第十五話 その名は……

「しかし、これで漸く腰を下ろせる」


 ハルは部屋の隅に置いてあるベッドに無遠慮に腰掛ける。暫く長い旅路の間腰を下ろせる場面が少なかったから腰を据えたかったのだ。これくらいは、サージェリーも許してくれるだろう。


「未来……あの教会に入ったら突然時間を跳んでここに連れてこられたって事だよね。そんな能力があるっていうの?」


「正直ゼクロスについては謎が多すぎる。法則性も人によって違うみたいだしな。一概に取りまとめることはできん」


 そう言うとハルは紫紺色の粒子を出現させた。


「見た事ない色。新しい能力?」


「未知に対する畏怖を込めた粒子だ。お前と離れていた時にあの感情を忘れる前にと、感情を思い出したら生み出すことに成功した」


 研究や自分の能力に抜け目のないハルらしいと、アキはその粒子を覗き込む。


「不思議なことにこの粒子は8つまでしか生み出せない。その上、」


 ハルは粒子を天井や壁など辺りに粒子を散らす。アキは人の私物を壊したりしないか若干不安げな相好を浮かべる。だが、そこは能力使用者本人のハル。性質も把握し切っているので無論心配には及ばない。


「何に付着しても効果を発揮しない。今までのとは違う類の粒子だ。だが、これにもれっきとした効果がある。どんなものか分かるか?」


「うーん……」


 アキは投げかけられた質問を頭を捻らせ、真剣に考える。


「何か条件があるの?」


「いや。いつでも使える」


 アキはますます分からなくなった。数秒悩んだ後、両手を上げて降参の意を示す。


「お手上げ」


 ハルは8つの粒子をそれぞれ近くに、集める。すると、紫紺の粒子は近づくにつれて点と点の間に線が出来始める。

 丁度粒子が直方体の各頂点に位置すると、薄らと中身の空洞な四角い空間ができた。


 ハルはそれに指で突くもその空間に入る事はできなかった。丁度6面体の面から先を通すことのできないバリアができたのだ。


「へー。その中に物を閉じ込めれば、あのバリア使いみたいなこともできそうだね」


「それもあるが、この能力の本質はそこじゃあない。この使用方法では単に奴より、効果範囲の狭く、通す物の融通もきかない劣化でしかない」


 答えはバリアを張ることなのだと、アキは思ったのだが本人は違うと言う。小首を傾げて口をへの字にするアキ。


「見ていろ。これがこの能力の真骨頂だ」


 ハルがベッドの上に置いてあった枕を紫紺の粒子の空間中に入れる。

 ハルが紫紺の粒子を消すと、それと同時に中の枕まで消えたのだ。


「おぉ。それってちゃんと元に戻せるの?」


「無論だ」


 ハルがもう一度紫紺の粒子に出るように念じると、枕ごと亜空間から六面体が出現した。


「手品みたいだね」


「タネも仕掛けもありませんってね」


 ハルは目を伏せた状態で、半笑いし冗談めいて言う。


 存外ノリがいいハルに珍しいこともあるものだと、アキは笑った。何故だか分からないが今は機嫌が良いらしい。


「私もあなたみたいに多様な能力を使ってみたいな」


「お前の能力は、天候操作と言っていたな?」


「そうだよ」


「別に外の天気を変えるわけでもないのに、なぜそう思ったんだ?例えば晴れの日に雨を降らせたり出来たら納得がいくんだが」


「何で……確かによく考えたら天候操作っぽいことはあんまりしてないな」


 砂嵐を発生させたり、それを固めて土にして相手にはなったり……強いて言えば初めて能力を使えた時に雪を降らせたことは当てはまってるだろうか。


「初めて使用できた時そう思ったからとしか言えない」


「俺も初めて能力に芽生えた時、不思議と自然に自分の能力がどう言う性質のものか、その概形は理解できていた。だからより色々なことを知る旅に出ようと思えた。対してお前は当時の再現しかできないという固定概念に縛られているのだと思う」


 当時とは砂漠で遭難した時のことだろうと、アキは理解できる。そしてその言葉に心当たりもある。自分は、砂嵐と土の操作が今できていて、それと雪を降らせたいとこれからの目標に生きてきた。だが、それはハルの言う通り当時の再現でしかない。私の夢はあの時間に囚われたままだったのだ。


