第13話 地上の世界Ⅰ
「ということで、エルミアちゃんの地上の世界講座、はっじまるよー」
わー、パチパチ―。痛めたばかりの両手で俺は拍手をする。痛い。
ちなみに当然、俺にそういう趣味があるというわけではない。余計なことをした罰として根暗エルフに強要されているのだ。まあ、さっき習得したばかりの魔力による身体操作の訓練にもなるからいいけど。
「さて、まず今僕達がいるヴァーンハイム王国。大陸中央からやや西部寄りの位置にある戦士の国だね」
言いながら、エルミアは壁に貼った地図のやや右にある歪んだ楕円の領域を杖で指す。大きさは地図上に幾つかある領域の中では大きくはないが小さくもない。そんな感じだ。
『戦士の国?』
気になった部分を俺は問い返す。
「ここの王族は、元を辿ると魔族大侵攻の時に活躍した人族の英雄なんだ。だから王族が強い魔素を持ってる。他の人に比べて、自分の魔素が強いって思わなかった?」
エルミアの説明に納得する。確かに両親や自分の魔素が、いつぞやの医者やらと比べれば強いとは思っていた。
しかし、英雄の子孫。それでこれかと、改めて人族の魔素の弱さを突きつけられた気分だ。
『アリシアとクリアナは?』
ハインリッヒやアーサー、俺の魔素がマシな理由はわかったが、アリシアは同じ血統というわけじゃないだろう。それともまさか近親婚なのか?
それに従者のクリアナも俺達程とは言わないまでも、目も当てられない他の人族よりはマシな魔素容量をしている。
「アリシアは、この国の貴族。当時の英雄の仲間の子孫だね」
『なるほど』
エルミアの簡潔な回答に納得する。
「クリアナは半魔だね」
『半魔?』
「前に話したよね? 魔族大侵攻の後、地上に残された魔族の子どもがいたって」
『ああ』
「彼女は、その子孫だよ」
察して相槌を打つ俺に、エルミアは告げた。
納得した。彼女に抱く親近感の理由を。
どこかゴート族を思い出させる小さな白い角も。ゴート族ほどでなくとも朝黒い肌も。そして、どこか魔族の匂いのする懐かしい魔素も。
遠いどこかで、彼女と俺は繋がっていたのかもしれないと。
「やっぱり何か感じてた?」
『やっぱり?』
「アリシアの火傷痕の魔力の残滓は、どこか半魔のものに似ていたからね」
指摘されて、ズキリと胸の奥が痛んだ気がする。
「でも、さっき拍手をした時の君の魔力にはほとんどそれを感じなかった。普通の人族のものだった」
しかし、そんな感傷に浸っている暇もない。
「どういうことかな?」
まさかさっきの強要にそんな確認があったとは。油断も隙もあったもんじゃない。
『……自分でもよくはわからない』
正直なところを口にするが、当然それでエルミアが納得してくれるはずもない。
『ただ、この体になって初めて魔素を使おうとした時、自分の中に一つの穴があるような奇妙な感覚があった。その奥にある魔素を使おうと魔力を伸ばしたら、魔力を制御できずに暴走した。その結果が、俺とアリシアの火傷だ』
溜め息を吐きたい気分で、俺は正直なところを吐露した。
「……偉大な
『なんだって?』
俺の説明を聞いたエルミアは、呆然と開いた口で聞きなれない言葉を口にした。それを問い詰める俺をエルミアは似合いもしない表情で睨んでくる。
その真剣な、そしてどこか鋭い翠玉の瞳に俺は何も言えなくなってしまう。その目は、俺を危険なものと捉えているのがありありと伝わったから。
「これから言うことは誰にも言わないって約束できる?」
その真剣さは、有無を言わせない迫力があった。
『……ああ』
頷く俺に納得したように頷き返して、エルミアはその瞳を伏せた。
「前に僕達エルフがどうやって魔力を練っているか説明したよね」
『ああ。世界に愛されてるから大気の魔素も自分の魔素も渾然一体だとか』
「うん。それはね、本当だけど全部じゃない」
『なに?』
「僕達が愛されてるのは森。エルフの故郷たるシアルグレイン。そこと僕達は魂で繋がってるんだ」
呆然と見つめる俺にエルミアは続ける。
「自分の内奥から伸びる一筋の穴。それを辿れば、その向こうには懐かしいシアルグレインの魔素が充満している。それを引き出すことで、僕達は溢れるシアルグレインの魔素をどこでも使うことができるんだ」
あの時の自分の感覚と重なるエルミアの説明に唖然とする俺に、だからとエルミアは繋ぐ。
「元魔族の君は、魂で魔界と繋がっているのかもしれないね」
そうだ、と俺は思い起こす。
