遺跡にて
第79話 コラ半島
トキネはロシアにいた。ロシアとは言ってもスカンジナビア半島の付け根部分、イタリアで言うとブーツのかかとあたりにあるコラ半島という場所だ。コラ半島はその殆どが北極圏に入っているため、冬至近辺は一日中太陽が出てこない、極夜と呼ばれる状態になっている。気温も一日の平均気温が-10℃という極寒の地だ。世間にはあまりに知られていないが、最近になってこの地にはピラミッド状の遺跡が発見されている。場所も場所なので発掘調査は殆ど手つかず状態であるが、彼女の目的地は発見されているピラミッド状の構造物の更に奥地にあった。
「豊ちゃん付き合ってくれてありがとう」凍り付いた平原とでもいう場所に着陸したヘリから、降りる間際に中にいた三船豊水にトキネは声をかけた。
「本当に大丈夫かい?こんなところ、いくらトキネちゃんでも何もなければ三日と生きてられないよ。ここに比べれば気仙沼なんて熱帯地方だ」
「ちゃんと招待状をもらって来てるんだから大丈夫でしょう。日時は問わないってなってたし…」
「日時を問わないなら、もっと暖かくなってからにすればいいのに…大体この季節は北極圏は極夜だよね真っ暗だ」
「うん。見えない向こうに僅かな光が…真っ暗だから見えるんでしょうね。最も座標を教えてもらってるから迷うこともないけれど…」
「ま、なんかあったら衛星携帯で連絡してよ。一週間ぐらいはロシアに滞在してるから」
「付き合わせてごめんね」
「いいよ。僕もこの現象が何なのか知っておきたいし…、ロシア女性は美女ぞろいだからね。冬のバカンスもいいもんだ」そう言って三船はサムアップのポーズを取ると、ヘリに乗ってその場を立ち去った。残されたトキネは暗闇の中、灯りの見える方向へと歩を進める。暗みと言っても完全な闇ではない。日が暮れた後、もしくは日の出前の薄暗い状態がずっと続いている感じだと表現すればいいだろうか、もう100年以上前にこんな光景を見たことがあったような気もするが、はっきりとは思い出せない。
トキネの元に招待状が届いたのは、草壁の披露宴から十日以上経った頃だった。差出人は『四賢者』とだけなっていた。それだけであれば誰かのイタズラかと思う所だが、署名には披露宴の席で会ったサタジット・レイの名と、更に連名でドナルド・ソロスの名もあった。なぜその二つの名前が並んでいるのかはトキネには分からなかったが、『知りたいことは全てここにある』というメッセージがトキネの心にはひっかかった。招待状には 今向かっているロシアのコラ半島の座標が書かれていた。ドナルド・ソロスに関しては、以前から面識があるが冗談でこの手の事をする人間ではないのは知っている。サタジット・レイについても、先日の披露宴の席で、手合わせをしなくてもその実力は感じ取っていた。そうしてなぜか自分と同じものを感じていた。
小一時間程歩くと光の元へと辿り着いた。小さなピラミッド状の岩の塊のように見えるそれは、眩しいほどではないがぼんやりと光を発していた。周辺は多少起伏した地形で、人間の足であれば何という事もないが、他の移動手段では近づくのは難しそうな所であった。
特にその岩の塊には出入り口になるような穴は開いていなかったが、誰に何を教わるわけでもなく、トキネはその表面にそっと手を触れた。不思議な感覚であった。その感覚をトキネは以前感じたことがあった。それは随分と昔の事で懐かしい感じがした。触れたとたんにトキネの目の前の風景は暗転して何も見えなくなった。しかし数秒と経たず目の前には光が広がる。そこは何というか光る石畳の上に広がる空間だった。そうして柱のようなものは見当たらないのに恐ろしく広かった。天井はかろうじて視認できるほどに高い。
空間の他には何も存在しない…いや唯一存在している人影があった。それはサタジット・レイだった。
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