「確かに……言われた通りだね」


 ハルは手持ち無沙汰で寂しかったのか枕を腕に抱く。


「先の戦闘では俺はサージェリーとの信頼関係を築くため、敢えて手を抜いた。そしてこの際これからも緊急時以外は怒りの粒子だけで、立ち回るつもりだ。つまり後方支援を主体とする。元々そういう能力だしな。お前もこれを期に自分の性質を探ってみろ」


 ハルの好意……気まぐれかもしれないが、折角のチャンスだ。アキもこれまで以上に頑張ろうと気合いを入れる。


「にしてもいつになく気が利くね?どんな風の吹き回し?」


「なに。旅路を共にする悩める共犯者……いや、同胞にアドバイスをあげようと思っただけだ。俺は俺の前で自分に自信の持てず、ウジウジしてる奴が嫌いなんだ」


「相棒ではない?」


「同胞だ」


 ハルには謎のこだわりがあるようで、相棒という関係は受け入れてくれなかった。しかし、アキは同胞でも自分を認めてもらえたのが嬉しかったようで、つい笑い声が漏れる。


「フフ。いいよ。相棒になれるよう私が強くなればいいだけの話」


 その時、入室時の時のようにプシューと空気が抜ける音が聞こえた。開いた扉からサージェリーがその姿を見せる。


「待たせてごめんね。お父さんが部屋に来いってさ。許可はくれそうな感じだったから大丈夫だとは思うけど……まぁ念の為だから心配しなくていいよ」


 二人は部屋を連れ出され、近未来的な廊下を進む。


 アジトとは言うが崖に扮して隠していたのだ。何か特別なものが訳があるはずだ。それにこいつの言う父親が許可を出すという。一体どんな権限を握っているやつなのか……


 この施設の責任者なのかもしれないとハルは、考える。


「ここだよ」


 サージェリーが連れてきたのは、先ほどの部屋よりも大きい扉が取り付けられた部屋。金属製で堅牢な印象を受ける扉の奥に、一体どのような人物が待ち受けているのか。

 

「お父さん。連れてきたよ」


「入っていいぞ」


 奥から優しげな声が帰ってきた。そして扉が勝手に開く。二人は先ほどよりも摩訶不思議な空間に目を奪われた。壁にはよく分からない画面がたくさん取り付けられていて、書類らしきものが積んである机も何かを映し出している。


「ちょっと目が痛くなるよね。モニター管理室って」


 軽口を言って場を和ませるサージェリーの言葉は、この部屋の圧倒感で聞き流してしまった。


「サージェリー。その子達がエリア4にいた孤児達だね?」


「うん」


 そう言って机の縁に手を置きながら、目の前の男性は挨拶をする。


「こんばんは。僕は、私設民間軍総指揮官兼アスヴァドル対策課課長、フルーゲル・ソルネイロ。まぁ、こんな肩書きはどうでもよくて単にその子の父親さ」


「えー、サージェリーさんに、迷子のところを保護してもらいました。アキです。こっちの男の子がハルっていいます」


 アキが頭を下げたのを見て、ハルも遅れて礼をする。他人の下手に出るという行為がプライドに障るため、曲げた腰もほんの僅かの角度だけであるが目の前のフルーゲルと名乗る男は気にした様子はない。


「あぁ、いいよいいよ。そんな畏まらなくて。ここはアスヴァドルによって滅びゆく人間たちを良しとしない勇敢な者が集った軍。国立ではなく僕が勝手に設立したものだから、格式張った事はなるべく軍の間でも、取りやめにしてるんだ。その方が円満に人間関係も築けるからね」


 本人がそういうので、敬語は使わなくて良さそうだと目を伏せるハル。

 しかしアスヴァドルとは一体なんなのかと考えている。候補としてはゼクロスに関連するものか、あの機械に関連するものかの二つだ。


「さて、早速君たちの話に移るけど……」


 この施設に滞在させてもらう話。二人はどんな任務が課せられるのかと身構える。


「そんなに緊張しないで。別にとって食おうってわけじゃあないんだ。ここには民間人や難民もシェルターに保護している。当然最初から君たちも受け入れるつもりだった」


 フルーゲルは柔らかい笑みで、二人に語りかける。


「でもね。ゼクロスを持ってるんだよね?君たちも」


「そうだけど」


「能力持ちは人間の中でも、稀有な存在だ。この時代の希望の光であり、それと同時に理りを外れた強大な力を持つ危険分子でもある。だから一般人に紛れ込ませるのも憚られる」


