第6話(1)飲み会

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「乾杯!」


 私は今、とある酒場に来ている。基本一人で飲むのが好きなのだが、今日は一人ではない。


「いや、しかし、モリくんが元気そうで良かったよ」


「心配していたのよ?」


「……健康でなによりだ」


「ありがとうございます」


 私は軽く頭を下げる。頭を下げた相手は勇者の男性、ヒイロさん。魔法使いの女性、マジカさん。獣人の男性、ビースさん……そう、かつて私が――ごくごく短期間ではあるが――参加させてもらっていた『パーティー』の面々である。


「飲みに誘おうとは常々思っていたんだが、俺たちも色々忙しくてね……」


「『クエスト』の依頼が殺到しているというお話は伺っています」


「そうかい?」


「ええ、お三方の活躍はいつも話題になりますから。我が社の女性社員もよくヒイロさんのことを噂していますよ」


「それは照れるな~」


 ヒイロさんが後頭部をポリポリと掻く。


「ちょっと、モリちゃん、お世辞はいいわよ。こいつまた調子に乗るから」


 マジカさんがヒイロさんの側頭部を杖で軽くつつく。


「な、なにすんだよ」


「だらしなく鼻の下を伸ばしているからよ」


「そんなところは伸びねえよ」


「分かっているわよ、たとえで言ったのよ」


「……マジカさんのこともよく話題に上がりますね」


「あら、そう?」


「ええ、『躍進するパーティーを支える美人魔法使い』と……」


「嫌だわそんな、『エリート美人魔法使い』だなんて……」


 マジカさんが顔を両手で軽く覆う。ヒイロさんがそれを冷ややかな目で見つめる。


「……おい、ちゃっかりフレーズを増やすなよ」


「え?」


「え?じゃねえよ、お前こそお世辞にまんまと乗せられてんじゃねえか」


「私の場合は正当な評価だから良いのよ」


 マジカさんが胸を張る。


「どこら辺が正当だよ」


「エリートとかね」


「それは自称だろうが」


「スタイル抜群の美人とかね」


「またフレーズ増やしてんじゃねえか」


「ん?」


「ん?じゃねえよ。大体それは関係あるのか?」


「それはもちろん。容姿も大事でしょう」


 マジカさんは当然だろうという顔で頷く。ヒイロさんが呆れる。


「はあ……自信過剰過ぎんかね……」


「なによそれ、私の魔法で助けられたことも多いでしょう?」


「俺の剣技でもって窮地を突破したことの方が多いだろうが」


「剣技?」


 マジカさんが首を傾げる。


「ああ、我ながら見事な剣さばきだろう?」


「ああ、あれね、ヘンテコなダンスかと思ったわ」


「ヘ、ヘンテコだと!」


「あら、違った?」


「お、お前なあ……」


 ヒイロさんが目を細める。


「なによ?」


「……前々から思っていたが、お前はリーダーへの敬意というものが足りないな……」


「え? リーダーだったの?」


「そうだよ、クエストの受注とかなにやら、全部俺がやってんだろうが」


「雑用係かと思っていたわ」


「お前……」


 ヒイロさんがさらに目を細める。マジカさんが首を傾げる。


「なに?」


「これはちょっと教えてやらないといけないな……表へ出ろ」


「怪我しても知らないわよ」


「上等だ」


「……その辺にしておけ」


「!」


 これまで黙っていたビースさんの低く鋭い声にヒイロさんたちがビクッとなる。


「モリも交えての久々の酒席だ。下らん争いはやめろ……」


「わ、分かっているよ」


「え、ええ、冗談よ、冗談……」


 ヒイロさんたちが席に座り直す。ビースさんが酒瓶を持って、私の方に向ける。


「あ、ありがとうございます」


 私はグラスを差し出す。ビースさんが酒を注いでくれる。


「……それでどうなんだ」


「はい?」


「調子の方は?」


「あ、ああ、お陰さまでなんとかやれています。スキル【編集】も活かせている……ような気がします」


「そうか、それは良かった……」


 ビースさんは頷く。マジカさんが腕を組む。


「まさか出版社とはね、盲点だったというか……」


「『あなたのスキルが活かせる場所がきっとあるはずだわ』とか言っていたじゃねえかよ」


 ヒイロさんが呆れた視線を向ける。マジカさんが首を捻る。


「そんなこと言っていたかしら?」


「調子の良いやつだな……」


 私はやや間を空けてから口を開く。


「……お願いしたいことがあるのですが」


「なんだい?」


「お三方を取材させて頂きたいのですが……」


「ああ、そんなことか、お安い御用だよ」


「インタビューに関しては後日あらためてお願いしたいのですが、まずはその内容について了承を頂きたいのです」


「内容?」


「ええ、『パーティーを追放した側の心境』についてです」


「ええ⁉ そ、そんなこと聞きたいのかい?」


「はい」


「も、もっと他の内容じゃダメなのかい?」


「それは他社もやっていますから。ちょっと角度の変えたアプローチをしないと……」


「そ、そういうものかね……」


「つ、追放された人が追放した側に取材するの?」


「……やりにくいな」


 ヒイロさんたちが戸惑い気味な反応をする。後日インタビュー取材は行われ、その記事が載った雑誌はよく売れた。なにせ追放された者が追放した者にインタビューするのだ。我ながら、なかなかリアルな記事が書けたと思う。ただ、それはそれとして私が主に任されているのは、小説でヒット作を出すことだ。今日も打ち合わせだ。


「失礼する……」


「⁉ お、お疲れ様です!」


 重々しい鎧をまとった凛々しい女性が入ってきたので、私は思わず敬礼をしてしまった。

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