増強する音圧
二度目の路上ライブから一夜明けた土曜の午前。
「なんかさー。もっと欲しいよね、圧」
ふとコトがそんなことを言い出したのは、ローン返済の為の金策で近場のダンジョン——今回は石の回廊みたいな感じ——の攻略に赴いている最中のことだった。
「……なんの話だ? せめて主語をつけてくれ」
「あ、ごめんごめん。ギターの音のことだよ」
コトは戦闘用の変形ギターから黒のテラキャスに持ち替え、適当なリフを掻き鳴らす。
「ギターの音色自体には何の文句はないんだけどさ。何というか今ってアン直で音を出しているようなものじゃん?」
「まあ、そうだな」
「そうなると、エフェクター的なアイテムも欲しいよねーって思ったんだ」
確かにエレキギターだけの演奏だと少し物足りなさはある。
ガッチガチに組むことはできなくとも、せめて歪み系の一つでも欲しいところだ。
というか、エフェクター以外にも他にも増強したいところは色々とある。
例えば、俺の場合はタムやシンバル類を加えたいし、コトとしてはマイクが欲しいところと思っているはずだ。
楽器の音で掻き消されてしまうから歌ってないだけで、コトはボーカルも出来るわけだし。
コトのことだ。
その内、アコースティックでの弾き語りもやりたいとか言い出すだろう。
「ガロちゃん、エフェクターとか取り扱ってないかな?」
「流石にないだろ。前にカタログを見た時は売ってなかったし」
そもそもエフェクターなんてアイテムどうやって作るんだよって話だし。
「そうかな。ガロちゃんなら作ってくれそうな気がするんだけどなあ」
「何その餓狼丸に対する謎の信頼感」
まあでも、現実の楽器を完全再現に近いクオリティで作れるから、もしかしたらって期待はあったりする。
「……ま、確かめるためにも、とりあえずこのダンジョンをサクッとクリアするとしようぜ」
「うん、それもそうだね! よーし、やるぞー!」
武器を変形ギターに戻して息巻くと、コトは放電音撃で周囲の雑魚敵を一瞬で消し炭にしてみせた。
……また、キャリーされることになりそうだ。
今回のダンジョンのボスは、全長五メートル級のゴーレム型モンスターだった。
「うげっ、こいつも雷効かないのーっ!?」
初手で電撃をぶっ放したコトだったが、ほぼ無傷のゴーレムを見て顔を歪ませる。
「岩だからな。石とかって絶縁体って言うし、そのせいだろ。多分」
生物系には有効打になる方が多いけど、無機物系相手だとそれ専用に武器を用意する必要がありそうだな。
何にせよ変形ギターの電撃が通らないとなると、長期戦になるのを覚悟しないといけないか。
「じゃあ、ケイ。後は任せた!」
「了解。コトは後ろでのんびり見学でもしててくれ」
「はいはーい。あ、でもバフは盛っとくね」
「サンキュー。助かる」
コトはメロコア風、メタル風、テクニカル系の三つのフレーズを演奏し、俺にそれぞれSTR、AGI、DEXのバフをかけると、後ろに下がってパワーコードを掻き鳴らし始める。
弦を弾く右手近くには、透明の波紋が生まれている——MPを消費しない普通の音撃だ。
せめてもの火力支援……いや、BGM感覚か。
(……さてと、やるか)
地面を強く蹴る。
バフが盛られているとはいえ、無振りのAGIだから大したスピードは出せない。
しかし、見た目通りというべきか、全身が岩で形作られたゴーレムは俺よりも鈍重で、動きをよく見れば容易に攻撃を回避できた。
「遊びはいらねえよな」
両手のバチに全てのMPを注ぎ込む。
右腕に黒炎、左腕に黒雷が宿る。
攻撃後の隙を突き、ゴーレムの懐に潜り込む。
これまでのレベルアップと白碧の青龍蝦を撃破したことで獲得したパラメーターポイント全てを割り振って底上げされたDEX。
装備したアクセサリ……月下真煌の腕輪によって大きく上昇したSTR。
この二つを掛け合わせて放つのは、一の型【破桜】——現状、俺が持ち合わせている最大火力の技。
身体の中央付近に二本のバチを同時に叩きつける。
瞬間、体育館ほどの広さがあるボスフロア中に地鳴りのような轟音が反響し、地面が少しだけ振動する。
この手応え——クリティカルが入ったか。
音が消えてから遅れること数秒。
ゴーレムを身体を構成する岩に亀裂が入り、体内の核ごと一斉に砕け散ると、あっという間に全身が粒子状となって霧散して行った。
「……マジか。ワンパンかよ」
いやまあ、白碧の青龍蝦を無理矢理仰け反らせるほどの威力があったから、こいつにも通用するだろうなとは思っていたけど、まさかここまでとは。
俺の火力が大分上がったというのもあるが、もしかして体内の核が弱点な上にHPもそんなに多くないのもあるのか。
HPと速さを引き換えに、恐らく強烈な攻撃力と堅牢な物理、属性耐性を備えていたけど、内部破壊効果を持つ破桜とはとことん相性が悪かったみたいだな。
それに追加で高威力のクリティカルダメージが組み合わさったことで、見事ワンパンに至ったってところか。
「こんなに強力だと二の型以降も習得してみたくなるな」
スキルポイントを全てこの巌轟宗天流に回してでも習得する価値は十二分にあると思わせてくれる。
……つっても、次に習得できるのは当分先のことだろうけどな。
「ケイー、ナイスだったよ!」
振り向けばコトがこちらに駆け寄ってきていた。
出現したバトルリザルトを横目に、俺は小さく笑みを返した。
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