 目の前の男性はそこで、と強調させる。


「君たちを軍ではなく、僕個人が匿おう。こんな事は稀なケースだけど、ゼクロス使いともなれば話も変わってくる。君たちには住所を明かさないワケもありそうだし、そこのところも僕の名義でどうにかできる。どう?悪い話ではないでしょう?」


「対価は?」


 ハルは間髪入れず質問をする。

 ここまでの好条件、俺たちからすれば願ってもない事だが、奴にそのメリットはない。ゼクロス使いが二人……絶対に条件があるはずだ。


「そんなに僕が厳しそうに見えるかい?流石に子供の君たちに、大変な仕事を任せたりはしないよ。でも、もしかしたらサージェリーを通してお願いがあるかもしれない。その時は聞いてくれないかい?」


「それなら構わないが……あまりにこちらに不都合な場合は拒否させてもらう。アンタに対する恩義はあるが、軍に尽くす義務はないからな」


「うんうん。ちゃんと後先考えてるし自分の意見を言える子だ。頼りになりそうだね。僕の娘と違って」


「ちょっと!なんでそこで私を下げるの!?」


「いつも君はフラフラと何処かへ勝手に出かけてしまうじゃあないか。今回もたまたまこの子たちを見つけたという、後付けの大義名分があったものの……次にそんな危険なところに行ったら、お母さんにも伝えるからね」


「……ちぇっ。はーい」


 明らかに反省してるようには見えないサージェリーに父親はやれやれと額に手を当てる。


「それよりもう遅い時間だ。君たちはもう寝なさい。部屋は……どうしよう。空いてるところあったかなぁ」


「今日は私の部屋に泊めてあげるよ。色々話したいこともあるしね」


「ん〜じゃあ、今夜は頼んだよ。布団が足りなかったらリネン室にあるから」


 三人は退出すると、サージェリーの部屋に戻った。


「いやぁ、同年代の友だちがいてよかったよ。周りに全然いなかったからさ」


 部屋に入ると、サージェリーはベッドにドスンと腰を下ろす。

 その後手で自身の隣を叩いて隣に座るように誘う。

 二人はその合図の意図を汲み取って、アキを真ん中にしてベッドに座った。


「ずっと気になってたんだけどさ。君たちのゼクロスってどういう能力なの?軍隊型以外の能力って私初めて見たからさ」

 

 軍隊型……?能力にも分類があるのか。もし全世界の能力をカテゴライズするなら、どこまで細分化すれば仕分けできるのだろう?


