ゆうせか!

山田あとり

1 郵便屋さんの背格好


 この町には港があった。

 百千の船ももちふねが出入りする、にぎやかな桟橋。

 海に開けた広い空は、抜ける青だ。時折響く汽笛の声が、高く低く、群青を震わせていた。

 空気が橙色に染められる時間になれば、波間にも夕陽のかけらが輝き漂うことだろう。



 その汐の香る港から少し離れた商店街を、一羽のミミズクが歩いて行く。


 ぽてぽて。ぽてぽて。


 コロンと丸い体つきに小さな翼。背中は焦げ茶だが、胸のオレンジ色の羽毛が鮮やかだ。そしてキョロリとした瞳には、いたずらな光があふれていた。


 てちてち。てちてち。


 歩いていく彼の名は、R.B.ブッコロー。この町で郵便配達をしている。

 のんびりトコトコ歩きつつ、ななめに掛けたカバンから町のみんなに手紙を届ける。その手紙の束の中に、外れ馬券が挟まっていることがあるのはご愛嬌。


「マッツォさ~ん、こんちゃっ! 今日はあんまり手紙がないよ~。営業がんばろッ」


 ブッコローがヒョイと郵便物を手渡したのは、商店街の本屋さんユウリンドーのご店主マッツォ・ノーブだった。


「そう言うけど、ブッコロー。もう本の注文も仕事の相談も、みんなネットとメールになっちゃったんだ。ブッコローの仕事だって減ってきてないかい?」


 マッツォは丸顔の、ニコニコしたおじさんだ。楽しそうな事を思いつくと「やってみよう!」と無茶ぶりしたりする。

 そうやって始めた書籍紹介動画は、6本配信してチャンネル登録が二百数十。爆死といえるだろう。広報のイクさんは困っているけど、それでもマッツォは怒らない。気のいい人なのは間違いなかった。


「うんうん、手紙の取り扱いは減ってるよねェ。だからカバンは軽いし、ゆっくり配達できるし、いいことずくめよ?」


 ブッコローは配達カバンをペシペシ翼で叩いてみせる。それをマッツォの後ろから、ジッとのぞく眼鏡の少年がいた。


「お? その子、新しい店員さん?」

「ああ、ヒロっていうんだよ」


 ヒロは困ったような顔でブッコローを見て、ピョコンと挨拶した。

 ノリのいいミミズクに困惑気味だが、小さな目でじいっとブッコローを観察している。その視線は意外と鋭かった。でもブッコローは知らんぷりでヘラヘラ話しかけた。


「ヨロシク~。でもさあ、紙の本ってこれからの時代、大変じゃん。なのに本屋で働くとか、よっぽど本が好きなんだ」

「あ、いえ。僕は――ペンとか、封蝋とかが好きです」


 ズコーッ。

 ブッコローが大げさにコケてみせる。軽く昭和のかほりがした。

 しかし封蝋とは。


「昔の貴族かいッ」


 ブッコローは羽ばたいてツッコむ。

 となると、ペンはもしや鳥の羽ペンか。ブッコローの翼がチクンと痛んだ気がした。


「今はシーリングワックスって言いますね。あと羽ペンより、万年筆とか――ガラスペンとか、好きです」

「ガラスペン! ほほー、なんつーか尖ったシュミの店員さんが入ったじゃーん。マッツォさんのとこ、これから高級文具屋さんになっちゃうんじゃないのォ?」


 茶色い羽でウリウリとつつかれて、ヒロは眉をしかめた。その表情が悲しそうに見えて、ブッコローの心に引っ掛かる。


「うちでも文房具は売ってるし、少し変わった物を増やすのも面白いかもしれないな」

「出た! マッツォさんの、やってみよう精神!」


 ケラケラ笑うブッコローだが、ヒロはやはり硬い表情を崩さなかった。


「ま、変だろうが面白かろうが、ヒロくんのやりたいことやってみなよ~」

「やりたいことなんて……」


 ペシペシと背中を叩くブッコローに、ヒロはうつむき加減で尋ねた。


「ブッコローさんは、ミミズクですよね」

「おう、そうだよ?」

「郵便配達なら、空を飛べば早くないですか?」


 唐突に鳥としての存在の本質に切り込んできた。何だよー、この子ー。


「あのねェ、鳥が飛ばなきゃダメって誰が決めたの? 飛ばなくたって配達できるんだから、いいじゃーん」


 ブッコローは翼をすくめて頭を振る。アメリカンな感じの、あれ。だがヒロは早口の口で言いつのった。


「飛ぶのは苦手ですか? 丸いし。羽、小さいし」

「うっわキッツ! 背格好見て苦手って決めつけるなんて、ひどくない?」

「……ごめんなさい」

「そりゃ飛ぶの上手くないけどね!」


 胸を張るブッコローは、ミミズクだがハト胸になった。いや、上手くないのかい。


「それでもいいんだよォ。飛んで、歩いて、どうやってもね。仕事はこなしてるんだからさァ」


 のらりくらりと答えるブッコローに、ヒロは口を開きかけた。だが何も言わずにまた黙り込む。

 ブッコローはそれを横目に、じゃあ、と歩き出した。テクテクと仕事に戻るのだ。


 商店街の緑の並木と、本屋の赤いオーニング。その下に立ち尽くすヒロ。


 何を抱えちゃってるんだろうねェ。

 後ろをチラリと振り返ったブッコローは、生真面目そうな少年の心を思って微笑んだ。


 これがブッコローと少年――ヒロ・コーカザキの出会いだった。


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