岩とギターのバトルセッション

 視界が開くと、俺はだだっ広い平原の中に立っていた。


 空は満点の星空が広がり、遠くには大きな街が見える。


 ここは、所謂チュートリアルエリア。

 プレイヤーはここで戦闘やゲームの基礎知識を学んでから、実際に冒険に出る流れとなっている。


「にしても……グラフィック、めっちゃリアルだな」


 今までやってきたVRゲーにリアリティがなかったとは言わないが、なんていうかゲームの中なんだなって自覚ができるちょっとしたポリゴンの粗だったり、現実との感覚の違いがあった。


 だけど、オリヴァにはそういうのが一切ない。

 踏みしめる土の感触、全身を優しく撫でつける微風、服の皺一つと何から何まで現実のそれと瓜二つと言って良いレベルだった。


 一度これを体感してしまうと、他のゲームがお粗末なものに思えてくる。


「これは爆発的に売れるわけだ」


 改めてオリヴァの圧倒的なクオリティの高さを実感していると、


「おーい、ケイー!」


 近くで俺を呼ぶ声がする。

 振り向いた先に立っていたのは、中間から毛先にかけて黒のメッシュが入った金髪ポニーテールの少女だった。


 エレキギターに似た薄めなボディの簡素なギターを肩に掛け、こちらに駆け寄って来る。

 プレイヤーネームは”おコト”——琴音が普段使用しているハンドルネームだ。


 まあ、間違いなく琴音本人だろうな。

 俺のこと初っ端からケイで呼ぶのあいつくらいだし。


 何より声と装備している楽器で判断がつく。


「よう、コトも丁度キャラメイク終わったところか。というか、よく俺だって分かったな」

「そりゃあ、ケイが好きそうな見た目してるし、バチ持ってるからすぐ分かるよ。あとプレイヤー名もいつものだし。ところでケイさんや。どうかな、このアバター? アーティストっぽくてカッコいいでしょ!」


 言って、琴音改めコトは全身を見せつけるようにくるりと回ってみせると、ばっちりウィンクを決める。


「あー、そうだな」


 ちょっと見窄らしい初期装備の衣服とギターじゃなければ、手放しでカッコいいと言えるんだけどな。

 ……いや、逆にこの見窄らしさをロックと捉えるべきか。


「ねえ、感情がこもってないんですけどー。本当に思ってる?」

「思ってるよ」

「どうだかなー」


 コトはジト目を向けてくるが、すぐにころりと笑顔に切り替えると、


「まあ、いいや。ケイが塩対応なのはいつものことだし。それより、ちょっと試してみない?」


 ギターを構え、来いよ、と言わんばかりにハーモニクスを鳴らしてみせた。

 初期武器だからかどこか安物感が拭えないが、音は完全にアコースティックギターのそれだった。


「どうすっかな……」


 応えたいのはやまやまだが、流石にバチだけじゃどうにもなんねえよな。

 せめて何か叩けるようなものがあれば——。


 周囲を見回すと、近くに手頃なサイズの岩が転がっているのを見つける。

 大きさは大太鼓一つ分と言ったところか。


(これならいけなくもない……か?)


 試しにスポーン時点で腰に取り付けてあったバチを取り出し、岩を軽く力を込めて叩いてみる。


 カン、カンと甲高い音が辺りに響く。

 衝撃で岩が壊れる気配もない。


 ——やるだけやってみるか。


「よし、乗った。……つっても、音一つしか出せないから大したやつはできねえぞ。しかも楽器ですらないし」

「ケイならそれで十分でしょ」


 笑いながらさらりと言いのけると、コトは一つ深呼吸を挟み——纏う空気が変わった。

 侍が刀を引き抜いたみたいに、覚悟と緊張が入り混じった本気の顔になった。


「——行くよ」


 嵐の前の静けさのような落ち着いた声で呟いた直後だ。


 荒々しいアタック音を含んだギターの音色が平原に轟いた。


 十六分で刻まれる激しくもグルーヴィな高速リフ。

 弦が強く弾かれる度、音色が本能に騒げと語りかけてくる。


 お前も乗れ、今すぐに——と。


 瞬間、迷わず音に乗る。


 バチを振るい、岩にビートを刻み込む。

 コトに対抗するように俺も十六分で岩を叩く。


 最初は一拍目だけにアクセントをつけるだけのシンプルなストローク。

 これでコトの出方を窺いつつ、俺も仕掛けるタイミングを探る。


(ドラムスティックじゃねえから叩きづれえ……!)


 けどその代わりに、力のある一打が放てる。

 岩を叩きつけるだけの単調な音だけでも、コトの荒ぶるギターの音色に対抗できる。


 本音を言えばバスドラのような低音が欲しいところだけど、無いもんをねだっても仕方ねえ。


 八小節を終えたところで、俺からコトに仕掛ける。

 アクセントを増やし、よりアグレッシブに跳ねたビートに切り替え、ついでにBPMを少し上げる。


 今度は俺からの挑戦状だ。


(——なあ、乗ってこいよ)


 コトを見やれば、ニヤリと唇を釣り上げていた。

 瞬間、コトは僅かに遅れていたテンポを即座に修正し、俺のアクセントの位置に合わせてサムピングとプルを入れていく。


 ——音の切れ味が一段と増す。


 それからすぐ、今度はコトの方からBPMを上げてくる。

 元々180に近かったBPMが一気に190オーバーとなる。


 互いに表情が歪む。


 正直、腕を動かすのがガチ目にキツくなってきた。

 けど、まだここでリズムを崩すわけにはいかねえ。


 これは俺とアイツとのタイマンだ。

 そう簡単に勝ちを譲ってたまるか。


 苦悶に顔を歪めながらも、俺は無理矢理笑顔を浮かべ、更にテンポを上げてみせた。

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