スライムと夜営準備

「って変わらねぇ!!」


 俺が叫んだことで、アドルフはよりいっそう俺から距離を置く。

 そんなことはどうだって良い。


 先ほどスライムの設定を書き換えたにも関わらず、ずっと同じスライムが茂みから飛び出してきては、アホみたいに2ゴールドとキンマ……おっと。スライムボールを落として逝く。


「どうなってるんだよ」


 俺は少しの不安と、イライラを隠しもせずにメモ帳を開く。

 そこにはさっき書いた設定がそのまま残っていた。


 不安がさらに高まる。

 能力が使えたのはあの瞬間だけで、もう使えなくなっているのか。


 だとしたら非常にまずい。

 俺のここに居る意味がなくなってしまう。


 もちろんこのまま、俺が書いた解像度の低いファンタジーを楽しんでも良いのだが、やはり最後の大団円まではなんとか持っていきたい。


 一番の懸念は、まだこの物語は書き終わっていないということだ。


「どうかされたのですか予言者様?」

 一人でのたうち回る俺の異変にようやく気付いたローラレイが、声をかけてくれる。良い子だ。

 とはいえ俺のあまりの惨状に、勇者は早々にさじを投げたというのに、今ごろ気付いたのだからこの娘も大概ズレている。

 可愛いので問題はない。


「いや、これから起こる出来事にどう対処すべきか思案していたのじゃよ」

「でたよ、が」

「アドルフいちいち突っ込むな」


「まぁそうなのですね。それは悪い兆しなのですか?」


 そんな俺にもローラレイちゃんは心配そうな視線を投げ掛けてくれる。

 キチイを見るような眼をしている勇者とは雲泥の差だ。もちろん勇者が泥だ。


 だけど改めて考えると、まだ能力が使えなくなったと決まったわけではない。

 限定的に使えたり、何かの拍子に復活することもあるかもしれない。


 ここは希望的観測をもって、気長に構えるか。

 コミュニケーション能力は高くはないが、元来いい加減……楽観的な性格なので、なるようになると思っておこう。


「まぁ気にするでない。お主達なら未来をよき方向に変えることができるじゃろう」


 ローラレイの天使のスマイルに、仏のスマイルで返す。


「うさんくせ」

「勇者うるせー」


 俺が書いた勇者ってこんなに口悪かったっけか?





 そうこうしているうちに日が陰る。

 気付いたら何だかんだでスライム狩りに没頭してしまっている自分がいた。


「俺は70匹倒したぜ、お前はどうだフミアキ」


「俺は30……だ」


 自分の近くに現れたスライムであればいいが、少し離れるとアドルフに追い付ける筈がなかった。


「さすが10年も修行してきただけの事はあるな」


 かく言う俺は、バイトはしていたが肉体系ではないし。

 趣味も小説を書くだけの、動かない趣味。

 体が重すぎて走る気にもならない。


「スライムでも倒してれば経験値溜まるだろ? そのうち強くなるさ」

「強くなった感覚がまるでないんだが」


 レベルアップのファンファーレも、ステータス画面もでてこないし……そういえば執筆の際もその辺は適当に流してた気がする。

 体感しているであろうこの世界の人間に聞くしかないだろう。


「経験値が溜まると何か起こるのか?」

、はめたのか?」

めた。教えろ」


「経験値が溜まると、本当に少しずつだが体が強くなる感覚があるんだ。昨日より少し早く走れたり、重いものが持てたりな」

 思ったよりも地道な努力の積み重ねでしか強くなれないらしい。


「俺みたいな物理攻撃を主体に戦う冒険者は、それに加えて筋トレや走り込みをして、相乗効果的に強くなっていくんだよ」


「じゃぁ魔法使いも、経験値さえ稼げば早く走れたり、重いものを持てるようになるのか?」


「経験値由来の力はベースとして上がっていくよ。でも、魔法を勉強した方が効率が良いから、筋トレする魔法使いは居ないんじゃねえかな?」


 うーん。

 ってことは、ローラレイちゃんもレベル100とかになったら片手で大岩を持ち上げたりできるようになるのかもしれない……

 あの顔で?

