ラクシア種族考

凪橋イオ

人族と蛮族

 冒険者ギルド支部の扉が勢いよく開き、新人冒険者が屋内に飛び込んでくる。依頼を達成したのだろう、抑えきれない喜びで口が弧を描いていた。

 バジリスクの冒険者ウスマーンは酒場部分の机に突っ伏したままそれを眺めながら、目の前のナイトメアの冒険者イワンに管を巻く。

「ご覧よイワン、新人達が元気だなあ……」

「貴方の場合、守りの剣にやられてるだけでしょう」

「驚くほど、怠い」

「神聖魔法で無理矢理穢れを拭っても、まだ3点残ってますからね」

「バルバロス、ね。バルバロス」

「ハイハイ、バルバロスバルバロス」

 ウスマーンは蛮族としては異様と言ってもいいほどおっとりしているが、バジリスクに違いはない。もっとも冒険者ギルド支部「医食同源」では馴染みの顔であり、だらけるウスマーンを恐れるものは誰もいない。

 現にイワンの目の前でウスマーンは、新人冒険者達にカトレアの花を頭に飾り付けられている。

「ウスマーンさんを見ていると、蛮ぞ……バルバロスと人族のさかいがわからなくなりますね」

「んんー? まあ、どっちも剣を持つために作られたのに違いはないからぁ」

「始まりの剣ですか?」

「うん、始まりの剣の神話ぁ。初めの人間的な何かが穢れで強化されたのが、僕たちバルバロス」 

「最後に剣を持てる様に人間を作りましたってやつですっけ?」

「そうそれ」

 イワンの抱える山盛りパスタにウスマーンが手を伸ばす。それを二刀流フォークの片方で防いでから、イワンはまた話しだした。

「確かバルバロスは、力を求めた人族が穢れを取り込んで変質した姿でしたね」

「そうだよ。だからね、僕たちバジリスクも人族と子供できるよ。ウィークリングの確率高いけど」

「バルバロス的な何かが薄まるのかもしれませんね」

 イワンのパーティーメンバーであるウィークリングバジリスクのエリオルと目の前のウスマーンを比べると、やはり思考の基盤が違う印象を受ける。もっともエリオルが冒険者の中ではかなり真っ当な精神をしている事を考えると、エリオルの優しさがウィークリングであることに由来するのかは不明だ。

「そりゃあ、薄まるでしょお。かけ戻してるんだもん」

「血筋を?」

「うん。血筋を」

 納得のいく話ではある。

 ちょうどよく会話も料理も切れたので、イワンは厨房に追加を頼んだ。すぐに作り置きのあった食用ヘビの蒲焼とサボテンステーキが届けられる。

 ウスマーンはいつ頼んだのかもわからないミックスナッツを大事に、もしくは気怠そうに一つ口に入れた。

「その話をすると、メリアとアルボルってどうなんですか? どちらも植物系の種族ですし、確か交配できますよね」

「アルボルの知り合いいないから知らなぁい。でも多分、ウィークリングがよく生まれるか、ナイトメアみたいなメリアが生まれると思うよ?」

「へえ、ツノが生えるんですかね?」

「生えるかも? ツノ型の枝かもだし、花と目の模様と両方あるかも」

「アルボルの目の模様って、あれ植物由来なこと考えたら木目じゃないですか?」

「すっごくありそう。ぱっと見目だけど、木目かも? あ、アルボルって短命種いないよ」

「じゃあもう木目なんじゃないですか? 長命種メリアって樹木ですよね」

「確かそうだったはず? イワンのが詳しいでしょ?」

「砂漠のオアシス生まれにメリアとの縁があると思ってるとは……」

「うざいし支部長メリアじゃん」

「おや、気付きましたか」

「それはそうでしょ」

 カウンターでのんびり船を濃く支部長の頭には、小さな花が円を描く様に咲いている。どこの誰が見ても、彼はメリアだ。

 がくりと支部長の頭が沈む。その衝撃で目を覚ましたようで、ウスマーンは支部長と目が合う。手を振ると振り返された。

「メリアとアルボルって、動物なのかなぁ?」

「植物ですね」

「でも人族とバルバロスでしょ」

「種で繁殖しますよ」

「じゃあ植物かなぁ」

「動く植物とかさほど珍しくはないじゃないですか」

「うざ……」

 分かりやすく顔を歪めたウスマーンを無視して、イワンは話を続ける。

「メリアと言えば、別の大陸には体が魔晶石でできた種族がいるらしいですね」

「話飛ぶねえ。フロウライトだっけ?」

 ウスマーンの脳裏に、ぼんやりと輝く人型の宝石が浮かぶ。出会ったことはないが、フロウライトは確かその様な形をしているはずだ。

「ええ、そうです。動く植物の人族より、動く魔晶石の人族の方がよほど不思議では?」

「まあ、それはそう。不思議と言えば、タビットとか」

「ウサギですね、お腹が空きました」

 流れる様にウサギ料理を注文するイワンを、ウスマーンは呆れた顔で見ていた。人族の話をしていて食欲が沸くのはかなり、悪いバルバロス的だ。

 イワンはそんなウスマーンの事を全く気にせず、会話を再開させる。

「神の声が聞こえないことを言ってますか?」

「そお。魂がないらしいルーンフォークとか、妖精フィーとかが聞こえないのはわかるけど、タビットは何?」

「さあ? その流れでいくと、バジリスクとかドレイクの変身はなんなんですか? 魔神と融合したらしいディアボロはとりあえず置いとくとして」

「じゃあ答え出てるよぉ。幻獣と融合してるんじゃない? 知らないけど」

「知らないんですか?」

「知らない。僕まだ32なんだよねぇ」

「どこかのエルフの1/10しか生きてないんですね、可哀想に」

「可哀想じゃないよ、間違いなく違う」

「そうですか? まあそうですね。では人族とバルバロスの境目ってどこにあると思いますか?」

「えー? ダルクレム神への帰依……は人族でもいるしぃ」

「ちなみに私は生まれた時から穢れ持ちの人族です」

「ナイトメアだもんねぇ。4点の穢れ付きだって人族には変わりないし?」

「性格も、マーマンとかは下手な冒険者よりよっぽど友好的だって言いますし」

「難しく考えたらわかんないけど、簡単に考えたらフィアーが効くのが人族だねぇ」

 神聖魔法はそれぞれ、第一の剣陣営であれば蛮族に、第二の剣陣営であれば人族に悪影響を及ぼすものが多い。フィアーもその様な魔法の一つで、人族とアンデッドに悪影響を与える第二の剣陣営の神聖魔法だ。

「神が決めた分類によるが正解かもねぇ」

「ああ……貴方案外頭回りますよね」

「失礼だなぁ、交易共通語がのびのびなのは聞き覚えだからとバジリスク語の発音の癖が残るだけぇ」

「ソサコンウィザード」

「手間」

「魔法に手を抜くな」

「妖精魔法はいいよぉ?」

「3つめは秘奥魔法を狙ってるので」

「バカじゃん?」

「冒険者ですから」

 ウスマーンはいよいよ呆れて口を閉ざす。3000年前に滅んだ魔法体系を覚える気でいるイワンは、まさしく冒険者に思えた。

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