エピローグ

「そんで、ドレミちゃんの一行は地の果てのカリントンコリントンを目指して旅に出ました。おしまい~……な訳ないやろ! なんやのこれ!」


 オカンねえさんは着慣れない鎧姿で手綱たづなを握りながら毒を吐き続けた。


「だいたい、ディオメデスって何やねん?」


 我々は王都を出て、荒野を馬で進んでいた。


 私は馬上からまっすぐに、先の地平線を望みながら答えた。


「異世界の伝説に登場する強い戦士らしいぞ」


「知らんがな。それに、祝賀晩餐会に呼ばれて、戦わされて……まあ、戦ったんはウチの意思やけど、そんで、こんなダッサイ鎧を着せられて、お馬さんで長旅って、ひどないか?」


「まあ、王の命令なのだ。従わざるを得まい」


「その王様や。あの筋肉馬鹿、なんで自分で行かへんの? 元戦士やろ」


「王様は国王としての職務でお忙しいのだ。長期間、城を空けられないのは分かるであろう」


「そのとおりです。それに、王様を侮辱すると不敬罪に問われますよ」


「うるっさいなあ。シーシ・マコーニはんは、ちょっとかた過ぎやで」


「私は司法調査官ですから。この国の法の番人として……」


「ほら、そこや。そういうとこ。あんたも鎧着てんねんから、せめて中身は柔らこうせんと、かた凝るで」


「はあ……」


「名前も長いな。んー……、マコーニやから、『マコ』でええやろ。な」


「まあ、構いませんが……」


「マコさん。カワイイですね。よろしくお願いしますね、マコさん」


 エメラルドグリーンのローブ姿のキエマちゃんが手を叩いた。


 オカンねえさんが呆れ顔で言う。


「よかったな。キエマも喜んでん。ていうか、何でキエマは空飛ぶほうきなん? そんなんに乗ってるとケツいたなんで。跡もつくし」


 キエマちゃんは顔を真っ赤にして言う。


「痛くなりません! それに、私は箒が好きなんですう!」


 私はつい口を挿んだ。


「乗馬の免許を持っていないのであろう。馬の免許は必要だ。若いうちに取得しておいた方がよいぞ」


「この先の宿場町で合宿して免許取得を目指せる馬宿がありますぞ。そこで取得をされてはいかがです?」


 そう言ったヒグラシをオカンねえさんは指差した。


「お、さすがはヒグラシはんやね。前にアルラウネ公国まで旅してるから、先の事情には詳しいなあ。道案内役は適役やん」


 一番端の馬の上からダンダラ羽織のアルエが言った。


「そないのんびりはしてられへんでっしゃろ。はようカリントコリコリに行かなあきまへんえ」


 アルエの発言はもっともだが、一応訂正しておこう。


だ。そうだ、観光旅行ではないのだ。キエマちゃんは箒のままでよい。それより……」


 私は馬上で体を捻って振り返った。


「自分、それ何なん?」


 私と共に振り返り、そう尋ねたオカンねえさんにミカンさんが答えた。


「自転車」


「は?」


「じ・て・ん・しゃ。自転車」


「じてんしゃ。へー、それ、異界の乗り物かいや」


 ミカンさんはコクリと頷く。オカンねえさんは、その奇妙な二輪車を指差して言った。


「自分で漕いでんやろ。疲れへんの」


 私の隣の馬に乗っている、ジャケット姿のミカドロスさんがミカンさんの代わりに答えてあげた。


「なんか、補助動力のような物も付いていて、漕がなくても進むみたいですよ。ね、ミカンさん」


 ミカンさんは指の間に隙間を作って「少しだけ」とポーズで答えた。


「ふーん、変わってるなあ。てか、ミカドロスはんは何でついてきたん?」


 ミカドロスさんはジャケットの襟を整えて言う。


「僕……私は、取材ですよ。小説を書くためのネタを取材するために皆さんに同行しようと思いまして。いけませんか?」


「いや、いろいろ博識やし、便利な魔法薬も持ってるからな、来てくれるんなら助かるけど、この旅はヤバいで。ホンマによかったんか?」


「私だけ賞をもらえませんでしたからね。次は長編ドキュメンタリー小説で勝負しようと思いまして……」


 ミカドロスさんが口を尖らせてそう言うと、端の馬の上からアルエが言った。


「あれはオスミンさんの筋書どす。そない気にする事あらしません」


 私は再びミカドロスさんに顔を向けた。


「アルエの作品に注目させて、敵の出方を見ていたのだろう。だから、アルエだけ席が離れていたのだ。そうなのだろ、アルエ」


「どないでっしゃろなあ」


 そうはんなりと答えたアルエの後にオカンねえさんが言う。


「なんやのそれ。まるでアルエがおとりの餌やんか。で、自分はウチらの近くに座って様子見てたんや。あのオスミンとかいうオッサン、いまいち信用でけへんな」


 私は頷いてから言った。


「これからは誰も信用できない旅になりそうだ。ストレイシープから届く情報だけが頼りになる。それだけは忘れるな」


 皆は顔を見合わせた。


 オカンねえさんが金髪頭を掻きながら言う。


「せやけど、報酬はちゃんと払ってもらわんとなあ。店の再出店費用とか、その他諸々をはろてくれはる言うから、ウチはこの旅に参加したんや。なあ、ヒグラシはん」


「まあ、私は金のことよりも、兄との決着をつけねばなりませんから」


「……」


 皆が少し悲し気な顔をヒグラシに向けていると、背後から太い欠伸が聞こえた。


