第4話 ギメアのくずおとことらっぷ

 ギメアの城門近くの街には、露店ろてんがひしめき、商人や旅人が行き交い、にぎわっていた。建物も人々の服装も、シアラミーレより鮮やかな色合いで、ゆったりしている。


 にぎわう夜市にはあかりが灯る。

 今晩は何本もの大輪の花を抱えた娘が、混み合ういちを走っていた。


「待て!」


 人相の悪い男たちが追いかけてくる。

 必死で逃げた。



 

 薄暗い路地裏に追いこまれ、男たちに囲まれた。


「親父の借金を払ってもらおうか」

「父さんはもう死んだのよ」

「家族が払うってもんだろ」


 ジリジリと詰め寄られる。娘は血の気が引き、額に脂汗をにじませる。

 不意に流れるような高い響いた。たゆたうような美しい歌声。

 娘も男たちも驚き、キョロキョロあたりを見回す。

 自分たちの他には誰もいないはずだが。

 薄暗いなか、ばしゃりと水が地面に撒き散らされた。

 水を浴びた地面からひゅっと、三叉みつまた槍先やりさきが伸びて、男のひとりのアキレス腱を切り裂く。


「うわ!」


 切られた男はひざをつく。


「なんだ?」


 注目が逸らされた間に、別の位置から腕が伸び、ほかの男たちの足をつかんだ。


「わ」


 歌声は止まらない。地面のあちらこちらから腕がはえ、男たちの足をつかむ。

 混乱が生じている隙に、花売りの娘の手首を横から細い指が握った。

 指の主は、片手にカラの水桶を持った細身の少年。いや、やや丸みのある身体からだつきは少女だろうか。布を頭に巻きつけ、薄いベールで顔を隠している。

 えりの中から、ぴょこっとピエロの人形が顔をのぞかせた。気分が悪そうに頭をくらくらさせている。


「うへえ。気持ち悪い。僕死んじゃうよー」

幻霊げんれいよけのせいかな。きみは幻霊のお人形だから。でも動けるなら大丈夫」


 娘は戸惑った。


「あの、あなたたち……」

「逃げよう」


 少女は娘の手を引き、近くに待たせていた馬に乗せた。自らも乗馬し、走らせ逃げる。



 薄暗い路地裏で混乱する男たちは、互いに呼びかけあった。


「落ち着け。地精族ちせいぞくでもいるんだろう。いや、湿りで調子づいた水精族すいせいぞくかもしれん」

「俺は金霊族きんれいぞくだぞ。水精族なんてザコ精族、一捻りだ」


 そう言った男は、その辺に落ちている石を拾い上げた。石はメキメキと形を変え、鋭く尖る。質感も金属的になった。

 尖った先端を、思いきり地面に突き刺す。

 水を浴びた地面から、勢いよく人が飛び上がった。


「あはははは。なつかしいぜ。クズ男トラップ」


 愉快そうな笑い声をあげ、そいつは路地裏の建物の上にひらりと降り立つ。円月を背にし、後頭部で束になった透明な髪を風にたなびかせる、三叉の槍の女戦士。


「なめやがって」


 男たちは尖った金属を向けた。

 女戦士も嬉々として三叉を向ける。


「どっちが強いか試そうじゃないか」




 人通りの多い通り、宿屋の前で、息を切らせたリンランは咳きこみながら馬から降りた。一緒に逃げてきた娘も降ろす。


「ここまでくれば大丈夫」


 襟から顔をのぞかせるガブリエルくんがプンプン怒る。


「大丈夫じゃないよ! 危ないことばっかりするんだから」

「ごめんごめん」


 夜市で買い物をしていたら、人相の悪い連中から走って逃げているこの娘を見かけた。

 助けなければと思った。リンランもオンダも。

 そこで彼女を追いかけながら、二人で『くずおとことらっぷ』を考えたのだ。

 ガブリエルくんは猛反対していたが。


「どうして助けてくれたの? 私なんか」

「うーん。趣味かな」

「……よくわかんないけど、ありがとう」


 娘は突如、自分の髪を引き抜いた。抜けた毛はふわりと細い白い花になる。

 リンランとガブリエルくんはあっけに取られた。


「あげる。お礼よ」

「きみ、ひょっとして花霊族かれいぞく?」

「よく知ってるわね。アジーレの気候は花の生育には向いてないでしょ。だから私の一族は代々花売りを生業にしてるの」

身体からだの一部が花になるって聞いたことはあるけど、本当なんだ」

「髪は抜きたくないから特別なお客にしかあげないのよ。普段は腕の毛とか、切った爪とか、垢とかの花を売ってるわ。よだれも花になるのよ」


 ガブリエルくんは動かない顔をしかめた。


「汚いよ」


 リンランはもらった花をまじまじと見つめた。

 考えを巡らせる。


「……使えるかも」

「え?」

「花をもっとくれないか? 髪じゃなくてもいいから。金貨で買い取るよ。借金とやらもそれで返すといい」

「ええ?」


 ガブリエルくんは首を振って嫌がった。


「汚い!」

 



 湿った花を腕いっぱいに抱えたリンランは、宿屋のドアをくぐった。

 壁や床は落ち着いた深い赤を基調しており、なかなか高級感がある。それなりに客もいた。

 受付のほうまで歩む。たまたま混んでいたので並んだ。


「親父さんの借金、たいしたことなかったな。金貨三枚で済んだ」


 花の中にガブリエルくんが混じっている。


「うええ。こんな汚いの何に使うのさ」

「いざというときのエサ」


 ガブリエルくんはキョトンとしている。ちっともわからないようだ。


「……ったく。ムダな金使いやがって」


 リンランの首に、うしろからぬっと筋肉質な腕が回された。ひんやりとする。


「オンダ」


 少しばかり息を荒くしたオンダだった。


「あー期待外れだった。やっぱフィジカル系は口だけはでかい」

「まさかとは思うけど、殺しは……」

「してねえよ。そんな価値もねえし。それより主人、水槽すいそうはあるかい?」


 急に話を振られ、主人は目をぱちぱちさせる。


「水槽? 魚でも釣ったのか?」

「クズ触ったから水でミソギがしたいんだ。でっかいのがあるといいんだけど。金はやるから」


 オンダは手の中の金貨をチャラチャラとちらつかせた。リンランは横目で見る。

 多分、『くずおとことらっぷ』で男たちから奪い取った金。

 主人は顎をかいた。


「うーむ。小さいのしかないのだが」


 リンランは少し考えてみた。


「……あなたの知り合いに火精族かせいぞくはいますか?」

「? 私がそうだが」

「なら話は早い。あなたなら水槽が用意できます」

「?」

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