「うーん……私は自分とハル以外の能力者をあまり知らないから、系統は説明できないけど……砂嵐を発生させる能力……って言ったら伝わる?」


「ああ!なんかアスヴァドルの足を封じ込めてたね!そんな能力もあるんだ。ハルは?」


 ここでハルはアスヴァドルとはあの怪物のことかと、合点がいった。


「……赤い粒子で触れたものをジワジワと分解することができる」


 ハルは嘘でもないし、それが全容ではないと悟られない妥協点を探し出し、答える。


「いいね。結構便利で羨ましいな」


「そう言うお前は?ネズミを複数体顕現していたが」


「別に特殊な効果はないよ。ネズミの軍隊を指揮する能力。それぞれ歩兵や砲兵、空兵、衛生兵などの兵種が割り振られてるけど……戦闘以外では便利な小間使いって感じ」


「他にもゼクロス使いがいるんだよね?その人達もサージェリーと同じような軍隊型の能力なの?」


「そうだね……私の周りはその通り。顕現できる数や種族、個体の能力差はあるけどもね」


 この時代は戦争が、全世界に広まってるらしい。だから人の心に芽生えた団結力の表れがこの軍隊型の能力なのだろうかとハルは予想した。


「折角のお泊まりだし、寝るには勿体無いよね。ちょっとテレビつけよっか。リモコンリモコン……あった」


 そう言ってベットの近くの棚の上に置いてあった棒状の機械を取ると、黒い画面に塗り潰させている壁に設置された機械に向けた。


「……なんだ。あれは……?」


 ハルはボソッと口にする。突然目の前の壁についた機械の映像が目まぐるしく変わり始めたのだ。それに音声までついている。


『続いてのニュースです。今日大量発生したアスヴァドルによって、今月壊滅した街の総被害額が先月より3倍にまで膨れ上がり────』


『今回のテーマは、対アスヴァドルについて我々が今後どうするべきか、人類に未来はあるのか、専門家も招き議論を────』


『今夜10時ごろの様子です!ご覧ください!先日まで工業地帯として、栄えていた首都が一夜もかからずこの有様に────』


 あの奇妙な絵が動く画面がテレビでそれを遠隔で操作してるのがリモコン……どういう仕組みなんだ?未来の技術とは俺たちがいた時よりこうも変わるものなのか?


「うーん。まぁどのチャンネルもニュースばっかり。それもそうか。生き残ってる電波塔も少ないし、今の時期じゃ報道陣もアスヴァドルの事件関連で躍起になるしね」


 アキがハルに寄り小声で話しかける。


「そのアスヴァドル……が人類の敵で間違い無いんよね?とんでもない世界だね、ここ」


「人の手で作られた機械がどうして人を襲うのか……この時代の歴史背景も知る必要がありそうだ。俺たちがここに連れてこられたのは訳があるはず。まずはこの混沌とした時代で生き抜くことが第一だ」


 ハルはテレビの画面から目を逸らさず、小声で答えた。


「テレビはいいのやってないや」


 そう言ってリモコンの赤いボタンを押しテレビの画面を消す。リモコンをその辺に放り投げるとサージェリーはベットに背中から横たわる。


「ごめんね。せっかく来てもらったのに、大したもてなしできなそうで」


「気にしないで。私もそろそろ眠くなってきたから……リネン室だっけ。どこにあるか教えてくれる?」


「そうだった。案内するよ」


 サージェリーは自堕落な姿を切り替え、ベットから身を起こし立ち上がる。


 壁についているボタンを押し扉を開けると、二人を連れて廊下に出た。


「ここのアジト広いからさ。リネン室も結構遠いんだよね」


 廊下の右側にある網目のついた階段を降る。カンカンと無機質な金属音が小気味よく響いた。


「ここの下は民間人のシェルター。寝てる人もいるから静かにね」


「分かった」


 そのまま廊下を進むと、左右に沢山の扉がついた壁が見える。部屋に番号が割り振られていて、さながら旅館や宿泊施設のようだ。サージェリーが言うには、ここは寝室だそうで一部屋に三段ベットを4つおいてあり、12人ずつ部屋に入ってるそうだ。


