第2話・個性的なこの世界


「――おはヨう、荒矢田」


 通学路で背後から声をかけてきたのは、親友の二度寝屋にどねやすいだ。白い包帯で全身を包み、頭部には神々しいツタンカーメンの面を付けた二度寝屋は、見た感じちょっと変わった奴だが、とても良い奴だ。

「おはよう、二度寝屋。今日も相変わらず金ピカだな」

「オウヨ。きっちりお面磨いてきたからナ。包帯も巻き直してきたし、漆も朝から三杯飲んできたからいい感じにカラカラだゼ」

「漆……そうか。それはよかったね」

 もうお気付きだろうが、二度寝屋は人ではない。

 

 ――この世界には、人ならざるものがいる。

 あやかし、神、バケモノ……。それらは当たり前のように食べたり勉強をしたり、ついでに恋をしたりして、この街で僕たち人間と同様の暮らしを営んでいるのだ。


「おはよー。二度寝屋、荒矢田」

 空を浮遊して、僕たちを追い抜きながら挨拶してきたのは、妖怪雪女の渋問しぶといユキ。僕たちの一個上の先輩。白と半透明の花魁風の着物に身を包み、艶やかな簪を差した姿はまさに浮世絵からそのまま飛び出してきたかのよう。

 一昨年のミス清廉高校グランプリだけあって、とても綺麗な人……否、あやかしだ。

「おはようございます、ユキ先輩」

「おはヨう。今日日差しが強いから、少し頭溶けてるヨ。気を付けテ」

「あらやだ! 今日デートなのに!」

 ユキ先輩は可愛らしく眉を寄せ、鏡を取り出した。

「デート? 恋人デキたノ?」

「うん! そうなのそうなの!」

 二度寝屋が訊ねると、ユキ先輩は嬉しそうにその場でクルクル回る。その度に彼女が発した冷気が僕たちを襲い、右半身が凍りついた。

「隣町の吉鳥之きっちょうのしるし君。さすが、神獣の麒麟きりんだけあって最近いいことばかりなんだ!」

「……ユキ先輩、寒い」

「あら、ごめんなさい」

 ユキ先輩が舞をやめると、少しだけ冷気が和らいだ。隣の二度寝屋を見ると、金ピカの面も若干白く凍っている。

 ……これは本体じゃないから寒くはないんだろうか?

「……今日はついてナイみたいだかラ、気を付けテ」

 震えている。やはり寒いは寒いらしい。

「そうね! じゃ、お先!」

 そう言って、ユキ先輩は上機嫌に空を飛んでいった。


 あやかしの生徒は、二度寝屋やユキ先輩だけではない。他にも落ち武者の武士道ぶしどう無地むしや、ゴーレムの土脇つちわきらいなど、僕たちの通う清廉高校には個性豊かな生徒たちがたくさんいる。もちろん、人間も。

「ユキ先輩可愛かったナ」

「そうか」

「生前に出会ってタら、俺モもっとグイグイいってタのにナ」

 親友の二度寝屋は約二十年前にこの世に生を受けた。当時いろいろと上手くいかない人生に嘆き、最終的にヤバい宗教にハマってしまったらしい。そして、五年前の十五歳のとき、宗教の修行と称してうるしを直飲みし、ひどい脱水症状を起こしてミイラ化したという。※絶対に真似をしてはいけません。

 もちろんただの人間がミイラとなって生きていられるわけはない。二度寝屋は漆飲み修行によって死に、そのまま亡霊となってこの世に漂っているというわけだ。そして、ミイラ化した今の彼の栄養補給源(?)は漆である。

 故に彼は見たまんまミイラで、枯れ枝のように細い骨に、カラッカラの皮膚がお情け程度についた身体を白い包帯でぐるぐるに巻き、頭にはミイラの象徴(自称)ツタンカーメンの面を被っている。

 入学当初は変わったヤツだと思ったが、清廉高校には他にももっと変わったヤツがいるので、思いの外すぐ慣れた。話してみると何気に気も合ったし。

 首の長いろくろ首のクラスメイトや、事故死亡霊の頭から血を流したクラスメイト、それから全身骨格標本のような餓者髑髏がしゃどくろの先生もいる。

 

 この世界はなにかと穏やかじゃない。だが、それはどんな世界でも同じ。

 これは個性だ。俺が潔癖症なのも、二度寝屋がカラッカラなのも。


「とはいえ、そろそろ成仏してもいいんじゃないの?」

「フン。誰が成仏なんテするか。俺ハ彼女とデイジーランドに行ってお揃いのカチューシャ着けるマで死ぬわけにハいかないノダ」

「どの口が言う。そんなささやかな願いがあって、なんで漆なんか飲んだんだよ」

「あの頃ハ、いロイろあったのサ」

「……はいはい、そうですかい。ま、早く彼女ができることを祈ってるよ」

「大丈夫。彼女なラ明日できる予定なンダ」

「は?」

 なぜに明日指定?

 しかし、僕が問うより早く、二度寝屋が話題を変えた。

「それよりオ前、もしヤまた華美さんの夢を見たナ?」

 表情などないはずのその面が、ニヤリと笑った……ような気がした。

「……まぁな」

 言うかどうか迷ったが、既に二度寝屋にはすべてを話している。今さら隠すこともないかと、素直に頷いた。

「フフフ。相変わらず欲求不満ダナ。そろそろチューしたカ?」

「嫌な言い方やめろよ、本当に悩んでるんだから。いつも最初はいい感じなのに必ず悪夢に落ち着くのはなぜなのか」

「フフフ。いつモ通りで残念だったナ」

 

 今朝見た華美さんの夢。彼女にまつわる悪夢は、今日始めて見たわけではない。いつも見るのだ。それも、ほぼ毎晩。

 告白されたりデートしていたりと、始まりはいつもめちゃくちゃ幸せな夢なのに、途中でいきなり悪夢に変わる。今朝のように。

 

 高校に入学して約一年半彼女に片想いをし続けている僕にとって、あの夢は生き地獄だ。毎日夢に華美さんが出てきては、愛を囁く。その度に有頂天になるものの、最後の最後にいつも黴を吐き出したり増殖したり、まるで出来損ないのホラー映画のごとく、健気な僕の心をポッキリと折ってくれやがるのだ。

 

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