私が王女だと婚約者は知らない ~平民の子供だと勘違いして妹を選んでももう遅い。私は公爵様に溺愛されます~

上下左右

プロローグ ~『妹と婚約者への疑い』~


「クレア、悪いが今晩の食事会はキャンセルだ。君の妹と舞台鑑賞に行くのでな」


 これでデートのドタキャン回数は十を超え、とうとう両手で数えきれなくなった。


 断りの理由はいつも同じ。クレアの妹であるサーシャとの予定を優先するためだ。問い詰めたこともあるが、「これから家族になるのだから、親交を深めて何が悪い!」と居直られる始末だ。


(婚約者のルイン様が私の家族と仲良くしてくれることを本来は喜ぶべきなのでしょうが……)


 世の中には親族との関係が険悪な夫婦も多いと聞く。それを想えば、妹と仲良くしてくれているルインに感謝すべきなのだろうが、モヤモヤとした嫉妬心を感じずにはいられなかった。


(私も家族とは仲が良いですし、大人になるべきは私なのでしょうね)


 グッと感情を抑え込み、屋敷の談話室のソファに腰掛ける。暖炉の薪を燃やす音を耳にしながら、小さく溜息を吐くと、それを耳にした人影が近づいてきた。


「もしかして悩み事かい?」

「お兄様!」


 クレアの兄――ギルフォードは金髪蒼眼の整った顔立ちの青年で、身長も見上げるほどに高い。両親が早く亡くなったこともあり、アイスバーン公爵家の領主を務めており、クレアにとっても親代わりといえる人物だった。


(相変わらず綺麗な金髪と蒼眼ですね)


 クレアは幼少の頃にアイスバーン公爵家の養子となった。そのためギルフォードやサーシャとの血の繋がりはない。


 外見も黒髪、黒眼な上に、地味な服装を好むため派手さはない。顔は整っていると褒められる機会は多いが、地味な印象を拭いきれていない。田舎の美人令嬢という表現が似合う容姿をしていた。


「お兄様に聞かせるような話ではありませんから」

「そう言われると益々気になるね。僕たちの仲だろ。教えてはくれないかな?」


 ギルフォードの端正な顔がグッと近づいてくる。こうなるとクレアは断り切れない。観念して、悩みの内容を説明することにした。


「恥ずかしい話なのですが、ルイン様とサーシャの仲が良いことが気になりまして……」

「サーシャが相手なら心配になるのも無理はないね」

「同性の私から見ても、華がありますからね」


 黄金を溶かしたような金髪と澄んだ青い瞳は、公爵家の令嬢に相応しい輝きを放っている。それはクレアにはないもので、憧れの対象でもあった。


「卑下することはない。クレアだって綺麗さ。それに優しいからね。使用人たちに食事の差し入れをしていると聞いたよ」

「料理が趣味なだけですよ」

「謙遜しなくてもいい。優しくなければ、調理したものを使用人に分け与えようと思わないからね」

「ふふ、お兄様から褒められると元気が湧いてきますね」


 地味な外見だが、クレアは誰よりも優しくあろうと努めてきた。だからこそ使用人たちからの評判も良好で、彼女を悪く言う者は誰もいない。


「でもサーシャは駄目だ。あいつは典型的な公爵令嬢で、高慢で、品がなく、貞淑さの欠片もないからね。何度あいつを勘当しようとしたか数えきれないよ」


 ギルフォードは血の繋がった妹のサーシャを軽蔑していた。貴族には貴族に見合った高潔な振る舞いが求められると信じていたからである。


「もしサーシャやルインに困ることがあれば、いつでも相談して欲しい。僕はいつだって君の味方だ」

「ありがとうございます。でもお兄様にご迷惑をおかけするわけには……」

「我らアイスバーン公爵家は王国の序列一位だよ。対してルインの家は序列三位だ。力関係なら僕らの方が上だからね。遠慮なんてする必要はないさ」


 数十年前、王族が流行り病で亡くなったことで、この国の権力は公爵が握ることになった。その中でもアイスバーン公爵家は強い力を持ち、領主である彼は、実質的な国内最高権力者となったのだ。


 そのような力関係もあり、ギルフォードの言葉に強い頼り甲斐を感じさせられた。クレアは安心するように笑みを浮かべる。


「お兄様は優しいですね」

「クレアが優しいから、僕も君に優しくするのさ。だから君の役に立つためにも、どうか頼って欲しい。家族だからね」

「ふふ、そうですね♪」


 クレアはアイスバーン公爵家で育ったことを誇りに思いながら、悩みごとを頭から消し去る。いつもと変らない平常心を取り戻したのだった。

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