ありふれて、溢れて。この上なく心強く感じる純粋な力の源。
あれは、紛れもなく魔界の赤き魔素だった。
「思い当たるみたいだね」
俺の反応を見て、エルミアはどこか諦めたように、あるいは悲しむように。
「魔界の魔素の残滓なら、あれが魔族の血が混ざってる半魔の魔素に似ていることの説明がつく」
細めた翠玉の
「このことは僕以外に言わない方がいい。そして、その力も使わない方がいい」
ようやく得たかつての力への道筋を。
力のこもらない掌を、それでも俺は握りしめてしまう。
「君は本当に理解が早い」
悔しがりながら、憤りながら。それでも不満を表さない俺に、エルミアはどこか仕方ないといったようにすら見える微笑みを浮かべた。
「半魔は人族の敵と看做されてる。人族の、それも王族の君がそれに似た魔力を操るというのは、君だけじゃなく、この国にとっても不利益になるだろうね」
予想通りのエルミアの指摘に、俺は内心の憤りを募らせることしかできなかった。
だって、エルミアの言うことはゴート族を守るための力を欲する俺の意志に反していたから。
それでいて、予想できた通り理には適っていて、どこにも反論の余地なんてなかったから。
『なんで俺なんかにそんなこと言うんだよ』
それでも、理解できないその一点。
『なんで俺を殺さない』
この国のため。それは理解した。
しかし、それならそもそも俺を消せばいい。それが一番確実で、手っ取り早く、面倒もない。
「君がそういう子だからだよ」
警戒する自分が馬鹿らしくなるほど、エルミアは優しく笑った。
その笑みは、、どこか楽しそうで、とても柔らかだった。
頭が悪いわけでもないくせに、本当にこいつはお人好しで、それでいて俺をからかってきて。
本当に、どうしようもなく調子が狂う。
俺は諦めとどこかおかしな自分の感情に、もう何度目かわからない溜め息を深々と吐き出した。
※※※
「さて、それじゃあこの国の状況に話を戻そうか」
仕切り直しとばかりに、エルミアはヴァーンハイム王国だという地図の楕円をコッコッと叩いた。
「まず地政学的に言うのであれば、人族の最前線」
最前線。俺はエルミアの発した言葉の意味に眉を顰める。その言葉は、敵の存在を前提としたものだから。
『何との最前線だって言うんだ?』
俺の返しにエルミアは嬉しそうに、あるいは満足そうに笑う。
何かバカにされているようで腹立たしいやら、なぜかくすぐったいやら奇妙な感覚に陥るが、いい加減話を進めたいので俺はただ黙り込む。
「まずこの世界には大きく二つの勢力がある」
俺の反応がないことに特に触れず、エルミアはスッと地図の上から下へ縦に線を引いた。
その半分よりやや大きい側、ヴァーンハイム王国の東端から西側をエルミアは大きく丸で囲む。
「まず言うまでもなく君達、人族。これがこの世界の支配者といっても過言じゃない第一勢力」
王族ですらあの程度の魔素容量だというのに、地上の支配者とは。地上が魔族に蹂躙されるわけだと改めて納得する。
「そして、もう一つがさっき話した半魔」
半分に届かない東の領域を、エルミアは丸で囲った。
『なるほど』
人族と、人族と魔族のハーフが対立していると。
まあ、人族からすれば大昔とはいえ自分達を蹂躙した異界の住人の子どもだ。許容しがたいものがあるだろう。
とは言っても、半分は自分達と同じ血を引いてるわけだが、クリアナのように姿形が違うわけだ。敵対する、殺し合う理由なんてそれで十分というのは魔界と変わらないってことか。
『しかし、エルフといい、半魔といい、人族は魔素で劣ってるのに勢力で勝るってよっぽど数が多いんだな』
「……君って、間抜けなのにホントに鋭いよね」
『一言余計だぞ、おい』
「うん。まあ、君の言う通り人族が数的優位にあるから勢力で勝ってるわけだけど、それは自然とそうなってるわけじゃない」
エルミアはいつも通り俺の非難を無視して話を進める。
『というと?』
無駄なのは理解してるので、俺もたまの非難を引っ込めて、問い返す。
「僕達エルフと違って、半魔は繁殖力で人族より勝ってる。それでも八百年たった今も数で負けてるのは」
そういうことか。俺は無表情のエルミアが次に言うことを察した。
「人族が半魔を間引いてるからだよ」
本当に、何も考えず思い描いていた楽園とは程遠い。
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