こじれた姉妹仲の直し方

星乃森(旧:百合ノ森)

再会

第1話

「おはよう」


 誰にともなく、朝になったのを確認して起きる。

 外は昇ったばかりの太陽が煌めいていて、鳥のさえずりが聞こえてくる。


「まだ6時半……」


 時計を確認すると、30分を過ぎたばかりだった。結構早く起きてしまった。朝食までまだ30分近くは時間がある。

 こんな早朝にすることもないし、適当に準備でもするか。

 手始めに少し冷たい水で顔を洗い、歯磨きを済ませる。備え付けの鏡で寝癖がないかチェックして……よし、今日は上手く眠れたようだ。


「朝はまだ空気が冷たいか」


 窓を開けて雲一つない青空を見やる。

 言うなれば天気は快晴。この時期はまだ朝の風が冷たいけど、アクティブな人にとっては心地良い空気だろう。アタシらのような高校生にとって日中の活動といえば学校に行くことだけから、晴れているからといって恩恵は特にないのだが。


 清々しい空気に身を置きながらアタシの気分はパッとしない。

 学校に行かなければならないから、ではない。厳密に言えばそれも間違いじゃないけど……とにかく今日はなんだかパッとしないのだ。

 吹く風にモヤモヤを吹き払ってもらうがごとく窓から顔を出す。


「おはよ。早いね」

「目が覚めちゃってね」


 外の風を浴びていると後ろから声をかけられた。

 ルームメイトの美里が起きたようだ。時計の針は55分を指していた。

 ぼーっとしている間に朝食の時間が迫っていたようだ。肌寒いし窓を閉めて、そろそろ部屋を出よう。

 洗面所から出てきた美里みさとと一緒に部屋を出て、食堂まで向かう。


「おはようございます」

「はいおはよう。今日も沢山食べてね」


 食堂の栄養士さんにお礼を言いながら、食事が乗ったトレーを受け取る。

 今日のメニューは白米に焼き鮭とワカメの味噌汁、ほうれん草の和え物に冷奴というオーソドックスな和朝食だった。


「いただきます」


 長テーブルに美里と向い合せで座り、食べ始める。

 適当な順番で箸をつついていく。寮の食事だから別段美味しいというわけではないけど、食べられればいいと考える人なら不満もない、そんな味だろう。

 アタシたちはこの味にも中学入学の頃からお世話になっているから、いまさら思うことはない。

 しかし今日はいまひとつ箸が進まなかった。


「凛にしては食べるの遅いね?」


 前に座る美里からも言われた。そう言う彼女はあと味噌汁を飲むだけだった。


「体調でも悪い?」

「いや、至って健康だけど……起きた時からこんな調子。なんでかは知らん」

「無理はすんなよ~?」


 心配そうにアタシを見る美里。無理しているわけではないけど……。

 結局、食堂の清掃が始まる直前になってようやく食べ終わった。


「ま~時間は余裕あるし、ゆっくりしようよ」


 自室のベッドに腰を下ろして美里は言った。

 現在の時刻は40分で、着席必須の時間が8時20分。寮から学校までは5分くらいだから、着替えの時間を含めても美里の言う通り多少の余裕はある。

 とりあえず部屋着から制服に着替えて、教科書やノートなどを通学鞄に詰めていく。いくら寮部屋と学校が近くても忘れ物は忘れ物。近いからといって取りに帰ることは基本的に許されないから、いっそ置き勉をした方が楽かもしれない。

 大体の範囲はもう予習できたしね。


「宿題ってプリントだけだったよね?」

「アタシが覚えている限りではプリントだけだったはず」

「凛が言うなら間違いなしだね」

「アタシも完璧じゃないんですけど」

「授業開始5分前でも凛に教えてもらったら問題ないと思うくらいには信頼してるから」


 いや5分前とか、先生が遅れて来ない限りは物理的に無理だろ。謎の信頼を寄せられても……。宿題が提出できなくても自己責任だからな?


「凛だったらいつも解くスピード速いじゃん?まぁ誰かに解いてもらっても意味ないから自分でやるけどねぇ」

「是非そうして。アタシの解答速度が速くても説明しながらだと終わらんって」


 人任せかつ真面目なルームメイトと必要なものをチェックしていく。

 一通り持ち物が用意できて、部屋を出る時間まで少しゆっくりしようとしたその時。


――コンコン


「こんな時間に誰だ?」


 寮部屋のドアを誰かがノックした。

 時刻はそろそろ8時、皆もうすぐ学校に行こうと寮を出始める時間帯だ。アタシの部屋を通学前にわざわざ訪れるような友達はいないし、通学前に済ませないといけないような用事もなかったはずだ。


 アタシではなく同室の美里を訪れたのかもしれないと思ったけど、本人も不思議そうな顔をしているから違うらしい。

 人並には交友関係のある美里が違うって、じゃあ一体ドアの向こうにいるのは誰なんだ。


「すみませーん」

「……今開けます」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは、同年代くらいの女の子の声だった。柔らかく、しかし芯の強さを感じさせる、女の子の声。

 初めて聞いた感じがしない、どころか、とても馴染みのある声に思えてしまう。


(この声はまさか――いや、こんな所にいるはずがない)


 頭に駆け巡った考えを否定しながら玄関に向かう。

 数瞬の間だけ躊躇った後、思い切ってドアを開けた。


「はいは――いっ!?」


 ドアを開けて、アタシは言葉を失った。

 まさかが的中してしまったから。ここにはいないはずの人物が寮の廊下に立っているから。声だけじゃない、その顔にも見覚えがあるから。

 何より信じがたいのは、その者の服装が見慣れたものだったから。


「どうしたの、凛?おや、その子は……?」


 後ろから顔を覗かせる美里の声が聞こえてきても、アタシは答えられなかった。

 どこか遠い時間軸に立たされたようなアタシを不審がることもなく、決定的な挨拶を放った。


「ご無沙汰しております。姉上」

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