第10話 神たる力

 大樹はみるみる天に伸び、雲を突き抜けた。

 その間、地面は揺らぎ、建物が倒壊していく。

 ギメアは大騒ぎだった。


「やめて」

「次は龍を」


 言葉に誘導され、つい想像してしまう。

 天空をさっと真紅の龍が横切った。立派な牙の隙間から炎がボトボト落ち、街を焼きつくす。


「次は悪魔を」


 天空の大樹の上部から、おびただしい生物がありのように下に這い降りてくる。牙を剥き出しにした、猿と人間の間のような黒い異形。


「やめてー!」


 叫んだ途端、ふっとそれらが消えた。

 ギメアの街も元通りになっている。


「きみがやめてと言ったから街は戻った」

「今のが私ときみの力だ」

幻精げんせい幻霊げんれいが交われば、この世の物質を一度幻に変え、所望の想像に置き換え、現実として実現することができる」

「まさに神の能力」


 リンランはヴァンサンの顔をにらむ。


「きみは神なんて向いてない」

「なんだと?」

「本当のきみは臆病で、誰かにぴったりくっついてないと不安でいっぱいで、でも友だちのためなら一生懸命になれる、そんな子どもみたいな人じゃないか」


 ねじられているガブリエルくん。ヴァンサンの一部が込められた彼くんこそ、ヴァンサンの本質。

 ヴァンサンは興味がなさそうだ。


「ふーん」

「私はガブリエルくんとリンランに行く。邪魔しないで」

「リンランに行って何をする」

「夢を叶える」


 昔見た、胸をかきむしるほど甘い夢。

 ヴァンサンと理想郷のリンランに行くこと。

 ガブリエルくんと、本当の彼と、叶えるんだ。


「残念だ。きみは変わってしまった。バイバイ、かわいかった魂」


 送り込まれる幻霊の力が強くなった。


「う、ああああ」


 頭が割れる。このままでは廃人になってしまう。

 ねじられているガブリエルくんが、大暴れしだした。


「リンランをいじめるな!」


 幻霊の糸を出し、リンランの頭にかじりついているヴァンサンの顔に巻きつかせる。糸を収縮させ、そいつの頭に飛び乗り、目を突き刺した。

 ヴァンサンは目を押さえる。


「こいつ」


 ほかのヴァンサンたちも苦々しげに目を押さえ、リンランから離れた。

 リンランは驚く。

 目が弱点だったんだ。

 ヴァンサンが大口を開け、口から幻霊の紐を放出した。先端が鋭いそれは、ガブリエルくんのお腹を貫く。


「うっ」

「ガブリエルくん!」

「リンラン、よく聞け。今こいつの胸に爆弾を仕込んだ」


 みぞおちを一発殴られた気分だ。

 歪んだヴァンサンの顔どもは続ける。


「我が白き人形らとシアラミーレにもどれ。正門で待っている。あの従者も必ず敗北させろ」

「でなければこいつの中の幻霊のカケラを砕く」

「……!」

「私の言ったことを守らなければこいつは消滅する」

「私を騙そうと考えないで。白き人形を通じて見てるから」

「私のお人形になれ」


 ヴァンサンの顔が消失し、ただれた見張りたちはバタバタと倒れた。


「リンラン」


 ガブリエルくんはトテトテ走り、リンランの足に抱きついた。リンランは涙をこらえながら、へたりこんで抱きしめる。


「きみを消滅させたりはしない」

「じゃあどうするの?」

「まず、オンダを助けに……」


 ぜいぜいと息をするリンランは、地に突っ伏した。


「リンラン! リンラン!」

「頼むガブリエルくん。オンダを救ってくれ。今から言う方法で……」

 

 そうしてガブリエルくんはオンダを助けに行ったのだった。





 数日後。

 晴天だ。

 城門の近くで、仮面のティボーは棒の上に、バラバラにした人の身体からだを突き刺していた。主人の幻霊のカケラで動く、白きしもべどもも手伝っている。

 数日間、人の『かかし』を作り続け、脅しつけた『仲間』も増やした。

 この数日は門から人が出なくなった。そこでギメアに入ろうとする人間や、ギメアから少し離れた農村を見つけては襲っている。

 幻精げんせいの姫君や従者が門から出てきたなら、即座に追いかけるつもりだが、一向にその気配はない。『仲間』や白きしもべどもに、ギメアのすべての門を見張らせているが、連中が出ていったという報告はまだない。