 廊下の突き当たりに漸く、目的地があった。リネン室と標識が扉に掲げられている。


 部屋に入ると、目に入るものはいくつかの列に縦に並ぶ仕切りで分けられた棚だった。そこには布団やまくら、シーツなど様々な寝具が保管されている。


「悪いんだけど、私が敷布団持ってくからさ。二人で枕と掛け布団持ってきて。階段がきついと思うけど」


「それくらいなら……ハルは枕をお願い」


 言われた通りハルは両脇に枕を抱え、アキは羽毛の入った掛け布団を両腕いっぱいに抱く。


 リネン室を出た後また、長い道のりを通って部屋に戻ってきた。


「はぁー。よっこらせっと」


 地面にドスンとほぼ自由落下で布団を投げ下ろすと、サージェリーは自分のベットにダイブした。


「重かった」


 二人も続いて部屋に入り、畳んである布団を伸ばして床に敷く。頭のくる部分に枕を置いて最後に掛け布団を、ブワッと風を舞わせながら敷布団の上に綺麗に敷く。


「昔みたいにネットも使えたら、色々できるのに。早く復旧しないかな」


 二人はネットとはなんだろうと考えながら押し黙る。知らない用語がこの時代のどの当たり前や常識に該当するか分からない。下手なことを言って、素性がバレては都合が悪い。

 尤もまさか過去から未来に来ただなんて、誰が信じようか?もし何も知らない自分がそのようなことを言われたら、鼻で笑いバカにするだろう。

 しかし、それが実際に自分の身に起こり得てしまっている。他人事ではなく、笑ってる暇もない。


「明日は何か俺たちに仕事はあるのか?」


 ハルの質問にサージェリーは、長い前髪を手で耳にかけながら答える。


「ないよ。今はまだそんな切羽詰まってないし……そうだねぇ……明日はどうしようかな」


「ならここの施設の案内をしてほしいのだが、お前の予定は空いてるか?」


「あぁ!そうだね!勝手が悪いと困るもんね!明日の午後は私も用事があるから、午前中に案内してあげるよ」


「そうか」


 その後も談笑を続けているうちに、サージェリーはウトウトと船を漕ぎ始めた。先に寝るねと、断ってから布団の中に潜り込んで間も無くそのまま熟睡した。


 ハルはアキも寝たことを確認したのち、自分も肌触りが良く、感じたことのない感触と温もりのある羽毛の布団に包まりながら目を閉じた。





「ん……くっ…!」


 ハルは目を覚ました。暗い一室の中布団をどかして、伸びをする。


 体を起こすと隣のアキを見る。まだぐっすりと眠ったままだ。この部屋には窓もなく上に通気口があるのみ。何時頃かは不明だが、体感5時過ぎ6時前と言ったところ。平時は体内時計で自然と早朝に目覚めるようになっているので、当てにはなるだろう。


「いい寝心地だった。こんなに爽やかな気分で目覚めたのは初めてだ」


 ベッドの上ではサージェリーも布団を蹴飛ばし、足や手をあらぬ方向へ投げ出している。彼女には少々寝汚い印象はあったが寝相も悪いようだ。


「暇だな」


「うげッ!」


 ハルが状態を起こしたままボーと座っているとドスンと、何かが転げ落ちる音と潰れた声が聞こえた。何事かと目を向ければ寝返りを打ったサージェリーがベッドから落ちたらしい。先ほどでも少しズレれば落ちそうな体勢だった。なるべくしてなるだろうと、ハルは大して驚かなかった。


「いったぁ……」


 打ちつけた顎を摩りながら、サージェリーは立ち上がる。


「あ……おはよう……あの、見てた?」


 気まずそうに頭を掻き、照れくさそうに微笑む。しかしその目は、まだ開ききっていない。


「まだ寝ててもいいんじゃあないか?」


「うーん……」


 まだ眠そうにしているので、寝ていてもいいと勧める。サージェリーはベットの傍に置いてあるデジタルな数字が、浮かび上がっている四角い機械を見る。

 まだ5時半じゃんと言う彼女の様子からあれは時計のようだ。これも自分が知っているアナログで羅針盤のような円形をしているものとは大きく異なるものだった。


「いや、折角だから起きるよ。早起きは三文の徳って言うし」


「……何かする事でもあるのか?」


 そう彼女に問えばうーんと目線を右上に上げながら考える。


「私こう見えても機械弄りが得意なんだよね。お母さんに色々教えてもらったから」


「そう言えば、父親は総指揮官と言う官職に就いていたな。母親の姿は見てないが、軍の関係者なのか?」


「うん。お母さんはゼクロス使いじゃあないから戦闘員と言うより研究者だけど。前線でアスヴァドルの侵攻を食い止めるために使う、特攻の武器を作ったり、CPUに汚染された洗脳を解く追究もしたりしてるの」


「そうか」


 ハルは何を言ってるのか理解できず適当に相槌を打つ。未来の発達しすぎた文明の中でも特にアスヴァドル関連は、可及的速やかに調査しなければならないと思い立った。


「例えばこの部屋にあるこのロボット」


 そう言ってサージェリーが指さす先には、頭にプロペラがついた拳大の丸い物体がある。

 

「おいで、ヘミー」


「ヘミミミーン」


 サージェリーの言葉に反応して、頭のプロペラが回転して、宙に浮いたかと思えば球体はサージェリーが差し出した開いた掌の上にゆっくりと降下した。


「これなんか私がもっと小さい時に、お母さんに手伝ってもらいながら作ったものでね。慣性制御やプロペラの回転速度の調整、自動操縦モードへの移行プログラムを組んだり音声認識機能も着けて、今は使えないけどネットワークに接続できたりもする」


「そうか」

 

 ハルは聞きなれない単語ばかりで、もはや話を聞き流していた。もちろん興味はあるし謎の飛行物体に目が釘付けになりすごいと思うのだが、文字通り住んでいる世界が違う。こちらの常識がまるで理解できないのだ。


 未来か……面白そうだと思ったが、そうでも……いや、それは俺が知らないことだらけなだけだ。あの頃だってそうだった。何か本とかないのか……?


