第7話(1)翼をください
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「はあ……」
私はため息をつく。女性が話しかけてくる。
「どうしたんですか~モリさん? ため息なんかついちゃって~」
「さあ、どうしてでしょうね……」
「もしかして体調が悪いんですか?」
「そう言われるとそんな気もしてきました……」
私はわざとらしく頭を抑える。
「お大事になさってください」
「そ、それだけですか?」
「え?」
「ええ?」
「なにか?」
「いや、いいです……」
私は首を左右に振る。
「そろそろ準備が出来ます」
「それはよくない知らせですね……」
「ん?」
女性は首を傾げる。
「いや、独り言のようなものです……」
「はあ……それでは確認よろしいですか?」
「はい、どうぞ」
「現在の心境は?」
「最悪です」
「ワクワクです?」
「どう聞き間違えたらそうなるんですか」
「違うんですか?」
「最悪と言ったんです」
「最悪……」
「そうです」
「あれ、ひょっとして……」
女性が顎に手を当てて考え込む。
「……」
「乗り気じゃない感じですか?」
「ようやく気がついてくれましたか」
「何故?」
「何故って、そんなこと決まっているでしょう……」
「え、なんですか?」
「なんでバンジージャンプをしなきゃならないんですか⁉」
私は高い橋の上で思い切り叫ぶ。
「今の心からの叫び、良いですね~」
「良くないですよ……」
「モリさんの気持ちがひしひしと伝わってきました」
女性は胸に手を当ててうんうんと頷く。この女性はイサスパコ先生という方で、最近名の知られてきたドキュメンタリーライターだ。先生の勢いがある取材内容には大変ファンが多く、発売する本はベストセラー連発である。
それがこの度、我がカクヤマ書房から本を出版するということになった。何故にしてマイナー出版社の我が社が、絶賛の売り出し中であるイサスパコ先生とこうして仕事が出来ることになったのだろうか。
「……伝わったのなら、気持ちを汲んで欲しいんですが……」
「なにかおっしゃいましたか?」
「いいえ……」
私は再び首を振る。
「いや、おっしゃったでしょう、しっかり聞こえましたよ」
「独り言ですよ……」
「気になることがあるのなら遠慮なくおっしゃって下さい」
「……繰り返しになりますが、何故にバンジージャンプをしなくてはならないのですか?」
「今、大流行しているんですよ、ご存知ありませんでしたか?」
「……編集者としては恥ずかしいことですが、あまり気にしてはおりませんでした」
「そうですか、それはともかく……」
「ともかくって」
「そもそもとして、異世界から転移してきた方から伝わりまして……」
「ああ……」
「まあ、度胸試しの一種で似たようなことは一部では行われていたのですが……異世界の方の助言でより本格的なものとなりまして……」
「そういう経緯があったのですか……」
異世界の転移者も余計なことを広めてくれたものだ。
「そうです。聞くところによるとモリさんも異世界からの転移者だそうですね」
「はい、そうです」
「バンジージャンプはご存じありませんでしたか?」
「転移の際に受けた衝撃の為か記憶がほとんどないのですが……バンジージャンプのことは知っていましたよ」
「そうですか、それは良かった」
「良くはないでしょう。何故私がバンジージャンプにトライせねばならないんです?」
「異世界でのバンジージャンプは元の世界とのバンジージャンプとは何らかの違いがあるのかどうかということを検証せねばと思いまして……」
「検証するまでもないでしょう」
「へ?」
「へ?じゃなくて、どこの世界でやろうと違いはありませんよ、怖いだけです」
「怖い……?」
イサスパコ先生が首を捻る。
「そこで首を捻る意味が分かりません。怖いという感情は分かるでしょう?」
「なるほど、怖いと……」
イサスパコ先生がメモを走らせる。
「メモるまでもないと思いますが……」
「他は何かありますか?」
「……今は何も考えられません」
「そうですか……では、準備も出来たようですので……」
「ちょ、ちょっと待って下さい……!」
「お願いしま~す」
「! うおお~っ⁉」
私は背中を押され、橋の上から身を投げ出した。勢いよく落下する。水面ギリギリの所で命綱が文字通り私の命を繋いでくれた。私は何度か空中でビョンビョンとした後、橋の上に引っ張り上げられた。イサスパコ先生が笑いながら問うてくる。
「ははっ、どうですか~今のご気分は?」
「異世界転生したような気分です……」
「なるほど……それでは続いてなんですが……」
「はい?」
「命綱無しでやってみるってのはどうでしょう」
「絶対にお断りします!」
とにもかくにもこのイサスパコ先生の本は発売され、大きな話題を呼んだ。編集長も喜んでいる。早くも第二弾をという話が出てきたが、私はなんとかはぐらかした。紐無しバンジージャンプなど狂気の沙汰だ。かなりぶっ飛んだ取材を行うとは聞いていたが、編集者まで巻き込むとは……我が社と仕事をする理由が分かった。それはそれとして私が主に任されているのは、小説でヒット作を出すことだ。今日も打ち合わせだ。
「……邪魔をするぞ……」
「⁉ そ、その翼をください!」
背中に黒い翼を生やした女性が入ってきたので、私は思わずお願いをしてしまった。
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