俺の未満ファンタジー

T-time

1章・旅立ち編

自作ダイブとヒロイン

 まぁよくある始まり方なんだけどもさ。

 『目が覚めると、異世界に来ていた』ってやつだ。


「どこだよここ」


 窓から明るい日差しが部屋に入り込んでいる、清々しい朝。

 この時点であり得ないと断言しよう。


 俺の部屋は魔窟だったはず。

 辺りは物であふれ返り、カーテンも締め切られておりいつも暗く、朝か昼かさえ解りようもなかった。

 俺の相棒のPCは影も形もなく、代わりに木製の文机がひとつ置いてあるだけだった。


 そんな部屋の変貌以上に俺には気になる事があった。


「なんか雑な部屋だな」


 雑然としていると言うことではなく、作りが雑という事。

 どこもかしこも学生のお遊戯会で使われる背景みたいだ。

 絵の具で茶色く塗ったような、辛うじて木の板を表現しましたと言わんばかりの解像度の低い壁。

 しかもそれがコピー&ペーストされたかのように4面囲われていると気持ち悪くなってくる。


「今時どっきり企画でももう少しマシだろ」


 俺は悪態をつきながら、片足をベッドから下ろした。

 ぎしぃっと床がきしむ。

 どうやら足元も壁と同じ素材のようで、全体重をかけると床に穴が空くのではないかと、ビビって出した足を引っ込めた。


「どうしよっかな……」

 ベッドの上で漂流しながら、今後の展望を考える俺。


 そんな部屋にノックの音が飛び込んできた。

 一瞬間をおいて、鈴が鳴るような声が聞こえる。


「旅人さん、目覚めたのですか?」


 それはそれは、耳がくすぐったくなるような美少女ボイス!

 チープな作りに不安を感じていたのはどこへやら。

 否応なくペラペラの板の向こう側の人物に期待が高まる。


「あ、えっと、はい」

「入りますね」


 強さもあり、それでいて慈愛も兼ね備えたような素晴らしい声の持ち主は、静かに扉を押し広げた。

 高校生ぐらいの年齢で、金髪を腰まで伸ばした美少女が、少し心配そうな顔でこちらをうかがっている。


 その顔を見た俺は雷に撃たれたような衝撃を覚えた。


 俺はこの少女を知っている! 


「もう起きられるのですか? 元気そうで良かった」

 目を細めて笑うともう、後光の一つや二つは軽く背負っているようにすら思えた。


 やっぱりそうだ、この笑顔。

 俺が探し求めてきた理想の女性!


 彼女の問いに答える前に、俺は叫ばずにいられなかった。

 俺しか知らない筈の、彼女の名前を。


「ローラレイ・イスタンボルト!」


「あら? お知り合いだったかしら……」

 突然見ず知らずの男性にフルネームで呼ばれた少女は、指を柔らかそうなほっぺたにくっつけて、考える仕草をする。


「あ、いえいえ! 一方的に知ってたって言うか……」

「じゃあアドルフのお知り合いなの? よかったわ知らない人じゃなくって」


 そう言いながら、遠慮無くベッドに腰を掛けて、こちらを観察してくる。


 その距離10センチ!

 いきなりの急接近。

 耳元にかかる吐息。

 鼻腔をくすぐる甘い匂いが、麻薬のように心臓を脈打たせ、脳を溶かしてゆく。

 額に当てられた手のひらが少し冷たい。


「まだ微熱があるみたいですね、無理しちゃいけませんよ?」

 その美しい唇から踊るように出てくる声すら、背筋を逆撫でするほどに心地よい。


 この女性の前では、大丈夫だと強がって見せたいのだけど、頭がぐるぐる回っていて言葉に出来ないでいた。

 その心中を知ってか知らずか、少し困ったような笑みを浮かべる。


「お熱を冷ます道具を取ってくるので、静かに寝ててくださいね」

 彼女は立ち上がり、階下へと降りていった。


 そこで俺は緊張してろくに呼吸も出来ていないことに気付き、大きく息を吸う。

 脳に酸素が行き渡ったことで、あの女性が何者であるかを、完璧に理解した。


────ローラレイ・イスタンボルト。

 俺はこの女性を知っている。

 きっと世界で一番知っている。


 彼女の生い立ちも。

 何を好むのかも。

 何に怒って、何に笑うのかも。


 そりゃぁそうだ。だって。


「俺の書いた小説のヒロインじゃねぇか!!」

 先ほど吸った息を全部吐き出しながら叫んでしまった。


 その発狂を聞いて心配したのか、あの足音が今度は急いで近づいてきた。


「旅人さん何か叫んでました?」

「いえ、隣の家で鶏でもシメたんじゃないですか?」

「ああ、そうかもしれませんね」

 本当にそんな声でした?

「そんなことより、お熱を下げないといけません」

「そういえば、熱冷ましの道具を取ってきてくださると聞いていたのですが?」


 そう、彼女が持ってきたのはその服装に良く似合う、木製の杖。

 これで誰が見ても魔法使いと答えるだろう。


「はい、氷の魔法で熱を下げたいと思いまして」

「それはありがた……ちょまって」


 ──彼女は俺が作り出したパーフェクトヒロイン。


「えっとこれかな? ブリザード?」


 ──俺の趣味が全部詰まっている!


