第二十九話 これはデートじゃなくて、ロケ地巡りです

「ごめん、お待たせ」

「待っていませんよ! 全然待ってないです! おはようございます!」


 西都自然公園の入口。

 駐車場を探すのに戸惑ってしまって遅くなったので、申し訳ないと風花に声を掛ける。

 だが、返って来た挨拶はとても嬉しそうだった。


 それから彼女は、ぼーっと俺を見つめている。


「どうした?」

「え? あ、いえ! 私服を見たのが随分と久しぶりだったので」

「そうだっけ? あー、でもそうか、いつもスーツだもんな」


 今日は白シャツにデニムのジーンズを履いている。

 風花は麦わら帽子に赤眼鏡、グレーのカーディガン、パープル色の縞模様スカートを履いている。

 手には、いつも使っている茶色の小型のバックだ。


「今日は特別格好いいですよ!」

「ありがとう、風花も可愛いよ。さて、行こうか」

「えへへ、はい!」


 来月から風花出演のドラマの撮影があり、今日はその下見に来ている。

 役柄の中で同級生と公園デートをするのだ。


 今日は久しぶりのオフだったので、ちょっとした運動も兼ねてきた。

 もちろん、美咲さんの許可と事務所の許可は取っている。


「すごく気持ちいいですねぇ、都会なのにこんな自然が多いだなんてびっくりしました」

「確かにな、意外とこういうところって見逃しがちだよな」


 風花の言う通り、緑が多くて空気が澄んでいた。

 まだ昼前だが、走っている人もいれば、犬の散歩をしていたり人気の場所のようだ。


 ここ最近は職場と家の行き来だったので、気持ちが和らいでいく。


「ワンワン欲しくなっちゃいますね」

「朝の散歩は運動にもいいって聞くしな」

「そういえば式さんって筋トレとかしてるんですか?」

「……え?」


 風花は中学生ながら専門家の元でトレーニングをしている。

 といっても、若いのでそもそも体力がある。


 ……俺はというと……。


「ま、前に買ったよ、あの動いてゲームするやつ」

「それ、数ヵ月前にも聞いた気がします。そもそもプレイしてるんですか?」

「……まだ開封もしてない」

「やっぱり、ほらぷにぷにだしー」


 お腹をツンツンとしてくる風花、やり返す事はもちろん出来ない。


「俺はホワイトカラーなんだ。頭脳タイプだからパソコンが似合うのさ」

「前は営業でしたよね?」


 ぐうの音も出ないので、俺は野鳥で聞こえないフリをした。


 ◇


「すごーっ、思ってたより何倍もひろい! あ、湖もありますね!」


 道を進んでいくと、中心には草っぱらが広がっていた。気持ちよさそうに寝ている人もいるし、かけっこで遊んでいる子供もいる。

 その奥には、ボートに乗っているカップルがちらほら。


「これぞ自然公園って感じでいいな」

「そうですねえ、ここにいるだけでなんだか癒されますもんねえ」

「よし、勝負しよう」

「勝負?」


 そして俺は鞄からにょきっと取り出した。

 折り畳み式のミニバトミントンだ。羽根ではなく、ボールを叩いてテニスっぽいやつだが。


「もしかして運動不足解消をするために持ってきたんですか?」

「ああ、さっきの質問の時、ドキッとしてた」

「えへへ、私けっこー強いですよ?」

「お手柔らかに頼むよ」



 風花の運動能力の高さは知っている。学校でも学力はトップクラスで、体育の成績も良いらしい。

 仕事でもそれはいかんなく発揮されているので、ということは――。


 ――――

 ――

 ―


「も、もうダメだ……」

「式さん、体力なさすぎですよー」


 案の定、俺はコテンパンにやられた上に、情けなくも大の字で倒れ込んでしまう。

 青空が綺麗だ。プライドはちなみにありません。


「でもこれ……毎日やってたら痩せるかな?」

「その調子で毎日出来るとは思えないですけど」

「む、今日はいつもより辛口だな」

「式さんの為を想って言ってるだけです。明日から雫さんに頼んで食事制限のメニューを考えてもらえますね」

「な……」


 雫と風花は俺の知らないところで仲良くなっていた。

 先日なんて、二人で新オープンしたカフェに行って来たらしい。

 プライベートなのでとやかく言うつもりはないが、ただ一つ思うのは、ちょっとだけ羨ましい。

 俺も行きたかったゾ!


「じゃあ、これはやめとくか……」

「”これ”?」


 上半身を起こして、鞄からもう箱を取り出す。

 以前、風花に作ってもらったお礼をしたくて早起きしたのだ。


「……もしかしてだけど、もしかしてですかお弁当ですか?」

「ああ、でも、仕方ない。雫に食べてもら――」

「食べます、食べますよお!」

「だって食事制限しないといけないって」

「明日からです、ダイエットは明日からです!」

「それ一番ダメなやつじゃん」


 結局、風花に盗られてしまう。

 ニコニコ顔でお弁当箱を開くと、満面の笑みを浮かべて叫ぶ。


「すごいー! 式さん、すごいです! すごいすごい!」

「語彙力が失われてるぞ」

「正直、めちゃくちゃびっくりです。ハンバーグにウインナー、アスパラ巻、どれも美味しそう……」

「ふふふ、前に言った通り、独身の男性を舐めるなよ。その辺の女子には負けないぜッ!」


 だが風花は、別の笑みを浮かべていた。というか、恥ずかしそうにしている。


「え、どうしたんだ?」

「ええと、えへへ、えへへえ、実は私も……持ってきてまして」

「持ってきて?」

 

 風花は鞄から箱を取り出す。その手にはお弁当箱。

 中をパカッと開けると、俺が作ったお弁と瓜二つだった。

 ただ、俺のよりも卵焼きが綺麗。

 あ、でもウインナーは俺のが焼き色が美しいかも。


 ……あれ、人間として小さい?


 しかし笑ってしまう。

 まさか同じことを考えていたとは。


「ははっ、いいね。食べ比べができるじゃないか」

「ふふふ、そうですね! 気が合いますねえ。あ、でも卵焼きは私のほうが綺麗ですね?」

「いや俺のウインナーは負けてないぞ」


 それから俺たちはお腹をパンパンに膨らませて寝転んだあと、ダイエットの話をすっかり忘れていたことに気づいたのだった。

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