第20話 訪問者だよー

 何がどうしてこうなったのか、うちの学校の剣術科目の特別講師なんてものになってやってきたオーランドくんゆかりのヒノモトの美女・サクラ先生。

 日常で美女を拝むことができるんだからそれはとてもうれしー! ってなるんだけど、なんで……? って思いもある。

 

 首を傾げながらもついつい、またしても胸元に視線を吸い込まれそうになってしまうのを抑えていたら、ふとした拍子に目が合ってしまった。わあ、ちょっと紫がかったきれいな瞳ー。

 

「────え」

「?」

 

 と、何やらサクラ先生の様子がおかしい。僕の顔を見るなり目を見開いて、呆けたように動きを硬直させている。

 もしかしたら僕が先日、オーランドくん達に絡まれていた哀れなか弱いDランク冒険者"杭打ち"だと気づいたのかな? かなり至近距離でひそひそ話したし、目元とかもじっくり見られてたから勘の良い人だと分かっちゃってもおかしくない。

 

「…………」

「! …………」

 

 念のため、小さく唇に指を当ててしーっ、黙っててねとジェスチャーを示す。伝わるかどうか不安だけれど、今はこれに賭けるしかない。

 一応僕が、正体バレを望んでないってのは知ってるはずだ、彼女も! っていうかこないだそれでキレてたんだから、知らなかったでござるは許さないでござるよー!

 

 祈るような一瞬。たしかに僕とサクラ先生は目と目で意思疎通を果たした……ように思う。

 少しの硬直を訝しんだか、ナルタケ先生が先生に尋ねた。

 

「ジンダイ先生? どうされました?」

「えっ……あ、いえ。なんでもないでござるよー。いやー、拙者もなかなか天運に恵まれてるでござるとつい、悦に浸ったでござるー」

「は、はあ……天運?」

「ござるー」

 

 よっしゃ勝ったー! 僕の正体は守られた、サクラ先生は空気の読めるタイプの美女だった! わーい!

 内心大はしゃぎの僕。これで近くに誰もいなかったら喜びの杭打ちダンスを披露してたよー。

 

 いや~よかったー。本当に助かった、僕の学生生活はこれで安泰だよー。

 限りない感謝をサクラ先生に捧ぐ。美人な上に僕のことを助けてくれるとか女神じゃん、告白するしかないよこんなのー。

 

「おーし紹介も終わったしホームルーム始めるぞー。えーと、まずもうあと一週間で夏休みだが────」

 

 挨拶の終わったサクラ先生は脇に控えて、ナルタケ先生によるいつも通りのホームルームが始まる。

 でも僕はすっかり胸が高鳴っちゃって、先生をチラチラ見てばかりでぜーんぜん、ホームルームの内容なんて耳に入らないのでしたー。

 

 そして放課後、いつもの文芸部の部室。

 僕とケルヴィンくんとセルシスくんは今日も今日とて放課後1時間くらい、ダラダラお菓子でもつまみながら雑談するという堕落しきった部活動を行っていた。

 

「それで? ソウマくんは一体いつの間にあんな、ヒノモト美人とお知り合いになってたのかな?」

「ジンダイ先生、ホームルーム中ずっと君を見てたぞ? いやあ羨ましいよ親友にもついに春がきたのかーはははー」

「棒読みやめてー? 心にもないこと言うにしても、せめて感情は込めてー?」

 

 僕ら3人だけの部室内。今回の話題はといえばもちろん、サクラ先生と僕の関係についてだ。悪友二人の楽しそうというか、玩具にしてやろうって感じの爽やかな笑みが実に友情を感じさせるね。

 いやー、でもなんか優越感だなー。ミステリアスでエキゾチックな美女とお知り合いの僕! かーっ、いやもう照れちゃうねっへへへー。

 

 まあ実際のところは知り合いと言うにも当たらない、本当にいくつか会話しただけの相手だけどね? これで根も葉もないデタラメを並び立てたら、たぶん当のサクラ先生ご本人様にカタナでぶった斬られちゃいそうだ。

 というわけで満更でもない素振りもほどほどにして、僕は二人に事情を説明した。数日前にばったり出くわしちゃったオーランドくんハーレムパーティーとのいざこざの中で、庇ってもらっただけの関係なのですよー、と。

 

「かくかくしかじかあれこれどれそれ──ってわけでね? 残念ながらなんていうか、そんなに大した関係でもないんだよねー、実はさ」

「だろうとは思ってた。本当にただならぬ仲だったら君、朝一にドヤ顔して自慢しに来てたはずだしね」

「そうだな。そして勝手に思い込んで告るね! とか言って放課後突撃した挙げ句、オーランドとのキスシーンを目撃してしまい泣きながら帰ってくるまでがお約束だ」

「どんなお約束!? ジュリアちゃんの話はやめてよー!!」

 

 ああああ未だ傷心癒えぬ僕の心に塩を塗りたくって友人達が、悪魔の笑みを浮かべているうううう!

 

 ジュリアちゃん相手に失恋した日の前日、彼女とたまたま帰り道が一緒になって談笑しながら帰ったことで浮かれきった僕の黒歴史を、これでもかと擦ってくるとはなんて友人達だ!

 今になって冷静に振り返ると自分でも、高々一緒に帰ったくらいであのレベルの突っ走り方はないなーって思っちゃってるから余計にダメージだよー!

 

「ああああ穴があったら入りたいいいいい」

「ほぼ毎日入ってるじゃないかソウマくん」

「町の外の至る所に空いてるぞソウマくん」

「ああああそうだよ入ってるんだった僕うううう」

 

 そうだったー! 恥を忍ぶにはうってつけだよね、この町。

 とまあこんな感じのいつものやり取りを、お菓子を頬張り紅茶を飲みつつ楽しんでいたその時だ。

 唐突に部室のドアがノックされ、僕らはそちらを振り向いた。

 

「こんちは~でござるー。杭打ち殿いらっしゃるかなーでごーざーるー」

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