「その魔法は!」


 そして失念していた。

 俺がだという事を。


 部屋は一瞬にして真冬と化し、ベッドの薄い毛布程度ではまったく歯が立たず。

 ただカタカタと歯を鳴らす俺。


「あれ、熱さましってこんなでしたっけ?」

「ちっがぁう!」


 辛うじて声は出たが、体が動かない。


「まぁ! 旅人さん、ごめんなさい。魔法を使うのは止められてたのに、つい」


 止められてたにしては気軽に使ってたような。

 って突っ込みもままならねぇ。


「まぁ大変、足が凍りそう! ここは炎系の魔法で……」


 俺は必死で首を振った。

 きっと涙目だったと思う。


「えっと、じゃぁ、手で暖めて……わぁ冷たい」


 せっかく俺の理想の女性が俺の体に触れているのに全く感覚がない。

 きっと涙目だったと思う。


「ああ、どうしよう。こういう時どうするんだっけ……そっか、肌と肌で暖めるって聞いたことあるわ!」


「!?」


 そう言うと、俺のヒロインはスカートをたくしあげて、真っ白な太ももを露にした。

 そしてベッドに横たわる俺の体の上に乗り、その暖かな肌を近づける。


 俺の下半身はカチカチである。


 おっと、下ネタではない。

 実際に氷漬けにされているという意味だ。


 そんな氷を太ももに当てて、声を我慢できるハズもなく。

「ひゃぅ!」

 って声を聞けただけで、この氷漬け事件など許してしまってもいいと思う。


「ひゃぁ! これはちょっと……でも旅人さんのためにも頑張らなければ」


 もう天国に行きそうです。

 二重の意味で。


 というわけで。

 死ぬ前に俺の話をさせてくれ。


────俺の名前は入間文章(いるまふみあき)。


 大学まで行かせて貰ったのに就職できずに、独り暮らしの部屋でうだつの上がらない毎日を過ごしていた23歳。

 ちなみにニートではない。大学時代にお世話になったアルバイト先に出戻りして、なんとか家賃くらいは稼いでいた。


 俺の黄金期は大学時代だった。

 遊んでばっかりで楽しかったし、彼女もいて充実していた。


 だけど、真面目に就職活動をしていた彼女は、将来に対していい加減な俺に堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れたのか、就職と同時に俺を捨てて出ていった。


 そこで初めて気付く。

「あれっ? 俺やることなくね?」


 学生が終われば、あんなに嫌だった課題も授業もない。

 毎週会いに行っていた彼女がいなけりゃ、週末だってもて余すし。

 友達も新卒入社で頑張ってて、遊ぶ時間なんて殆ど取れない。


 アルバイトはあるが、休日はおろか夜の間も暇で暇で仕方なかった。

 ってなわけで仕方なく俺は、ネットの小説投稿サイトを読み漁るようになってゆく。


「へぇ、この程度の作品で書籍化できるのか」


 不遜ふそんな言葉なのは百も承知だ。

 後になって後悔するので、この段階の無責任な呟きは大目に見て欲しい。


「うわ、この作品はアニメ化までしてるのか」


 そうして、ご多分にも漏れず。


「俺でも書けるんじゃね?」


 そんなことを呟くほどには俺は無知で、いい加減だった。



────話を今に戻そう。

 一瞬だけ天国に行きかけたようだ。

 今のモノローグ的なものは走馬灯の一種だ。


 かといって現実に引き戻されても、そこは現実ではない。

 目の前にいるのは、俺が書いている小説『勇者になったから、幼馴染み美人魔法使いと旅に出る』のヒロインその人だ。


 こうして見ると、自分の煩悩ぼんのうがそのまま再現されている。

 スリーサイズは上から、B95、W58、H80のボンキュッボン!

 現実ではほとんどお目にかかれない、腰までの金髪ロングヘアーは、一本の枝毛もほつれすらもない。

 瞳は大きく、薄い黄緑色に吸い込まれそうになる。


「大丈夫ですか? だいぶ顔が赤いようですが」


 そりゃ自分の理想の女性が目の前にいて、至近距離で触れ合っていて、大丈夫なはずがない。

 俺がなんじゃない、別次元なんだ。


「あの、俺。その……」


 まだなにかを言葉にする程には頭が回転していない俺の耳に、この甘い空間を邪魔する別の声が割り込む。


「ローラ、来てんのか?」


 声の主はまるで自分の家のような気楽さで、ノックもせずにドアを開け放つ。

 そして鳩に豆鉄砲を食らったような顔で固まった。


「あら、アドルフお帰りなさい」


 天女のような満面の笑みでそれに返すローラレイも親しげだ。

 ちょっと嫉妬しちゃうじゃん。


「おっ……お前、俺の家の、俺のベッドで、俺のローラとナニかましとんじゃい!!!」


 突然、珍入者がブチギレて腰に掛けていた刀を抜いた。


「なになにどういうこと!?」


 一瞬状況が飲み込めなかったが、たぶん彼が言った通りなのだろう。

 ここは乱入者のお宅のベッドで、ローラレイはスカートたくしあげて太もも丸見えで、俺の足に乗っかってるわけだろ?

 俯瞰で考えると、連れ込んだ浮気相手に遭遇した状態。


 あ、異世界へ来て10分でゲームオーバーかも?





◆◇◆作者の一言◆◇◆


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