第7話・最凶の神と悪夢
その日の夜。僕はいつものように華美さんの夢を見るつもりで瞼を閉じた。たとえこの想いは届かずとも、夢で会えるならそれでいい。夢の中なら、彼女を悲しませることもないだろうから。
――しかしその日、華美さんの夢を見ることはなかった。
代わりに不思議な夢を見た。そこは覚えのない真っ白な空間。僕は、平安時代を連想させる和服を身にまとった小柄な少女と向き合っていた。
この子、どこかで見たような……。
ぼんやりとした意識の中で考えていると、その少女はおもむろに、僕を見下すように言った。
「哀れだな」
見知らぬ少女が、いきなり僕を鼻で笑う。
「は?」
真っ白な空間で少女は宙に浮き、僕は椅子に座っている。
「哀れだと言ったのだ。まるで死神のよう」
少女の突然の物言いに苛立ち、僕は眉を寄せた。
「いきなり失礼な奴だな……」
そう呟きながら、立ち上がろうとする。しかし、なぜか体が思うように動かない。どうやらこの夢は、僕をこの場から逃がそうという気はないらしい。
「お前は華美が好きなのか?」
「……初対面の相手に聞く内容じゃないと思うんだけど」
不快を露わにそう言うと、少女はニヤリと口角を上げた。
「そうか。好きなのか」
その言い方は、まるで僕の気持ちを嘲るかのようで。
カチンときた。
「誰もそんなこと言ってない」
「答えない時点で答えてるようなもの。だが、残念だったな。あの女はもう時期消えるのだ」
「は……?」
眉を寄せ、僕はその少女を睨むように見た。
「ふふふ。聞いて驚け。我は神だ!」
「神? お前みたいなちんちくりんが? 座敷童子の間違いだろ」
すると、自称神はムキーッと猿のように顔を真っ赤にして怒り出した。
「黙らっしゃい! 我は偉大なる
疫病神?
「それって……たしか、人々の間に良くないことをもたらす存在の神だとかいう?」
「フフハハハ。その通りだ!」
知られていたことが嬉しかったのか、自称疫病神は嬉しそうに胸を張っている。
僕は深いため息を零した。
「…………最悪だ。一番顔見知りになりたくない奴に絡まれた」
容赦なく本音を漏らすと、
「なんだとコノヤロウ!」
疫病神はまたも喧嘩を売ってきた。
「あん? やんのかコノヤロウ」
負けじと僕も応戦する。いきなり飛びかかってきた疫病神に対し、チョップを落として攻撃を交わしてやった。
「ぎゃふっ!! ……なっ、なにをする!? 痛いではないか小僧!」
半泣きで訴えてくる疫病神。
「いきなり飛びかかってきたのはそっちだろ」
てか、弱っ。
「これ以上僕に近寄んな。不幸にされそうでなんかやだ」
「なにを今さら。叶わぬ恋をしている時点で既にお前は不幸ではないか。だから我が来たのだ。くっくっく。お前をからかうのは楽しそうだからな。さらに不幸のどん底に落としてやるぞ!」
カチンときた。容赦なく疫病神の顔面にアルコールスプレーを吹きかける。※良い子は絶対に真似してはいけません。
「ぬわぁっ! なにをする! やめんか! 我は虫ではないぞ! 痛っ! 痛い痛い! 目、目に入ったってば! 痛い痛い!」
「クソ……細菌系じゃないからアルコールで消えないのか」
「うわぁん! 目がぁっ!」
……まぁ、物理的には効いてるようだけど。
「貴様……、よくも!」
「これに懲りたら二度と僕の夢に出てくるなよ」
「フフッ……そんな顔していられるのも今のうちだぞ」
「は?」
「我は週末、旧校舎全体に清掃業者が入るよう手配した。これで奴は終わりじゃ。残念だったな! お前の初恋は清掃業者に壊されるのだ! アーッハッハッ!」
絶妙に癇に障る意地の悪い高笑いをしながら、疫病神が僕を見た。
「なっ……」
そんなことされたら、華美さんの居場所がなくなってしまう。いや、生きていけなくなってしまう。
僕は我慢ならず、疫病神に掴みかかる。
「なんだってそんなことを!」
「昔から腐れ縁の華美が大嫌いだからだ。同じ嫌われ者のはずなのに、いつもいつもアイツばっかりチヤホヤされて、我だけ除け者にされて気に食わん!」
「はぁ!? そんなつまんない嫉妬で華美さんを殺す気か!」
「つまらなくなどない! これまで我がどれだけ惨めな思いをしてきたか、分かるわけもあるまい! これで華美は不幸になるのだ! ケケケ」
疫病神は風と共にさっと消えた。
「あっ……コラ待ちやがれっ!! おいっ!」
――ドカッ!!
「いてっ!!」
ずるりとベッドから滑り落ち、目が覚める。
「…………って、夢? 華美さん出てこなかったな……」
てか、別れを決めた初日に見る夢がこれって。
「目覚め悪過ぎんだろ……」
僕の夢に出てきていいのは華美さんだけなのに……彼女以外立ち入り禁止の聖域に、見ず知らずのガキの侵入を許してしまうとは、不覚。
「……けど、もし今の夢のガキが本当に疫病神で、彼女を消そうとしているというのが本当なら……まずい」
彼女の身に危険が迫っている。
「華美さんが危ない……!!」
僕は二度寝屋にメッセージを送った。
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