「あ!その目は興味ありげだね!」


「あるにはあるが、俺は機械については不得手。お前と合う話は無い」


「いいよ!これから勉強すれば同志になれるかもしれないんだし!このロボットもね、ある昔のアニメに出てきたものがモチーフなんだ!丁度DVDもあるし一緒に見る!?」


 そう言って棚の下の方にある籠からパッケージを取り出す。表紙には何か人型のロボットが描かれている。


「……うむ。そうしよう」


 ハルは一人では相手しきれないと、アキの体を揺すって起こす。


「ん……何?」


「今からディーブイディーなるものを見るらしいが、お前もどうかと誘おうと思った。どうだ?」


「?でぃーぶいでぃー……?」


「そうそう。結構昔のロボットアニメだけど、これが面白くて……アキも一緒に見ない?」


「よく分かんないけど、面白いならいいよ」


 サージェリーはパッケージから円盤を取り出すと、壁に取り付けられているテレビの縁についている細長いカバーを開けて現れた、ディスクの直径に等しい挿入口にディスクを突っ込む。起動音が鳴りディスクがその中へ飲み込まれる。


 リモコンでテレビをつけて、何やら操作をすると映像が流れ始めた。



 

 俺たちは黙ってそのアニメを鑑賞する。昨日のように絵が動き音声が聞こえる。小説の内容を頭で整理して実際の風景を想像する時代から、直接視覚的にストーリーを味わえるとは画期的な時代だなとハルは思った。


 内容はとても難解だが、雰囲気で何となくその面白さは伝わっていた。

 簡単に言えばある組織と対立する組織が、政治的な絡みや人種の格差と差別に対する報復をして、それがきっかけとなり戦争にまで発展する。そして宇宙で巨大な人型ロボットが戦いあう……そんな考えつきもしないし、信じられもしないほど最先端を行く斬新なストーリーだ。そこに正義も悪もなく人間の意地汚さがよく表れている。若干物語意識は強めだが、登場人物の突然戦争に巻き込まれた心情も、痛いほどリアルに描かれている。


「おお……すご……!ゼクロスでも太刀打ちできないんじゃあないか?」


 デザインもさることながらアクションシーンも見事で、ビームの射出されるライフルとビームが収束したサーベル、他にも対艦刀やアンカーなども駆使してロボット同士の戦いを表現している。そして主人公のパイロットも追い詰められてあわや、やられてしまうと言うところで、咄嗟に反撃の手に出るのも危機感の演出が上手くなされている。

 見た事ないものだらけのせいで、刺激が強すぎてとても興奮してしまう。


 そんな白熱していた時であった。コンコンと扉からノックが聞こえる。

 サージェリーはいいところなのにと、愚痴を吐きながら重い腰を上げ、扉の外の様子をインターホンから覗く。


「あれ?お父さん?」


 彼女は扉を開くとそこには、インターホンの画面通り父親が立っていた。


「盛り上がってるところ悪いけどサージェリー。いつまで遊んでるつもりだい?」


「いつまでって……あ!いつの間にこんな時間に!」


 ハルも遅れて気づいたが時計を見れば、もう既に9時を回っていた。


「今回は多目に見るけど、あまり電気を使いすぎないでって言ってるでしょう?」


「その分私が充電してるからいいじゃない」


「それでも使われてる電力は、君だけのものじゃあないんだ。他の一般人が贅沢できない中君だけが優雅に過ごせるのも違うと思わないかい?」


「ケチなお父さんね。私だって働き詰めなんだから羽を伸ばしても構わないでしょ。他の避難民の面倒だって見る時があるんだし……」


 サージェリーはもう一度時計にチラッと振り返る。


「まぁ、時間をちゃんと確認してなかったのは反省するよ」


「頼んだよ、全く。ほら、早く朝食を摂ってきなさい」


「はーい。二人も行こ」


 サージェリーは早足にその場から去っていく。


「ごめんね。こんな娘で。付き合うのは大変だったろ?」


「いや、あのアニメも面白かったから文句はない」


 アキは満更でもない様子で答える。


「そう言ってくれると助かるよ。それより着いていかないと二人に置いていかれるよ」


「あ、じゃあ私はこれで」


 早足に去っていく、ハルとサージェリーをアキは、駆け足で追いかけるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る