「この独特の間の取り方は……」


 ミカドロスさんが振り返った。


 シロクマさんが欠伸しながら、ミカンさんの隣を歩いて、皆についてきている。


「このシロクマさんもメンバーなんですかね」


 怪訝そうな顔でシロクマさんを見つめるミカドロスさんを、ミカンさんが睨んだ。


 私はミカドロスさんに言った。


「シロクマさんも、子熊さんも、ペンギンさんも、ミカンさんの仲間だ。ならば、皆我々の仲間だろう」


「旅は大人数の方が楽しいですよね」


 と笑ったキエマちゃんにオカンねえさんが言う。


「遠足ちゃうねんで。だいたいな、キエマが魔法で、壊れた店を戻してくれたら、ウチはこの旅に参加せんでもよかったんや。何で魔法で戻してくれへんかったのよ」


「そうゆーの出来ないんですう!」


「はあ? 自分、アウドムラ最強の魔法使いの一番弟子やろ」


「魔法使いにだって、出来る事と出来ない事があるんですう!」


「あり過ぎちゃうん?」


 私は口を挿んだ。


「わかった、わかった。オカンねえさんもそれくらいにしてやれ。この兵団にとっては二人とも貴重な戦力だ。参加してくれてありがたい。だから、仲良くしてくれ」


 アルエも言う。


「そうどすえ。これからは、ウチらで仲良う協力せんと、この旅で生き残ることは、できしまへんえ」


 ミカドロスさんが黄色い髪を掻きながら言った。


「でも、正直なところ、あまり皆さんの事を知らないんですよね。いきなり仲良くって言われてもですねえ……」


 私は少し考えてから、浮かんだ案を言ってみた。


「よし。では、一人ずつ自分が好きな本を教えてくれ。書物はその人のを表すと言うではないか。みんなが、どんな本が好きなのか知りたい」


 オカンねえさんが即答した。


「それやったら、ウチは『プギーの憂鬱』やね。結構、泣けんで」


 マコさんも答える。


「私は『西さんち』ですね。癒されまくりです」


 アルエも続けて答えた。


「ウチは父さんが書いた『月の夜 雨の朝 新選組藤堂平助恋物語』しか読みまへん。かんにん」


 箒の上のキエマちゃんが言う。


「謝らなくてもいいですよ。私だって『真夜とマヤ文明』しか読みませんもん。トレジャーハントものなんです」


 私は頷いてから反対に顔を向けた。


「で、ミカドロスさんは、どんな本が好きなのだ」


 ミカドロスさんはキンと胸を張って答えた。


「私はダントツで『純文学なんて、クソくらえ。だ』ですね。実はしっかり文学だったりして、いいんですよ」


 マコさんが隣に顔を向けた。


「ミカンさんは何が好きなの?」


 ミカンさんは自転車のかごから本を取り出して、見せた。


「へえ、『星座の小瓶をあけて』……エッセイかあ。面白そう」


 ミカドロスさんが向こう隣に顔を向けた。


「ヒグラシさんは?」


「もちろん私は『異世界俳人ビキニ鎧ちゃん俳句紀行』シリーズですよ。今は冬編を読んでいます」


 ミカドロスさんはこちらを向いた。


「師範は? ドレミ師範は何を」


「私は『美女と魔獣~筋肉大好き令嬢がマッチョ騎士と婚約? ついでに国も救ってみます~』だ。最高だ!」


「ふーん……」


 皆、意外そうな顔をして、回りの人物の顔を見まわした。そして、一斉に笑い出す。


 暫く笑ってから、アルエが言った。


「みんな本好きどすなあ。『外』は信用でけへんけど、『内』で趣味が同じやったら、安心どす」


 オカンねえさんも言う。


「せやな。本好きにワルは居らへん」


 すると、ヒグラシが遠くを指しながら言った。


「その『外』から情報が届くようですよ。師範、あれを」


 私はヒグラシが指差している方角を望んだ。遠くから何かが土煙を立てて近づいてくる。ブーンブーンと聞いたことのない音だ。よく見ると、丸いかぶとを被った人がミカンさんの乗り物とよく似た乗り物に乗ってこちらに走ってきている。いや、ミカンさんの「自転車」とは形が少し違うし、そもそも速度が全く違う。速い! きっとあの人はニクス王の密偵のオリカゼさんだ。そして、あの乗り物が……。


「あれがスクーターか!」


「異界の乗り物なら、ミカンは知っとんちゃうの」


 ミカンさんはコクリと頷いた。


 私は声を張った。


「聞いてくれ。これよりストレイシープと合流し、今後の予定ルートと戦略情報を得る。ニクス王から指示された合流の合言葉は『地上から祈りを込めて』だ。皆、忘れるな!」


 ミカンさんとキエマちゃんが天を仰いだ。オカンねえさんとマコさんは首を傾げている。ミカドロスさんは必死にメモを取っていた。アルエは相変わらず遠くを見て微笑んでいる。ヒグラシは鎧の中に手を入れてブラの高さを調整していた。シロクマさんは欠伸をしていて、子熊さんとペンギンさんは自転車の前後のかごで寝ている。


 私は抜いた剣を高く掲げて皆を鼓舞した。


「相手が来るのをのんびりと待っていては、我らの名がすたるぞ。我らこそ最強の騎士団『ディオメデスの末裔まつえい』だ! ゆくぞ!」


 我々は広大な平原を馳せていった。









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