第10話(3)エキサイティング、ダイナミック

                  ♢


「ザビーネ先生、本日はどうぞよろしくお願いします」


「どうぞよろしくお願いします」


「ふむ。よろしく……しかし、先生というのは少々面映ゆいな」


 ザビーネがやや恥ずかしそうにする。


「早速ですが、打ち合わせの方を始めさせて頂きます」


「ああ、よろしく頼む」


「原稿を拝読させて頂きました」


「そうか」


「ですが、これはなんというか……」


「うむ?」


「その……ジャンルは何になるのでしょうか?」


「『歓迎系』だな」


「か、歓迎系?」


「ああ」


 戸惑う男性に対し、ザビーネは自信満々に頷く。


「い、いわゆる『追放系』ではなく?」


「ああ、その真逆だな」


「ふ、ふむ……そうですか……」


「何か気になることでもあっただろうか?」


「い、いや、何と言いますか……君はどう思った?」


 男性は隣の女性に尋ねる。女性はやや間を空けてから答える。


「……一般世間とはだいぶかけ離れているかなと思いました」


「そ、そうか? まあ、舞台は騎士団なわけだしな……」


「そうは言ってもです。限度というものがあります」


「げ、限度?」


「ええ、毎回仕事後に皆で食事を囲んでいますね?」


「あ、ああ……」


「これがありえません」


「あ、ありえない⁉」


 ザビーネが驚く。


「ええ、強制的に飲みの場などに連れて行くのは『アルハラ』に繋がる恐れがあります」


「ア、アルハラ?」


「『コンプライアンス』的にもよろしくないかと」


「コ、コンプライアンス?」


「こういった点が読者から忌避されるかもしれません」


「き、忌避⁉ そ、そこまでか⁉」


「はい、そこまでです」


「し、しかしだな……若者がメインだから、彼らの飲酒シーンなどは書いていないし、基本同じ寮で暮らすのだ。食事などで顔を合わせるのは致し方無いだろう?」


「そこら辺が重荷に感じるというか……」


「それではどうすれば良いのだ?」


 ザビーネの問いに男性が口を開く。


「……『非干渉系』で行きましょう」


「非干渉系?」


「ええ、個人のプライバシーが尊重される昨今。騎士団とてそれは例外ではないはずです」


「例外だ! 個人主義者だらけの騎士団など聞いたこともないぞ!」


 ザビーネが立ち上がって声を上げる。


「まあ、その辺はフィクションということで折り合いをつけて頂いて……」


「折り合いって……」


「ザビーネ先生ならば、そういった騎士団の若者たちを主役に据えて、面白く、かつエキサイティングなストーリーをお書きになれるはずです。お願いします!」


「う、う~ん……個人主義者がそうそうエキサイティングするだろうか……?」


 揃って丁寧に頭を下げてくる男女にザビーネは困惑する。


                  ♢


「クラウディア先生、本日はよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


「ふむ、先生か……悪くない響きだな」


 クラウディアがいかにも悪そうな笑みを浮かべる。男性が戸惑いながら話し始める。


「さ、早速ですが、打ち合わせの方を進めさせて頂きます」


「うむ、頼む」


「原稿を拝読させて頂きました」


「そうか」


「内容なのですが……これは……いわゆる一つの……」


「ん?」


「えっと……何と言いましょうか……」


「どうした?」


 言い淀む男性に対し、クラウディアが首を傾げる。


「その……おい、頼む」


 尚も言い淀む男性は隣の女性に話の続きを促す。女性は若干呆れながらも、クラウディアに対しては真面目な顔つきで話す。


「これは『魔族の裏話』というようなコンセプトですね?」


「まあ、ざっくりと言うとそうなるな」


「ふむ……」


 女性が顎に手を当てる。クラウディアが尋ねる。


「なにか気になることがあるのか?」


「気になること……そうですね」


「遠慮なく言ってくれ」


「……遠慮なく?」


「ああ、そうだ」


「良いのですか?」


「構わん」


「それでは、この魔族の裏話ですが……」


「うむ……」


「少々内容がマニアックではないかなと……」


「そ、そうか?」


「ええ、そうです」


「魔族の我ならではの視点だからな、そこが良いと思うのだが……」


「ユニークな視点であるということは認めます。しかし……」


「しかし?」


「読者のニーズとは乖離しています」


「なっ⁉」


 黙っていた男性が口を開く。


「読者の多くが求めているのは単純明快なストーリー!」


「単純明快……それならば……」


「あ、お考えがあれば、どうぞ!」


 男性がクラウディアを促す。


「魔族が勇者を倒すというのは?」


「あ~それも悪くないのですが……そこに一捻り」


「ひ、一捻り?」


「魔族の方が魔王を倒すというお話です」


「そ、そのような話を我に書けと⁉」


 クラウディアが思わず立ち上がる。男性はやや慌てながらも自らの考えを述べる。


「世間が好むのは下克上のストーリー! その点魔族のクラウディア先生なら、魔王の倒し方をある意味よくご存知なはず……シンプルかつダイナミックでありながらも、『その手があったか!』と読者が膝を打つお話がお書きになれるはずです。お願いします!」


「た、単純明快とか言ってなかったか……?」


 揃って丁寧に頭を下げてくる男女にクラウディアは戸惑う。

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