 あの華奢きゃしゃな腕で?


 なにそれ可愛いじゃん。


「どうしたフミアキ、麻薬でもキメたような顔をしてるが……それにしてもお前スライム30匹狩ったのに、成長感じなかったのか?」


 問われて思い返すが、あまり実感はない。

 リアルに経験を重ねたことで、スライムが飛び出してくる茂みがあらかじめ分ったりはするが……身体的には強くなったとは思えない。


 元々俺はこの世界の人間ではないし、勝手が違うのか?

 このままの弱さで、どんどん強くなるローラレイ達についていけるのだろうか。

 やばい、不安がぶり返してきた。


「まぁ良いじゃないですか、予言者さんは予言をするのがお仕事で、戦うのがお仕事じゃ無いんですから」


 満面の笑みでローラレイちゃんが助け船を出してくれる。マジ天使。


「そういえばちゃんと予言したのを聞いたこと無いんだが?」


 疑いの眼差しを向けるアドルフ。マジ悪魔。


「じゃぁ予言でもするか」

「えっ、予言者さん予言できるんですか!?」

「ローラレイちゃん今まで俺を何だと認識してたの?」


 気を取りなおして、俺は過去の執筆作業を思い返す。


 序盤。彼らはスライムを倒しながら隣町へ向かう途中、野宿で一泊する。

 朝方、火が消えかけた頃に、ローンウルフの群れに襲われピンチに!

 しかし、勇者の真なる力が目覚めて、撃退することができるというシナリオだ。


 俺はこの「ラノベ然としたストーリー」を胸を張って語って聞かせたわけだが。


 その反応の悪さたるや。

 勇者はまだしも、ローラレイちゃんまでもが眉間にシワを寄せて首をかしげていて、可愛い。


「フミアキよぉ。嘘をつくならもっとマシな嘘をつけよな」

「こんなところにローンウルフなんて出ますっけ?」

「ていうか、群れだったらローンじゃねぇだろ」


 完全に胡散うさん臭い詐欺師さぎしを見るような眼をしている……

 ダメだなこいつら、俺は作者なんだぞ? 言うなればこの世界の創造主、神に近い存在!

 ここはガツンと言っておかなきゃいけないだろうな。


 俺がそう考えている間にも批判は止まらない。


「そもそも真なる力ってなんだ?」

「そんなに都合よく現れるものなのかしら」


 さすがにキレちまったぜ!

 俺は両手を強く握りしめて、ぶんぶん振り回した。


「嘘じゃないもん! ほんとなんだもん!!」


 半べそである。

 トトロのメイかと言わんばかりの半べそである。

 キレたのは堪忍袋の緒ではなく、理性だったか。

 ローラレイちゃんに嫌われるって考えたら悲しくなってきちゃったわけである。


「げ、こいつ泣いてやがる」

「よしよし、泣かない泣かない」


 ローラレイちゃんがそんな俺の頭を優しく撫でる。


「アドルフよ、予言が現実になった暁にはお前に泣きべそをかかせてやる!」

「何で俺だけなんだよ、急に強気になりやがって」


 ナデナデで復活楽勝でした。


 そうだ、別に今すぐ信じて貰えなくても、どうせ起こることなんだ。そうしたら否応なしに信じるしかないだろう、ふっふっふ。


「今度は黒いオーラまとって笑い始めたぞ……フミアキは忙がしいヤツだな」


「そのまま黙って夜を迎えるがいいさ」

「まぁ一応ウルフ対策はしておくか」

「信じてないんじゃないのか?」

「信じてはないけど用心のためにな」

「くそっ、やめろ! 信じてないヤツは対策すんな!」


 俺は掴み掛かったが、実力差にえなく撃沈。

 赤子の手をひねるとはこの事だ。


 かくして勇者達は俺の予言のもと、接近を知らせるトラップや、牽制けんせい用の松明をすぐに用意できるように、焚き火のそばに設置して、夜を明かすことになった。

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