プロローグ

「九十七、九十八、九十九……百!」


 ふう。今日のスクワットは終わり。呼吸も乱れていない。順調だわ。


 こうして夕日が見える絶壁の上で、赤く燃える太陽を見つめながらダンベルカールを繰り返しているこの時間が一番幸せ。


 夕食タイムの少し前。それは、筋肉を育てるベストタイミングなの!


 私はサポロネス・ドレミマツーラ。人は私をドレミマツーラ顧問兵とか、ドレミ師範と呼ぶわ。私がそんな呼ばれ方をしている理由は、後で教えるわね。とにかく、今は筋トレの最中。集中しないと。


 私は毎日こうして、筋トレをかかさないの。


 筋トレは毎日やらないと不安。魔法草プロメテイオンの粉末入りプロテインは私の体をベストな状態に維持してくれるけど、高たんぱくに加えて高カロリーなのは注意が必要なところね。怠けているとすぐに太ってしまうわ。


 でも、私にはそれ以外にも気を抜けない事情があるの。


 まずは経験上の話から。


 私は以前、アウドムラ港に上陸してきた蟹型の魔獣「カルキノス」と戦ったことがあるの。なぜ女の私が逃げずにそんな巨大蟹の化け物と戦ったのかはさておき、私はその時、カルキノスの毒泡攻撃によって「エビフライの呪い」にかかってしまったの。その恐ろしい名前のとおり、全身丸ごとエビフライになってしまったわ。


 エビフライの呪いは恐ろしいの。同じようにこの呪いにかかった人の体験記『エビフライの呪いにかかった女』を何度も読んで、何とか生き残ることができたけど、もしあれを読んでいなかったら、私は入浴によって衣がはげ落ちちゃって、中の身が腐って死んでしまっていたかもしれないわ。そんなことになったら、私がこうして危険な旅を続けている意味が無い。


 とりあえずの、この旅の目的地であるカリントンコリントン自治領は、隣国アルラウネ公国との国境沿いにあるわ。そこからアルラウネ公国の首都は近い。アルラウネ公国では、今、私が大好きな演劇を上演しているの。それは、『美女と魔獣~筋肉大好き令嬢がマッチョ騎士と婚約? ついでに国も救ってみます~』という作品。小説版はこのアウドムラ王国でも買えるから何回も読んだけど、演劇版を観たことはないわ。絶対に観たい!


 あ、でも、これは私の個人的な旅の目的で、この旅の本来の目的は違う。だから、誰にも言わないでね。


 とにかく、あの魔蟹と戦った時に私が気を抜いたから、あの泡泡攻撃を食らってしまったの。だから、気を抜いてはいけない。あの時、ちゃんと鎧を着けておけば……。


 私が気を抜けないもう一つの理由は私の職業に関係しているわ。私はこの国の王であるニクス様と直接に請負契約を締結しているの。内容は、この国の軍隊の兵士たちに必要な肉体鍛錬の方法を指導すること、および、国王ニクス様の筋トレ指導。つまり、筋トレのインストラクターというやつね♡


 ニクス王は元軍人で元戦士。とても勇敢で強い戦士だったのよ。私はその頃から彼に筋肉を肥大させる方法などを指導しているわ。私の指導のおかげで、彼はこの国一番のマッチョマン!


 その筋トレの御姿を見るだけで、いつも目の保養になったのに、国王に就任された近頃は忙しくて滅多にジムに顔を出されないの。ホントに残念。


 は! いけない。また筋肉の事を想像していたわ。今は自分の筋トレ中なのに!


 インストラクターの私がたるたるした体をしていたら、生徒や弟子たちに示しがつかないでしょ。だから、私は毎日こうして筋トレをしているの。これが必要上の理由。


 ふう。今日の筋トレは終了。


 でも、他にももっと現実的な理由があるのよ。


 さっき話した『エビフライの呪い』にかかった経験から、私は敵と戦う時は、必ず鎧を装着するようにしているの。


 鎧は合金製だから重い。その重い鎧を身に付けて、重い剣を振って魔物たちと戦うためには、強靭な筋力が必要でしょ。だから、筋トレは欠かせない。


 少しセクシーだけど、こうして、この鎧を装着してみると……その重さを実感するのだ!


 この重量に打ち勝ち、敵に勝ち、自分に勝つ。それは強い戦士にとって必要なことだ。


 今回の旅でも、私は勝たねばならない。勝ち続けなければならないのだ! 


 この旅は苦難の連続だった。仲間たちがいなかったら、ここまでは来られなかっただろう。


 これから私が語る物語は、私がこの旅を始めるきっかけとなった出来事である。そして、勇敢な仲間たちとの出会いについて語ろうと思う。


 私は、あの日も丁度、このような美しい夕陽を眺めていた。暮れなずむ王都の港の波止場の隅で、あの夕陽のように赤いマントに身を包み、潮風にふかれていた。


 あの時の私は、それから起きる大変な出来事など微塵も予想していなかった。いつものように悪党をねじ伏せればそれで終わりだと思っていた。まさか、あいつに出会うとは、思いもしなかった。


 運命とは分からぬものだ。私がこうして戦いの旅路に踏み出すことになろうとは……。


 それでは始めよう、我々の旅の始まりの物語を。



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