第19話 マーリンVSカズマ
会場のブーイングが納まったところで、次に戦うマーリンとカズマがリングに入ってきた。二人とも同じような暗い色のジャージを着ている。見た目的にはかなりの地味さだ。さきほどのホーガンは完全にレスラースタイルで、対するトキネさんの猫マスクと深紅の柔道着の後なのでその印象はなおさら大きい。二人の簡単な紹介が会場に流れる中イリヤが技についてトキネさんに聞いている。
「相手の心臓の鼓動をよく聞いて、心臓が収縮してから元に戻る1000分の15秒の間に、左心室の上に衝撃を与えてやると止まるのよ」それを聞いてイリヤとダニエルはメモをとっているが、それは普通の人にはできそうにないので無駄じゃないだろうか。というかそもそも相手の心臓を止めてしまうような技は、使う場所が無いだろうにと僕は思った。
リングではマーリンとカズマの戦いが始まっていた。表示されたオッズはほぼイーブンだった。四合会の話は別として、元軍の特殊部隊だった人間と互角にやりあえると評価されているのであれば、このカズマという男は組織の内外でかなり評価の高い人物なのだろう。予選のトーナメントでかなり活躍していたのかもしれない。
そのカズマという男の戦い方は格闘技というよりは完全に喧嘩スタイルだった。殴り掛かる動作はかなりの大振りだ。蹴り技も動作が大きい。しかし見たところマーリンは避けるのに精いっぱいという感じだ。
イリヤが言うにはカズマの動きは大きいものの、かなりトリッキーだという事だ。格闘技を習得している者にはそれが逆に戦い辛いという事だった。しかしその言葉を遮るようにトキネさんは言った。
「違いますね。マーリンの方はカメラでアップになるたびに、瞬きでモールス信号送ってます」
「誰に向けてですか?」僕がトキネさんに尋ねる。
「まぁ私でしょうね。…面白い」トキネさんはニヤリとまたぞろ怖い笑顔を見せる。
勝負の決着は平凡なものだった。カズマのハイキックを避けて、軸足を払ったうえでマーリンが寝技で頸動脈を締め上げた。とにかく二つの戦いの決着がついたところで、次の戦いまでは1時間の休憩となった。トキネさんはマーリンとカズマの戦いに決着がつくと、パウダールームに入って来るときに着ていたドレスとサングラスに戻った。
「さっきのファイトマネー持ち帰るわけにもいかないから、カジノでパーッと使っちゃいます」そう言って係員に話してファイトマネー分のコインを受け取ると、VIP席のある二階から下に降りて、リングの外側に広がるカジノゾーンへと行ってしまった。
トキネがカジノコーナーの割と外れの方にあるスロットコーナーに行くと、そこには黒いスーツ姿の男が座って、コインを入れてはスロットをまわしていた。トキネはその隣に腰かける。
「あなた四合会からのゲストって事だけど、確か王(ワン)の側近よね。前に会ったときから顔も名前も変わってるから最初分からなかったわ。瞬きのモールス信号の通りスロットコーナーまで来たけど私に何の用かしら?気軽に呼び出されても女はね、着替えたりするの大変なのよ」トキネは男にそう語り掛けた。そう、男は服装は違っているものの先ほど闘技場で戦っていたマーリンだった。
「御足労頂きありがとうございます。マーリンの方が元々の私の名前です。顔は確かに何度か変えてますが…」そう言ってマーリンはトキネに軽く頭を下げてから続ける
「王会頭からの伝言です。昨日の件はすまなかったと。ハオランはあなたの好きなようにしていいとのことです」それを聞いてトキネはニヤリと笑う。
「日本を任せてはいるものの、ハオランは言う事を聞かなくて会頭も頭を抱えています。昨日の件を知って急遽私がお灸をすえるために日本に送られました」マーリンはそう続けた。
「まぁ王(ワン)が私に手を出してくるとも思ってなかったけど、そういう事なわけね…で、あなたはもう棄権するのかしら?」トキネはマーリンに聞く。
「いきなり今朝香港から日本に行けと言われて少々虫の居所が悪かったんですが、先ほどあなたがトーナメントに出ていることを知って、幸運の神に感謝しました」香港から来たというマーリンはイギリス紳士の様な丁寧な物言いをする。
「マスクしてたのになんで私だって分かったのかしら?」
「意識的に心臓震盪を起こさせるとか、他にできる人に心当たりがありません。できれば私にもひと稽古つけていただければ、日本に来た甲斐もあるというものです」
そう言ってマーリンは席を立ち、歩き去っていく。しかし、数歩進んだところで立ち止まるとトキネの方を振り返ってこう言った。
「深紅の道着をまとったあなたもソービューティフルでした」
トキネは紳士の佇まいをまとった男の発言に一瞬怯んだが
「私、歳下には興味ないんで」と笑顔と共に返した。
先ほどのマーリンの戦いが終わってから一時間後に、トーナメントの決勝戦は開始された。トキネさん…もとい猫娘VSマーリンである。オッズは相変わらず大きくかけ離れているが、それは先ほどの心停止がトキネさんの仕業であることがばれていないという事だろう。
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