「出ぬならそれもよい」


 主人は状態は問わないと言った。ギメアに閉じこめ、心をじわじわと殺せばいい。それに大事な人形を人質に取られ、さぞや悩んでいることだろう。

 奴らにあのときの続きを果たせれば、手段はなんでもいい。

 徐々に太陽が黒雲に隠れる。空を仰ぐと、水滴が仮面に当たった。

 にわかに霧のような細かい雨が降り、強い風が吹く。

 ティボーは舌打ちした。視界が悪くなっている隙に逃げられるかもしれない。

 そこで、糸で縫われた耳を澄ませた。この耳は振霊族しんれいぞくの耳。主人がつけてくれた。

 いたるところの風の音、空気を切る感覚が伝わる。

 開かれた門が空気をかく感覚。

 馬のひずめの振動。

 正門の方向ではない。別の門のようだ。

 やはり天候の悪い今を狙い、脱出するつもりか。

 ティボーは殺した傭兵隊から奪った早馬に飛び乗った。音が聞こえた門のほうへ向かう。白きしもべどももついてくる。



 

 白い霧雨が全身にしみる。

 三叉の槍をかついだオンダは馬に乗り、馬車を引く。

 リンランに言われ、気温や風の向きから霧雨が降る日を選び、壁から出たのは正解だ。水はオンダを強くしてくれる。

 向こうは変態ピエロの力で有利な能力をいろいろカスタムされているのだから、このくらいがフェアだ。

 白いもやの向こうから、馬の足音がした。

 覚悟を決めたオンダは、馬と馬車とを繋ぐ紐を槍でちぎる。


「殿下、そこでおとなしくしてて」


 馬車に呼びかけ、耳を澄ませる。

 霧雨の中から、大槍が勢いよくオンダの眼前に突き出た。熱気をまとう赤黒いそれをかわし、自分の槍を突き出す。

 肉薄するつぎはぎのティボーの仮面が、はっきり見えた。背後には白い人型の人形を引き連れている。


「俺より強い者はこの世にいてはならない。俺が最強でいなければならぬ」


 オンダはティボーに三叉の槍を叩きこむ。

 ティボーはそれを受けながし、今度はオンダに自分の槍を突き出す。

 オンダはティボーの槍を受けとめるが、背中の痛みに顔を歪めた。例の傷は深く、まだ痛む。


「ふ。手負の身でこの俺に勝てると?」

「……あたしには責任が、あるんでね」


 霧雨が多少具合をよくしてくれる。オンダは思いきりティボーの槍を弾いた。槍先が仮面にあたり、地面に落ちる。

 つぎはぎの顔のティボーは驚くが、すぐに槍を構え直す。

 白い人形どももティボーに加勢しようとするが、三叉の槍と灼熱の槍の激しいぶつかり合いは、彼らを寄せつけず、振り払った。


 突いては引き、引いては突く。永遠に続く繰り返し。

 オンダは笑う。

 ひりひりするこの瞬間がたまらない。

 簡単には負けないし、簡単には勝てない。

 ティボーのつぎはぎだらけの顔がひくひくと動いている。きっとティボーも楽しいのだろう。

 私とこいつは似てるのかな。

 ふとそんなことを考える。

 昔のオンダと同じで、ティボーもケンカの中にしか居場所がなかったのかも。ケンカのために戦い、ケンカのために強くなる。それ以外何もないから。

 同時にリンランや、ガブリエルくんや、自分をかばい殺された師匠の姿が思い浮ぶ。

 彼らを守るため。仇を取るため。

 今のオンダには、それらに意味が見出せる。


「ああああああっ!」


 獣のような声をあげ、一際強くティボーの槍を弾きかえした。


「く」


 隙ができたところで槍を突き出す。

 ティボーはすばやくよけ、手を掲げる。ぬっと出た赤黒い岩の塊が、オンダに向かって放たれた。

 オンダは槍で弾き返そうとする。だが塊はオンダを横切り、背後の馬車、ちょうど人の頭がありそうなあたりを貫通した。


「……! 殿下ぁっ!」


 オンダが馬車に注目した瞬間、ティボーが槍を振りおろす。

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