深淵に覗かれる
▽▽▽▽
心臓が直接締め付けられる感触。喘ぐ口の端から唾液が垂れる。足下から這い上ってくる冷たい空気に肌が粟立った。
先程からぶつぶつと意識が途切れている。断続的ながらも覚めている時間の方が長かったが、段々と意識を失うまでの間隔が短くなっていく。一つ息を吐くごとに、生命力が目減りしていく。
あー、これこのままだと死ぬな。まぁ別に、良いか。
じくじくと大小交わり身体中を苛んでいた痛みももはや遠い。なのに締め付けられる感触だけがいやに鮮明だ。鬱陶しいのでとっとと解放されたい。
重力に従い瞼を下ろす。裏に写るものは何も無い。心残りがないだなんて、最高の死に様だろう。
脳味噌の中心に鎮座する眠気に逆らわず、素直に意識を手放した。
ふと目の前に何かが立ち止まった気配に意識が浮上した。
気配には敏感な方なのに全然気付かなかった……。いよいよ限界――というか、このまま死んでただろうな……。
死ぬのはともかく、能力が落ちていることはちょっと凹む。どこの誰だか知らないが今際の際くらい心穏やかに過ごさせて欲しいんだが。……誰か、っていうか
二度と開かないつもりだった瞼をこじ開ける。今まで見たことのない、晴れやかな笑みが見られるかもしれない。
チカチカと白んだ視界は不調によるものか。定まらない視線を上げる、よりも速く、振り上げられた小さい足が、俺の爪先から心臓まで巻き付く蛇を勢いよく踏み潰した。
――は?
破裂した赤黒い液体が頬に跳んだ。落ちかけていた意識が驚愕に浮上する。一瞬だけ色が戻った視界の中、至近距離から覗き込んでくる碧に目を見張った。
――はぁ?
連想したのはラピスラズリ。
手本みたいに鼻持ちならない金持ちの自慢話を思い出した。見せられた宝石には感動はおろか興味さえそそられなかったが、成程、これは、確かに。
どこまでも覗き込めそうな、なのに決して底が見えない青藍。幾重にも刻まれた幾何学模様を彩るように、色とりどりの輝きが万華鏡のようにちらついている。
仄かな光を湛える、星が出始めた宵空に思わず笑い声が漏れた。
――綺麗だ。
ふと、見惚れていた碧が離れ、横を向く。
もっと見たいのに。何故と向いた先を追いかけた。
俺の約2倍のサイズ、馬の代わりに車輪を付けた機械仕掛けの槍騎士がドリルの腕を振り上げていた。
――そういえば地面が振動している気がする。俺の頭が揺れてるわけじゃなかったのか。なんか焦げた臭いもするな。バチバチという放電音も。
――ああ、そうか。
――こいつが、邪魔しているのか。
まだぼうっとしていてわからないが、恐らく唸りを上げているドリルが振り下ろされる。鋭く尖った先が碧に当たるよりも速く、倒れ込むように割り込んだ。伸ばした指先が、機械の腕に触れた。
右の鎖骨が焼けつくように熱を持つ。腕から、指先、目の前の槍騎士へと力が流れ込んでいく。
エンジンがエンストするような音を出し、槍騎士の動きが止まる。生き物が死に際に痙攣する様に、最後に大きく振動して、内側から爆発する様に形を“変えた。大きな部品が剥がれ落ち、崩れていく。
――これでまた碧色を見れるだろうか。
力の入らない体では受け身を取れず倒れ込む。他の感覚は遠いのに、頬でコンクリートを擦りながら碧の方に顔を傾ける。
固まっていた碧が勢いよくこちらを向いた。先ほどよりも丸く大きい碧が好ましい。にも関わらず口角を上げる間もなく淡くぼやけてしまう。いや――ぼやけているのは俺の頭だ。
なんだよ。折角頑張ったのに。
渇望する意思とは裏腹に、意識はどんどん解けていく。黒く染まっていく視界の中、ゆっくりと近づいてくる碧に手を伸ばす。
「
直ぐ近くで何か聞こえた気がしたけれど聞き取れない。
指先に触れた頼りなくも確かな感触に息を吐く。俺の意識は暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます