星降る街

@wakumo

第1話 ラブレター

 ため息の後見上げるどんよりとした空…この夜空から、遥か遠く離れた田舎の町に私の両親は暮らしている。向こうは今夜、一面の星空だろうか?

薄紫色の孤独な空。窓の下からひんやりした夜風に乗って、かすかに低く、霜よけの扇風機を回すモーターの音が響いていた。

 ちょうど一年前、高校二年の夏休みをひかえた頃、父さんの転勤が決まった。当然私は此処に残る。今度の転勤はついていかない。そう決めていたから…二人はあわただしく札幌に向かうことになった。

 父の仕事は天文観測。観測所と軒続きの家で暮らしながら昼も夜も関係なく仕事に没頭する。ご飯を作る母の仕事は父にとって必要不可欠だから…だって、僻地の野中の一軒家に、ご飯の世話をしに来てくれる人なんていない、何処にでも母さんがついていくしかなかった。

 母さんは受験前の大事な時だからと私のことを心配していくれたけど、それは気にならなかった。私は一人こっちに残って、おばさんの家から高校に通うことにした。小、中のあいだは転勤にくっついて何処へでも気軽に行けた。でも、さすがに高校を途中で変わるのはおっくうだった。

 一人でも大丈夫。おばさんはすごく楽しいし。仕事も手伝わせてもらえるし。バイトして、お金を貯めて、ひとまずやろうと決めていることがあるんだ。そのために忙しい毎日を元気に送っている。

 引越して少し遠くなった学校からのバス通りを、あちこち眺めながらながら帰るのに解放感を感じていた。

「晴子!」

 友達の早苗に呼び止められる。

「ごめん急いでるの。バイトの時間に間に合わないよ。面談長くなっちゃって」

「なんだ、また今度付き合って」

「うん、わかった」

 私は階段をつっ走って下りた。下駄箱の蓋を開けるとまたいつものラブレターが入っていた。

「もう、また入ってる。どうして私なんかにこんなことするのかなあ」

 手紙の主は野球部の坂上君。これで何通目だろう。二年の時に同じクラスになって以来このラブレター攻撃は休まず続いている。

 手紙もらうのはいいけれど、返事なんか書けないよ。勉強も忙しいし、バイトだってあるし、何処か行ってる時間なんてない。今だけ楽しもうとは思えないし。

 慌ただしく手紙を鞄の中に押し込んで学校を飛び出した。

 ため息をつきながら、それでもひとまずは読んでみようとバスの中で手紙を開けてしまう。なのに、手にしたときからそうと思いこんでいたいつもの手紙が。坂上君からの手紙じゃなかった。

 綺麗な字。いったい誰から?……慌てて封筒の裏を確かめると、信じられない。私が高校に入学して以来ずっと、密かに憧れている、天文部の山井君からの手紙だった。

 山井君が……何で私なんかに。私はドキドキしながら手紙を開いた。

  

いつも忙しい芳野晴子様へ

 この前の「天の川の会」は楽しかった。何年かぶりで七夕の日が晴れて、その気にさせてくれる七月七日だったね。

あいにく曇っていて星は見えなかったけど……七夕の日が晴れるのはちょっと嬉しいです。気持ちが上ずってそわそわします。

 話は突然だけど、良かったら僕と交換日記しませんか?忙しそうな君と話すにはそうでもしないと駄目らしい……

 野球部の坂上が君にぞっこんなのは聞いてます。それにずっと反応してないのも知ってます。

 僕もパスかなあ……でも僕は、君と交換日記してみたいと思っています。   

                            山井 良


 カーッ!憧れの山井君からのラブレター?私と交換日記したいって書いてある。こんなことってあるんだ。ずっと目で追ってた山井君……でも、憧れるのと付き合うのは絶対違う。交換日記ってただの友達としてって訳にはいかない。それに、本当、坂上君、怒るよ。ずっと無視してここまできたんだから。

 私は手紙を何度も読み返して、新たなため息をついた。嬉しいけど憂鬱。美味しそうだけど食べられない。ダイエット中のケーキみたいなそんな情けない気持ちだった。

 ラブレター作戦は坂上君の専売特許だと思ってたのに、まさか、山井君がこんなことするなんて信じられない。

「ハァ~坂上君が毎度靴箱にラブレター入れるのみんな知ってるからな~」

 明るい元気な坂上君の顔と、落ち着いた端正な山井君の顔が二つ交互に私の頭にちらついた。坂上君がタイプじゃないっていうか、友達としか思えなくて付き合えないって言うのもあるけど……それよりも私は、まだ誰にも言ってないけれど、今年一年こっちでやって、高校が終わったら北海道へ行こうと思っているんだ。

 だから、後ろ髪引かれるような付き合いは出来ないって思っている。適当に高校の間だけ付き合ってその後はさよならなんて寂しすぎる。そんなの何もしない方がましだ。

 無理に吹っ切って手紙を鞄に入れて、頬杖をついて外の景色を見た。

 遅かった梅雨がようやく明けてバスの車窓に抜けるような青空が広がっている。

早く帰ってバイトバイト。私は忙しくしてるのが性にあっている。考えたって上手く行くわけ無い。そのほうが勉強にも減り張りがつくから……冷房の吹き出し口からの冷気がひんやりとして少し肌寒かった。

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