


「?」


「金だよ、金」


「金?」


「まさか、この世界は貨幣経済ではないのか?」


「いいや、そんなことはないっぺよ、金は天下の回りものとはよく言ったものだっぺ」


「そうだろう、ならば……」


 俺は再び手を差し出す。


「だからその手はなんだっぺ?」


「だから金だよ」


「なぜ金を要求するっぺ?」


「店で食事をするからだ、あいにく俺には手持ちがないからな、貸してくれ」


「オラにもないっぺ」


「はあっ⁉」


 俺は声を上げる。ティッペが呆れ気味に呟く。


「オラは妖精。空腹という概念がないっぺ。つまり……」


「金を所持する必要もないってことか」


「そういうこと」


「ちょっと待て、それならどうする?」


「どこかで稼ぐしかないっぺねえ……」


 ティッペが他人事のように呟く。実際他人事だが。


「異世界に来てまでバイトか……」


 俺は肩を落としつつも、周囲を見回す。ティッペが尋ねる。


「どうしたっぺ?」


「お前も今言っただろう。稼ぐ場所を探している……」


「う~ん、今のこの町では難しそうだっぺねえ……」


 ティッペの言う通り、町には活気というものがまるでなく、どこにも働き口がなさそうであった。俺は頭を抱える。


「参ったな……」


「一食くらい我慢したらどうだっぺ?」


「馬鹿を言うな、夜の宿泊代はどうなる? 野宿でもしろっていうのか?」


「ああ、英雄がそれでは恰好がつかないっぺ……」


「そうだろう……どうにか日銭でも稼がないと……」


 俺は腕を組む。ティッペが提案してくる。


「スキルを活かすのはどうだっぺ?」


「スキル?」


「そう」


「俺のスキルは【演技】だが?」


「ああ、そうだったぺな……」


 ティッペが思い出したように天を仰ぐ。忘れていたのか、こいつ。


「演技でどう稼ぐ? 劇場でもあるのか、この町に?」


「無いっぺ」


「だろうな」


「その代わり……路上があるっぺ」


「はあ?」


「演者さえいればどこでもステージになり得るっぺ」


「もっともらしいことを言うな」


「まさか……自信がないんだっぺか?」


 ティッペが意地悪な笑みを浮かべる。


「そういう問題ではない。この世界でポピュラーな演目を知らん」


「スグルが得意な奴をやればいいっぺ」


「冗談はよせ……」


 専門学校時代に散々練習した外郎売りならば、今でも楽々と諳んじることが出来るが……それを異世界の路上でやるなんてあまりにもシュール過ぎる。というかダダ滑り確実だ。度胸はそれなりにあるつもりだが、滑るのだけはダメだ、メンタルがやられる。考え込む俺にティッペが更に提案をしてくる。


「物真似でもしたらどうだっぺ?」


「……この世界の著名人を知らん」


「英雄の真似とか……」


「……それは誰にでも通用するのか?」


「まあ、実際に顔を見た人は少ないっぺねえ……」


「それならやっても意味がないだろう。大体だな……」


「うん?」


「俺は腐ってもプロの声優だ。その辺で軽々しく芝居をして、金を取るつもりはない」


「ほお~なかなか言うっぺね~」


「芸の安売りはせん」


「ふむ……」


「絵は要りませんか~?」


「うん?」


 道を曲がったところに座り込んで絵を売っている女性がいた。眼鏡をかけたロングヘアーの女性だ。姿恰好が俺の世界と共通している。その女性と目が合う。女性が立ち上がって、俺を指差して声を上げる。


「ああ⁉ 栄光さん⁉」


「⁉」


「良かった……知っている人に会えた~」


 女性がへなへなと座り込む。俺は尋ねる。


「貴女も転移者のようだが……俺のことを知っているのか?」


「もちろん、知っていますよ、声優の栄光優さんでしょう?」


「失礼だが、貴女は?」


「私は橙々木天とうとうぎてんです……」


「……! まさか、アニメーターの⁉」


「はい、この世界に来てしまって、絵を売っていました~」


 よく見てみると、上手な絵が何枚も並んでいる。しかし……


「げ、芸を安売りしている……!」


 俺は率直な感想を述べてしまう。

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