第41話 肩犬

 最近、肩こりがひどい。

 事務仕事ばかりだろうか。冷房で冷えてしまったとか。


 俺は、PCのモニターから視線を外して遠くを見るようにして天井を見上げた。

 首を回すと、鳴らすつもりはないのにバキリと音がなる。


「お前それやめろよ」


 隣の席の同僚が、あきれたようにそんな事を言う。


「鳴らすつもりはないんだよ」


「ペットロスなのは分かるけどさ、首鳴らすのは危ないって」


 な?と同僚は共感を求めてきた。

 そういうんじゃないけどな、と思いながらも、俺は頷いた。


「気を付けるよ」


 子供の頃から飼っていた犬のシバが死んだのは先月のことだった。寿命だったし、上司の理解もあって一週間ほど忌引き休暇をもらった。


 大人になってから、実家にいるシバに会いに行かなかったのをとても後悔している。

 よくインターネットで見かけるように、シバが俺の帰りを待って亡くなることはなかった。本当に前日までご飯をばくばくと食らっていたという。


 親父なんかは「さすがうちの犬だ」と言っていた。


 それにしても首から肩がこる。

 駅前にあるチェーンのマッサージ店にでも行ってみるか。


 俺は休日に駅前に向かう。今日は歩行者天国か、通りには人であふれていた。仕事ばかりで気づかなかった。


「兄ちゃん、おい、そこの」


 女性の声に振り向くと、ヒョウ柄の服を着たおばちゃんが手相占いの店を出していた。おばちゃんは手招きしている。

 ”飴ちゃん”でもくれそうだな、そんな事を思いながらも『占い師に呼び止められる』そのシチュエーションに、少しわくわくした。


「何ですか?」


「なんかついとるで」


 あぁ、そっち系か。

 霊感商法じゃないか。


「肩重いやろ」


「はい、まあ」


 いわゆる見えないもので不安をあおる詐欺の一種だろう。その定型文ままの言葉に、笑ってしまいそうになった。


「う~ん、うんむむむ、獣……犬やな……」


「ははは」


「いつもは話しかけないんやけど……、なんか伝えたいことがあるらしくてな。うちはあんま聞くのは得意じゃないんやけど……むむむ」


 わざとらしく大げさな悩み方、だけれど『犬』と言われ少し嫌な気持ちにもなった。シバのことを利用された気分だ。


「これは……ジャーキー!」


「は?」


「ジャーキー食べたい!」


 俺が呆気にとられていると、おばちゃんはキャキャと高い笑い声を上げた。


「ジャーキーかい!!」


 セルフツッコミをするおばちゃんを無視して、俺はこの場を去るタイミングを探していた。詐欺じゃなくて、宇宙と交信しちゃうような人なのかもしれない。


「じゃ、じゃあ僕はこれで……」


 マッサージ屋に行ったとして、帰りにもおばちゃんがいたら怖い。俺はそのまま家に帰ることにした。

 きゃっきゃとはしゃいでいたおばちゃんはニヤリと笑った。


「柴犬だからシバって安直すぎ」


「なんで……」


「帰るんやろ、これ以上は金とるで~。肩犬がよっぽど言いたいことがジャーキーて! うちはこれでも売れっ子やで?」


 おばちゃんが俺の後ろを指さす。振り向くと、後ろに数人並んでいた。

 気弱そうなサラリーマン、ミーハーそうな女子高生、真剣か好奇心か分からないが、俺が迷惑客になっているのは間違いなかった。


 急いで列から抜ける。


 家に帰りながら、おばちゃんの言葉を思い出した。主にジャーキーについて。

 ガヤガヤと騒がしいお祭りの中、俺は親父に電話した。


「なぁ、シバの墓参りのために帰るから」


『来週か?』


「いや、今日! ジャーキー持って帰るし」


『ははは、急だなぁ』


 俺は電話を切って、スマホの画像フォルダを開いた。親父が送ってきたシバの画像はご飯を食べているものばかりだ。


 肩犬、その言葉に肩がまたズシリとこった感じがする。

 食い意地がはっている上に、死んだ後は運動するのも面倒で肩にひっかかってるのでは? そんな事を思い浮かべてシバらしいと笑ってしまった。

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