ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

てんたくろー/天鐸龍

第1話 失恋したよー

 夕暮れ時の教室。忘れ物を取りに戻った僕は見てしまった。

 真面目で堅物で、でもおさげが可愛いメガネの委員長ジュリアちゃんが、学校一の人気者オーランドくんとキスしているところを。

 

 つまり、そう。

 僕ことソウマ・グンダリはまたしても失恋してしまったというオハナシでした。

 

「ああああまた振られちゃったああああ」

「何日ぶりの何回目かなソウマくん」

「さすがに失恋のスパン短すぎるでしょソウマくん」

 

 その翌日の放課後、僕は文芸部の部室で悪友二人を交えて盛大に失恋の痛みに咽び泣いていた。

 痩せぎす眼鏡のケルヴィンくんと、太っちょ大男のセルシスくんだ。今年の春からの知り合いでそれぞれ僕がスラム出身、ケルヴィンくんが平民、セルシスくんがお貴族様と身分自体が違うというのに、なんでかすっかりとは気が合う親友同士になっている。

 

 そんな親友達でも僕の、入学3ヶ月目にして通算10度目の失恋ともなるとすっかり慣れた反応しか返してくれなくなっている。薄情な話だ。

 まあまあ聞いてよー、と二人を呼び止めて僕は大好きだったジュリアちゃんが昨日の夕方、教室でオーランドくんとイチャイチャしていて僕の心が粉砕されちゃったという悲劇について詳らかに説明した。

 

「──というわけなんだけど分かる? 僕のこの苦しみと痛み」

「毎度のこと過ぎてなんとも。というかまたオーランドか」

「何人引っ掛けてんだあのクズ。そして何人惚れた女掠め取られてるんだソウマくん」

「言わないでもらえます!? 8人目だよー!!」

 

 たまたま、本当にたまたまだけど!

 この迷宮都市第一総合学園に入学してからの3ヶ月で、僕が惚れた女の子の実に8割が例のオーランドくんと交際しているという事実!

 いやどーなってんだろうねホント。いつからこの世界はハーレム野郎の天下になってしまったんだろうねー。

 

 心優しいセルシスくんをしてあのクズ呼ばわりするほどの例の彼。オーランド・グレイタスという名のとんでもない女誑し。

 彼はなんと世界的にも有名なSランク冒険者を両親に持ち、自身もすでにAランク冒険者として世界に名を馳せているというスーパー御曹司くんだったりする。

 

 それゆえかやたら言動が高慢でナルシストで、しかも美女美少女と見れば見境のない脳味噌下半身野郎ときた。

 彼もこの学校に通っているわけだけど、すでに学校中のめぼしい美人どころは大体彼にロックオンされているという凄まじさ。特に同学年の子は大体堕ちていて、ジュリアちゃんもその一人というわけだった。泣きそうだよー。

 

 当たり前だけどそんなだから男子学生、教員、あと彼の眼鏡に適わなかった女子達から蛇蝎のように嫌われているんだけれど……親の名声とAランク冒険者という立場がハンパないみたいで、誰も何も言えないという地獄めいた有様になっている。

 僕も一応冒険者してるし、彼のご両親とは知り合いなんだけど会う機会がないからなあ。一度マジでチクってやりたい気持ちで一杯なんだけど、その日はいつになったら来るのだろうか。

 

 はあ、とため息を吐いて僕は窓から外を見た。夕焼けが迷宮都市を鮮やかに照らす光景は美しいけど、僕の心は晴れないままだ。

 肩を落として涙する僕に、ケルヴィンくんもセルシスくんもやれやれと首を振る。

 

「ソウマくん、オーランドのことは除いたとしても君も君で少し、惚れやすすぎるし理想が高すぎるぞ」

「オーランドに見初められるようなレベルの女子が、言っちゃ悪いが君を選ぶ理由なんてないだろ。学生としては元より冒険者としても、社会的には向こうのほうが上なのはたしかなんだから」

「ああああ容赦ない御指摘いいいい」

 

 直球で身の程を知れと言われてしまって心が苦しい。ああっ、情緒が不安定になっていくよー!

 たしかにそうだけど! 僕は同年代に比べても小柄だし童顔だしヒョロいし、イケメンでもないし頭もそんなに良くないし! 冒険者としても、やっこさんはAランクだけどこっちはDランクだし!

 

 いや、ランクについては明確に向こうがズルしてるんだけどね? 普通、18歳を迎えて成人するまでは誰であれDランクが上限として定められているし。

 多分親御さんが動いた結果のAランクだと思うんだけど、これについてもあの人達にいずれ抗議したい。これはやっかみとか抜きにしても酷いし。頑張ってる僕とか同年代の冒険者達が馬鹿みたいじゃないか。

 

「大体、僕の見立てでアレだけど彼にAランクになるだけの実力なんてないよ。ぶっちゃけ僕より弱いと思うよ、彼」

「ものすごい願望混じりの予測だし、なんの比較対象にもなってないぞ"杭打ち"殿」

「ソウマくんが地味ながら将来有望な冒険者らしいのは僕らも知っているけど、どのくらい信憑性のある見立てなんだろうねえ」

「ぐうの音も出ないよー。ていうかそんな有望でもないんだよなあ僕ぅ……」

 

 僕も僕なりに10歳から今に至るまでの5年、頑張って冒険者をしてきたからかいつの間にやら"杭打ち"なんて異名で呼ばれるようになっていたりする。

 Dランクとはいえ実力はもっと上にあってもおかしくないと自負しているけれど、それでも誰かに期待されるほどの器でもない。どこから出たんだろ、将来有望だなんてさ。

 

「ま、次からはもう少し地に足の付いた理想を懐き給えよ親友。今回のことは早めに忘れろ、はなから高望みだったのさ」

「それこそ明日の休みに迷宮に潜るんだろ? ストレス発散に暴れてきたらいいさ。そしたら来週明け、また元気な姿を見せてくれ、親友」

「うう、友情が夕焼けより目に染みる……」

 

 肩を叩いて慰めてくれる、親友達にただ感謝を抱く夕暮れ時。

 世界最大級ともされる地下迷宮が存在する都市、ゆえに迷宮都市と呼ばれるこの町で、僕の人生はまた一つ傷と癒やしを刻むこととなった。

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